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蔵訪問

2017年3月16日 (木)

永井酒造はかなり完成した蔵ですが、まだ進化しています

永井酒造と川場村との関わり合いについては前のブログでご紹介しましたので、今回は蔵の酒造りの紹介をしたいと思います。この蔵は明治19年に初代当主の永井庄治さんが川場村の水の良さに惚れて創業したと聞いていましたので、まず地形から調べてみました。

まず下の写真を見てください。永井酒造と、吉祥寺、道の駅川場の位置関係が分かるように示してあります。この地区に1級河川が3本流れています。右から薄根川、それに流れ込む桜川、一番左側に流れる溝又川があります。永井酒造は桜川と溝又川に挟まれたところにあります。

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永井酒造の北に吉祥寺があり、その北の奥に武尊山があり、そこから流れ出してくる水が仕込み水となりますが、その水柔らかくて少し甘い、硬度が60の軟水です。下の写真は蔵から吉祥寺と武尊山のほうを眺めた時のものです。吉祥寺はちょっと見えませんが、奥に見ええるのが武尊山だと思います。武尊山はもともと火山で、5万年前に大噴火をしてすり鉢状のこの地ができたらしいです。

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蔵の南側は利根川の支流の片品川に向かって開けており、日当たりがよく、標高が500mもあるので、昼夜の寒暖の差も大きいので米の栽培に適しているそうです。その地形がよくわかる地図をお見せしましょう。赤い印が永井酒造で、南に633mの小さな山がありますが、ずっと開けています。

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この蔵は創業から130年を超える歴史がありますが、今の新しい蔵になったのは永井則吉さんが大学を卒業して蔵に戻った1994年です。則吉さんはその年に新しい蔵になることはわかっていましたので、蔵に戻るのならその時に戻らないと蔵人たちと同じ気持ちになれないと判断したそうです。蔵に戻って、持ち前の建築の腕を発揮して蔵人と一緒に新工場の建設に携わったことは後々大変勉強になったそうです。

新しい蔵の建設や水芭蕉の商品化を進めたのは1989年にカナダから蔵に戻ってきて社長になった、兄の彰一さんでした。もともと永井酒造は地元向けの酒の「力鶴」を主力製品としていましたが、品質が悪くあまり評判が良くなかったので、思い切って量から質への転換を試み、1992年に「尾瀬の酒 水芭蕉」を世に出すことに成功しました。その後順調に量が伸び始めたので、思い切って1994年に新工場を作ることにしたそうです。

古い蔵での売り上げは3億円(たぶん1000石弱)で新工場建設費は12億円でしたから、同業者からは2年でつぶれるのではないかと言われたほどだったようです。則吉さんのお話では新蔵で早く安定した酒造りをするのに懸命で、1年目はなかなか思う通りにはいかなかったけど、2年目には金賞ととれるほどにはなったものの、ちゃんと安定するには4年ほどかかったそうです。

ちょうどそんな頃フランス人のジャン・ミッシェルさんが蔵に来て、「日本酒はなかなかいいけど、ワインに比べるとアルコール度が高いのがネックかな」といったのが気になったのとワイン造りの奥の深さとワイン酒造りの思いに負けた気がしたそうです。それをきっかけに低アルコール酒を作ったけど売れないので、次にチャレンジしたのが発泡酒です。日本酒を瓶内二次発酵させシャンパンのようなスパークリングできないかということで、兄弟で力を合わせて開発して完成したのが、アルコール度13%の「MIZUBASYO-PURE」だそうです。このお酒が完成したのが2008年ですから兄が田園プラザ川場の社長になった2007年のちょっと後だったようです。

この蔵の前景の写真を撮りましたのでお見せしましょう。3階建ての立派な建物です。

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もっと近づいた時の写真もあります。奥に見える建屋が昔の蔵で、一部はお酒の試飲や購入のできる古新館と蔵カフェになっています

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今の生産量は3300石で、水芭蕉が1300石で、谷川岳が2000石だそうです。その造りの違いは以下の通りです。

水芭蕉:米は山田錦と川場村の雪ほたかで酵母が群馬県の開発酵母のKAZEです。KAZE酵母は9号酵母をベースで開発されたもので、カプロン酸エチルと酢酸イソアミルの両方を出る酵母です。

谷川岳:水芭蕉以外の米、五百万石、美山錦で酵母は9001号を使った地元向けに出しているお酒で、高いものでも純米大吟醸50%磨きで、3000円/1升、普通酒で1600円/1升と価格を抑えたお酒です。

それではいよいよ蔵の中の紹介をします。

<洗米浸漬>

この蔵は大吟醸も普通酒も8トン仕込みでこの写真の装置は浸漬用のタンクです。装置の下で洗米をしてこのタンクにあげて、それを袋に受けて手で限定吸水するとの説明でした。だとするとこのタンクは水切り計量タンクなのかもしれません。正確にはわかりませんが、全量限定吸水をすることは確かです。限定吸水だけは人手をかけて人海戦術でおこなっているそうです。

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ここで面白いものを見つけました。ここで使われる各種の道具が奇麗に整理整頓されていました。

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この整理整頓は元サントリーの工場長に来ていただいて、工場改革をしているものの一環だそうです。

<甑>

縦型の連続甑を使っていました。僕は初めて見たものですが、大変優れたものだそうです。お米を上から入れて下から蒸米を入れるのですが、一番下が上から重みで圧力がかかるのでここに温度の高い蒸気を入れることによって乾燥させるそうです。もちろん蒸気は上段、中段、下段と分けて吹き込むことができます。普通酒から大吟醸までこれを使いますが、能力は1.5トン/時間なので、600kgより少ない蒸しの場合は昔ながらの甑を使うそうです。

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この連続蒸し器の下部からは細かく分散された蒸し米が連続的に出てくるそうで、その部分を示します。

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<放冷機>

下の写真が連続放冷機です。

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放冷機の後は麹室まではエアシューターで送りますが、放冷機で35℃くらいになった蒸米を麹室に27-8℃に届くようにするための温風を作る装置が用意されていました。

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<麹室>

麹室と言いっても普通の室ではありません。連続製麹装置が置いてる部屋でした。でも則吉さんはこの装置を麹室と呼んでいました。装置そのものが麹室の機能を完全にコピーしているからでしょうね

これと同等の機能を持つ装置は他社でも使っていますが、基本的には従来の麹箱で使っているやり方に合わせてカスタムメイドにするので、1基2億円もするそうです

この蔵は総米8トン仕込みですから麹米は総量が1.6トンになるわけで、それを酒母用、添え用、仲用、留用に分けて麹を作りますが、酒母と添え、仲と留は一緒に造るので、1回の麹造りは800kg~900kgになるそうです。

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下の写真が一番上の部分で蒸米の引き込みと種切と床もみをするところです。床もみと言っても手でやるわけではありません。端まで動いたら、上から順次下の段に落としていきます。

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どこでどんな作業が行われるのかなどの詳しいことはわかりませんが、切り返し、盛、仲仕事、仕舞仕事と続くようです。

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麹の厚みの制御は下の写真ような歯型のついた板の角度を調整して行うようで、厚みは1cm刻みで3~7mmで可能だそうです。

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この製麹装置は装置を覆っている壁の温度制御と麹の厚み制御などで麹が予定通りの温度になるように人が制御しているので、完全自動ではなく人間の感性を生かして動かす装置です。でも麹をかき混ぜたり、清掃などは自動化をしてしていることにより、人がかかわりあえる時間をたくさん持てるようにしたそうです。

また、この装置は1週間ごとに1仕込み用の麹を作るので、1週間に2日は清掃に当て、4日半を麹造りに充てるようです。

下の写真は出麹の部分でここは完全に自動で温度管理と乾燥を行うそうです。

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<仕込み>

仕込みタンクは8トンタンク、5本で回しています。週1本仕込みで5週で廻しているそうです。各タンクはそこが丸くなっていて撹拌機がついているOSタンクと言われるもので、発生した炭酸ガスにより対流が起こり、攪拌する必要がないそうです。

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そしてこの5つのタンクはwindows系ではなくアナログ系のコントローラーで制御されていました

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試験的に行う小型の仕込みタンクもありましたが、3~5トンくらいあったような気がしました。

<火入れ>

谷川岳の普通酒はプレートフィン熱交燗器で火入れしていますが、それ以外のものはすべて生貯蔵をして、火入れする時はパストライザーで瓶燗火入れを行うそうです。写真にある小型プレートフィン熱交は熱交型火入れでもイソバレルアルデヒドを減らせるかのテスト用として購入したものだそうです。

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<貯蔵>

貯蔵タンクでちょっと面白いものを見せていただきました。発泡ポリウレタン断熱をした貯蔵タンクでー0.5℃。-2.2℃、-3.0℃、-4℃のタンクが置かれていて、谷川岳の普通酒以外のお酒はすべて生で低温熟成させ、毎月利き酒をして味わいが載ったことところで出荷するようにしているそうです。今年から谷川岳の普通酒以外はすべてこの生貯蔵を通ることにしたそうです。これはすごいアイデアですね。

この方式に至る前に熟成に関する様々な研究を20年間行ってきたそうです。最初15℃では熟成が早すぎて3年でピークが来てしまったので、10℃、5℃、0℃、-5℃の実験をしたら0℃~10℃は温度が低いほど熟成の始まると時期が遅くなるけど、熟成のスピードはほとんど変わらないこと、0℃以下になると熟成のスピード自身が変わってくることが判り、今では0℃からー5℃の温度帯の研究をしているそうです。ぜひこの研究はもっと深めてほしいと思いました。

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全部1万Lタンクで3000Lづつ瓶詰めするので、どうしても空気が入った状態になるので、全部窒素ガスでシールしているそうです。それなら窒素ガス製造装置を買ったほうが安いですよと進言しておきました。

<分析室>

この分析室に面白いものがあることを知りました。作ったお酒は容器の大きさごとに3本サンプルをとっておき、1本はこの分析室で常温に置き、1本が0℃保存をし、1本は利き酒ようとして使うそうです。鑑定士の先生と社長と杜氏と副杜氏の4人で月に1回きき酒をすることになっているそうです

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<MIZUBASYO-PUREの作り方について>

これを作るところはさすがに見せていただけませんでしたが、去年行われた日本酒セミナーでその作り方の紹介をしていましたので、それを紹介します。それによるとポイントは以下のようになるそうです。

・ 瓶内2次発酵でガスボリュウムを安定させる
・ 
濁り酒とクリアな酒の調合比の決定(味わいを整える)
・ 
澱の量を減らして動瓶しながら澱引きする
・ 発泡酒の火入れのタイミング
と経過温度
 

僕はこれについてさらに突っ込んで聞いてみました。

シャンパンでは澱の部分を凍らせてその部分を取る作業をしているのにPUREではどうしてそれをやらないのですかと聞いたら、日本酒の場合は澱が多くて逆さにすると瓶の口の広がった部分まで来るので凍らすことができないそうです。

それではその対策はどうするのですかと聞いたら、温度をー6℃以下に下げて十分に内圧を下げて、澱を抜くそうです。でも技術的には難しそうですねとお聞きしたら、確かに難しいけど、抜いた後でも全体の3/4は残るので、残ったどうしで混合して使うそうです。一本一本手作業なので高くなるのですね。

<古新館>

昔の蔵を改造して、展示と試飲ができる古新館で試飲しました。ここではオリジナルな食事や水出しコーヒーが愉しめる蔵カフェもあり、大変人気になっているそうです。

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<NAGAI STYLE>

則吉さんが社長になっていろいろな改革をしてこられましたが、そのなかで行ったことの一つにNAGAI STYLEの確立があります。これは料理に合わせたお酒の組み合わせとして以下の4つに分類し、料理の合わせて4つのスタイルのお酒を提供しようという考え方です

・ SPARKLING SAKE (乾杯の酒 MIZUBASYO-PURE)
・ STILL SAKE     (吟醸酒から純米大吟醸)
・ VINTAGE SAKE  (10年以上熟成酒、古酒ではない)
・ DESSERT SAKE  (貴醸酒をベースとした食後酒)
 

確かにこの考え方は同意できますね。問題があるとすれば、本当にそれにあったお酒が提供できるかどうかですね。

<試飲したお酒>

・ MIZUBASYO-PURE      4500円/4合
・ 純米吟醸 かすみ酒 山田錦60 1500円/4合
・ 純米吟醸 山田錦60        1300円/4合
・ 純米大吟醸 翠 山田錦50    1600円/4合
・ 純米大吟醸 雪ほたか50     2000円/500ml 
・ 純米吟醸 生酒
・ MIZUBASYO DESSERTSAKE 3000円/200ml

更に特別にお願いして純米大吟醸ビンテージ2005を飲ませていただきました。

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一本一本のお酒の批評はしませんが、僕のコメントを書いておきます。

・ 僕のお気に入りはデザート酒とかすみ酒でしたが、デザート酒は他にないオンリーワンのお酒でとても気に入りましたが、もうちょっと安くなってほしい

・ 家飲みするなら純米吟醸の1升瓶かな

・ 純米大吟醸の山田錦と雪ほたかの比較だと山田錦に軍配を上げるな。雪ほたかは価格が高いからね。

・ PUREはもう完成した域に入っているけど、初めて飲んだ時の感激はなかったのは、こちらが慣れたせいかもしれません。

・ ビンテージ2005は価格が約3万円弱と非常に高いだけにちょっとがっかり。確かに熟成して丸みが出て広がりのあるけど、これだけのお金を出すのならもっと凝縮感があって、奇麗で且つ味わいがあって伸びもあるけどいつの間にか消えてしまうような驚きがほしいと思いました。それをどうしてらいいかは素人の僕にはわからないけど、ヴィンテージに合わせたそれ専用の酒質を最初に作る必要があるのではと感じました。

<まとめ>

永井さん お忙しい中長い時間ご案内いただいてありがとうございました。永井さんが取り組んでいる方向に間違いはないと思います。酒造りには終わりがないと、絶えず探求し続けるお姿には大変共感しました。また、農家と一緒になって酒造りのための共同体を作ろうとしていることはこれからの酒造りの一つの方向だと思います。さらに努力していいお酒を造り続けてください。

最後に老婆心ながら、年寄りからの意見を一つ言わせていただきます。僕はこの蔵の造りの単位が大きいので、商品としては失敗できないという思いが出てしまうのではと思うのです。チャレンジし続けるには失敗を覚悟で試験を重ねることだと思います。そのためには造りの単位を7-800㎏レベルの試験ができる環境があったほうがいいのではと思いました。素人の意見ですがもし賛同をしていただjければありがたいです。

最後に改めて丁寧にご案内いただいた永井社長に感謝いたします。

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2017年3月11日 (土)

永井酒造(水芭蕉)と川場村との関わり合い

先月の高校の仲間と宝川温泉に行った帰りに、一人で永井酒造(水芭蕉)に行ってきました。永井社長とは昔から懇意にしていただいておりましたので、お忙しい中無理やり訪問させていただきました。その日は永井社長は北海道にお仕事で出張の帰りでしたが、上越新幹線の上毛高原の駅で待ち合わせて、社長が運転する車の乗せていただき、蔵に向いました。蔵に向かう間、蔵の歴史や川場村との関わり合いなど色々と教えていただき、しかもその現場をみせていただき、川場村の発展に真剣に取り組んでこられたことを知りましたので、蔵をご紹介する前に川場村との関わり合いについてご紹介したいと思います。

永井酒造と川場村との関わり合いをご紹介する前に、永井酒造の歴史を知ってもらう必要があります。もともと永井家は長野県の須坂の武家の出でしたが、明治時代の初め頃に長男が長野にのこり、八王子と沼田に分かれることになったそうです。八王子の方に行った人は後に都市ガスの付臭剤メーカとして理研香料工業という会社になったそうです。今はその会社の本社は港区の田町にありますが、社長は永井孝彦さんですから間違いなさそうです。
沼田には次男、3男、4男が酒ビジネスを始めたのですが、次男が酒問屋(永井酒販)、3男が永井本家酒造(利根錦)、4男が永井酒造(水芭蕉)となっています。永井酒造が川場村を選んだのは水が大変良かったからだそうで、創業は明治19年で今や130年の歴史を持つ老舗の蔵ですが、創業当時は200石足らずでスタートして、永井家グループでは一番肩身の狭い思いをしていたそうですが、今では3300石を生産する群馬県一の大きな蔵となっています。
この蔵をここまで大きくした原点は何といっても川場村の水にほれ込んだ初代社長の永井庄治のおかげですが2代目の力造さん、3代目の鶴二(則吉さんの父)さんが高度成長の波を受けて発展させ、4代目の彰一さんが酒造りの方向を見直し、新蔵を作り大きく発展させたと聞いています。でも川場村を大きく発展させる機会を作ったのは何といっても鶴二さんですが、そのあとをフォローした兄の彰一さんの活躍も重要な働きを示しました。
永井鶴二さんは昭和42年に31歳の若さで川場村の村長になったことから川場村を大きく変えることになります。昔の川場村は農業と養蚕の旧態依然とした農村で、養蚕業の衰退で若者たちが次々と村を離れる状態でしたが、鶴二さんが村長に就任後、養蚕は止めて農業プラス観光の方向に切り替えることにしたのです。具体的には稲作、リンゴやブルーベリーなどの果樹園、こんにゃくなどの農業をベースにするほか、JRから譲り受けたSLを活かしたSLホテルや川場スキー場の開業など観光にも力を入れました。
鶴二さんは1967年から4期連続16年間村長を務められますが、、都市と農村の交流にも尽力され、1981年には世田谷区と相互協力協定をむすばれ、「都市と農村」の交流事業の全国的モデルとして高い評価を受けています。そしてその交流の中から生まれたのが「田園プラザ構想」だったのです。
その田園構想を実現するために作られたのが株式会社「田園プラザ川場」です。川場村の基本構想である「農業と観光」の集大成の事業として、川場村の地場産品の振興と新規開発を担うとともに、川場村の商業・情報・ふれあいの核となる「タウンサイト」の形成を目的として1993年に設立されました
そして村が持つ5万m2の土地を使って、下記のような新しい店が次々と生まれました。下の写真がその全体図です。山の一部を切り崩してできたことがよくわかりますね。
About
・ 1994年 ミルク工房営業開始 
・ 1995年 ミート工房、ファーマーズマーケット営業開始 
・ 1996年 プラザセンター、ふれあい広場完成 
・ 1997年 そば処営業開始 
・ 1998年 ビール工房、パン工房、道の駅川場田園プラザ完成
・ 2002年 ブルーベリー館 開設 
・ 2008年 食事処あかくら完成 
道の駅の園内マップを見つけましたのでご覧ください。実にいろいろなものがありますね。これなら1日いても楽しめそうですね。
 
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実はこの事業は経営的には非常に厳しく赤字続きで、それを村が毎年補てんをする状況が続いていたので、その再建に白羽の矢があたったのが永井酒造の4代目の永井彰一さんだったのです。 

彰一さんは2007年に株式会社「田園プラザ川場」の社長となり、大ナタを振るいます。まず、全社員全員を一斉に解雇して、働きたいと言ってきた人を面接しながら採用するとともに、外部からも広く人材を集めることを行いました。徹底的に行ったのは挨拶と掃除だったそうです。そして流行は必ずすたれるとして追わず、地産地消と本物志向のコンセプトでここでしか手に入らないもの、食べられないものを求めたそうです。
 
農産物についてもこれまで付き合いのあったJAの商品は扱わず、農産物を納入する農家にはバーコードを提供し持ち込んだ農産物を登録し、レジを通るとスマホやパソコンに連絡がいく仕組みを用意し、絶えず新鮮な農産物を品切れを起こさず供給できるようにしました。今では420人の生産者がシステムに登録し、村で農業に従事している人の9割にもなったそうです。
 
農業だけでなく今までやってきた各種の工房でも、ここでしかできないものに特化してきたそうです。そうやって生まれたものの例を挙げますと、飲むヨーグルト、米粉を使ったパン、上州もと豚を使ったステーキ、、川場村のニジマス、などあげれば切りがありません。最近では川場地ビール雪ほたか(高級コシヒカリ)のおにぎりアメリカで大評判になっています。でもすべてが成功したわけでなく、人気が出た商品の裏側にはそれ以上の失敗をしているそうです。成功の陰には並々なら努力があるのでしょう。
 
永井社長が就任してから1年後には黒字化に転じ、2011年には日本経済新聞「なんでもランキング」「家族が楽しめる道の駅」部門で東日本第1位に選ばれています。そして、2014年には15億円の売り上げを計上し、年間150万の人が来たそうです。、短い時間でしたが、永井則吉さんに道の駅を案内いただき、飲むヨーグルトを飲みましたが、とても濃厚でうまかったです。僕たちが訪問した冬の時期には雪に覆われているし、改築や新築工事が多いのであまりお客がいないけど、季節が良くなると、入場する車で混雑して渋滞するほどだそうです。道の駅に行った時の写真をおみせします。
道の駅の入り口です
 
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ビール工房、パン工房、そば処を見える風景です 

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以上のことから永井ファミリーが川場村に大きく貢献していることが良くわかりましたが、則吉さんも川場村と強い関係を持っておられます。このあとそれについてご紹介します。 

則吉さんは永井酒造の次男坊に生まれ、最初は蔵を継ぐつもりはなく大好きな建築の勉強をするために東海大学の建築学科に入学されました。そして、外国の建築の勉強をするために大学3年の時に2か月ほど、ヨーロッパ諸国を旅をしたのが酒造りを目指すきっかけとなったそうです。ヨーロッパではどんな田舎に行ってもワイナリーが地域の拠点となっていることと、故郷の川場村も素材的には全然負けていないことに気が付いたそうです。それで故郷の戻って川場村の素晴らしい水と里山の素晴らしい自然の基で酒造りをしたい気持ちになって、英国の建築専門学校への留学をやめて蔵に戻ることにしたそうです。それは1994年22歳の時です。
このことは去年行われた日本酒セミナーでお話しされていますので、関心のある方は下記のURLを見てください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-d8e7.html 
 
入社した年はちょうど新蔵を建設する時期だったので、設計担当者としてそれにかかわると同時に新しい蔵での酒造りに邁進し、2008年にはスパークリング酒であるMIZUBASHO-PUREを完成させた後、2013年には6代目の社長となりNAGAI-STYLEをを完成させることになりますが、お酒のお話はPART2でご紹介します。
 
則吉さんが地域の関連で力を入れてきたのは、米造りで農家との絆を強く持つことだったそうです。それによって農家、酒蔵、地域の飲み手の皆がハピーになることを目指していて、そのためにいろいろな企画をされています。
 
農家との連携の一つは農家の若手の造り手(御曹司)と勉強会を定期的に開いているそうで、米の作り方だけではなく川場村の歴史をひもといて一緒に勉強し、これを最終的には川場村の中学生に優しくまとめるようなことをしているそうです。ここで重要になってくるのが川場村にある青龍山 吉祥寺というお寺なのです。
 
吉祥寺は南北朝時代に鎌倉の臨済宗建長寺分寺として大友氏が建てた寺で、建長寺派の寺の中では最も北に位置することから建長寺の北の門とも呼ばれているそうです。この寺は町の中心的な位置を占める寺で、現在の住職は49代目ですが48代目までは建長寺から派遣されてきていたほど重要視された寺です。でも、49代目から世襲制になり現在若い人な住職となっているので、住職も一緒に勉強会に参加されて、寺の一室を使って勉強会を行っているそうです。なるほどそんな関係があったのですね。
お寺のマップを見つけましたのでご覧ください。
 
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入口にある山門の写真です。 

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の山門は一般の人が2階まで上がれて見学できる珍しい山門です。そのには文殊菩薩と十六羅漢が並んでいました。

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 本堂の中の写真です。ここの別室で勉強会が開かれます

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お庭もきれいでした。本堂の回廊から見た庭の写真です 

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とても広いお寺で、春には桜が咲き、5月には水芭蕉と水仙が咲き乱れ、秋には紅葉が楽しめる場所だそうです。この寺は建てられてから680年ほどたちますが、江戸時代に火事でほとんど焼けてしまいましたが、川場村の大農家が寄付をして立て直したのが現在の建屋だそうです。沼田まで全部自分の土地を通っていけるほどの大農だったらしいです。 
この寺は永井酒造の真北にあり歩いて行ける近くにある寺で、寺を中心に農家の方と親しくなる仕掛け造りはいいアイデアと思います。さらに発展されることを期待しています。 
もう一つの仕組みが酒造ツーリズムです。酒蔵を巡って蔵人と話をし、地酒を味わい、その土地の文化を知る「酒蔵ツーリズム」は、佐賀県鹿島市が先鞭をつけ全国に広がりつつあります。
 
群馬県北部、利根沼田エリアでは、「大利根酒造」「土田酒造」「永井酒造」「永井本家」の4つの日本酒の酒蔵と「田園プラザ川場ビール工房」「月夜野クラフトビール」の2つの地ビール工房、さらに「奥利根ワイナリー」が協力しあい「利根沼田酒蔵ツーリズム」が行われています。協賛している最初の見学施設で500円払い「7」の文字が印字されたテイストグラスを購入すれば、利根沼田酒蔵ツーリズムマップを片手にスタートできます。詳しくは下のURLをご覧ください。 
たまたま僕が蔵見学をしたときにこのツーリズムの方が見えていて、杜氏さんが丁寧にご案内しているのをお見かけしました。
 
以上で川場村と永井酒造との関わり合いの紹介を終わります。 

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2016年10月31日 (月)

酒千蔵野は外観は変わらないが中身は進化していた

長野メッセの翌日、朝一番に尾澤酒造を訪問した後、酒千蔵野に向かう途中の道の駅にある有名な蕎麦屋の「そば信」で昼食をすることにしました。どういうわけか写真を撮っていませんでしたので、お店ホームページから借用しました。このお店は前の日に幻舞の千野健一さんにぜひ食べて来てくださいと言われたお店です。昼間12時半ごろ着いたけど広い駐車場が満杯で、停められるか心配しましたが、何とか停められました。ずいぶん人気があるのですね。 

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外見は道の駅によくある普通の蕎麦屋で、値段はざるそばで500円と格安でした。僕は天ざる780円を注文しました。食べてみると香りはもうちょっと欲しいけど、腰はしっかりするぐらいあって、こんな腰のあるお蕎麦は初めてです。 

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ここの蕎麦は石臼でひいてそれを手打して作っています。この店のお蕎麦をそのまま売っていたので、これを買えば家でも同じくらいの腰を楽しめるのかと思ってよく見ると、生麵なのでその日に食べてくださいと書いてありましたので諦めて、道の駅で売っている他社の半生麵を買って翌日食べたら、全く別物でした。やっぱりその場で打ったものをその日にすぐ食べないとだめなことがわかりました。 

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このガラスの奥の部屋がそばの手打ちをやるところで、実演が見えます。僕が見ているとき女性が手際よく打っていました(実は朝、尾澤酒造に行く前にトイレ休憩した時に見たもので、お昼には打っていませんでした)。 

ゆっくりここで昼食を楽しんでから酒千蔵野に向かいました。2時ごろ蔵に到着したら、千野健一さんと麻里子さんが迎えてくれました。蔵の外観は昔お邪魔した時のままで、どこかの美術館のような雰囲気の蔵でした。どうしてこんな建物にしたのかをお聞きしたら、麻里子さんの父が麻里子さんには相談せず、勝手に観光蔵を狙って作ったのでないかと思われますが、本当のことはよくわからないそうです。良い点もあるけど作業上はいろいろ使いにくい点も多く困っているそうです。 

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確かに外観上はとても広い蔵のように思えますが、建屋の半分の空間が造りには関係のない展示や会議室や吹き抜けとなっているので、造りのためのエリアは意外に狭いそうです。でもお酒の銘柄が多いし、造りの量もいろいろあるので、この狭さの中で500石のお酒を造るためにはかなり先の先まで読んで準備をしなければいけないので気が抜けないそうです

確かに建物としては綺麗だけど、蔵としてはもったいないような気もしますね。これからどうしていくのかは麻里子さんの考え一つでしょう。 

案内は麻里子さんにしていただきましたが、その日は1500KG仕込みの添え麹の引き込みをした日なので、蔵の中の見学はできないとのことでしたので、試飲をしながらのトークで終わりましたが。面白い話を2つ聞けましたのでご紹介します 

当日添え麹を引き込んだお酒は何ですかとお聞きしたら、宮内庁向けのお酒だそうです。そんなお酒を造っているなんて、知りませんでした。それは美山錦49%精米の純米大吟醸「御苑(みその)」で宮内庁の中にある生協で売っているお酒だそうですが、いくらで売っているかは知らないとのことでした。インターネットで調べると宮内庁生協のホームページはないのですが、そこで御苑を買ってブログに挙げている人がいました。4合瓶で1600円ですからそんなに高くは売っていません 

http://youpouch.com/2013/10/07/137632/ 

宮内庁の生協には誰でも行けるわけではありません。事前に宮内庁見学を申し込む必要がありますが誰でもはいれるそうです。もちろん蔵に在庫はありませんし、あっても買うことも、試飲もできません。インターネトで調べてみると外箱とお酒の写真を見つけましたので、ご覧ください。 

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やっぱりデザインに気品がありますね。これならもらった人はうれしいのではないでしょうか。 

この蔵の生産高はずっと変わらず500石だそうです。昔は普通酒が8割だったそうですが、今ではその逆で普通酒が2割強ほとんどが特定名称酒だそうです。ですから年4回しか使わない普通酒用の3トン仕込みのタンクもあるそうです。通常は600kg~1200kg仕込みだそうです。ですから御苑は結構大きな需要なのですね 

麹造りはどんなことに気を使ってやってりのですかとお聞きしたら、酒母と添えの麴は総破精で、留添えは突き破精、仲添えはその中間になるようにしているそうです、それをどのように作るのですかとお聞きしたら、種麹の量でコントロールしているそうです。総破精は100KGの蒸米に対して50g、仲は20~30g、突き破精は5~10gだそうです。総破精か突き破精かは見た目ですぐわかるそうです。 

インターネット検索で日本酒コンシェルジュの江口崇さんのイベントレポート日本酒レッスンにあった総破精と突き破精の写真を載せておきます。麻里子さんの説明では突き破精はお米の表面に2-3か所麹菌の入り口が見えるだけと説明を受けましたが、それとはちょっと違いますね。もしかしたら突き破精もどきかもしれません。 

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僕のような素人には実際にどうなってるかはよくわかりません。麻里子さんの説明では突き破精は確かにきれいなお酒ができるので、金賞受賞酒を狙ったような大吟醸酒では酒母から留めまですべて突き破精にすることがあるそうです。とてもきれいなお酒ができるそうですが、発酵力が弱いので、酵素剤を入れることが多いようです。福島県ではそのようにしているところが多いと聞いているそうです。でも、あえて麻里子さんのところではそうしていないそうです。 

他県の情報とか長野県の他の蔵の情報をどうやって得ているのですかとお聞きしたら、長野県が主催する杜氏の勉強会や地区の有志の杜氏が集まる研究会などで勉強しているそうです。今の日本酒の技術の発展はすごいスピードで進んでいる気がしますので、勉強は大切なのでしょうね。 

試飲したお酒 

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飲んだぽ酒はもっとありましたが、この4本だけ紹介します。どれも東京では飲めないお酒です。 普段飲めないお酒だけを選んでもらいました。

① 鞍骨城  特別純米 ひとごごち(信州松代の酒米) 

② 田舎あぜみち 春バージョン  純米酒生酒 美山錦

③ いなかあぜみち 秋バージョン  純米酒 ひとごこち
     (1回火入れ)

④ 幻舞 特別本醸造 美山錦 無濾過生原酒
    (西武限定酒の半年熟成酒)
 

あぜみちは契約農家さんに春と秋に配布しているお酒です。

訪問したメンバーと麻里子さんの写真です 

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昨日の懇親会 

おまけに昨日長野駅前の居酒屋KEIYAの懇親会の時に高沢夫妻と千野夫妻と一緒にお食事をした時の写真を載せますので見てください。

高沢パパの優しいお顔がいいですね 

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麻里子さんがそっと寄り添っているのが素敵ですね

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最後にいろいろと面倒を見ていた抱いた千野夫妻にお礼申し上げます。

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2016年10月27日 (木)

尾澤酒造は小さいけどアイデア満載の蔵でした。

尾澤酒造は長野県信州新町にある小さな蔵で地元では美寿々錦、首都圏向けには十九という銘柄のお酒を出しています。この蔵のお酒を知ったのは練馬のたつなみ酒店で扱っていたのがききっかけでしたが、この酒店で働いていた横川さんが店長の上田さんの勧めで尾澤酒造に蔵人として入ることになったので忘れられない蔵となりました。それまでは横川さんとは上田店長を囲んだ日本酒の会でよく一緒にお酒を飲んでいましたし、彼が将来は酒造りをしてみたいと常々言っていましたので、蔵人になることは驚かなかったけど、その頃は数十石しか生産していないあまり知られていない蔵でしたので、とても驚いたことが思い出されます。 

当時の十九のお酒は酸味が強くて荒々しいけど、何か面白いお酒でしたが、毎年味が変わるので、あまり飲んでいませんでした。最近飲んだらとてもきれいなお酒に変身していたので驚きました。どうしてそんなに変わったのかを知りたくて、長野メッセinNagano の翌日に蔵を訪問しました。蔵の杜氏(正確には製造責任者)している尾澤酒造の社長の奥様の尾澤美由紀さんと蔵人の横川敏隆さんが気持ちよく迎えていただきました。 

下の写真は社長の尾澤俊昭さんと専務取締役・杜氏の美由紀さんです。美由紀さんが目をつぶった写真しか取れなくてすみません。美由紀さんは平成4年にこの蔵にお嫁にきて南部杜氏の酒造りをお手伝いしながら酒造りを勉強していましたが、平成10年に蔵が一時休業することになります。それを復活させるために、平成13年に長野県醸造研究所の所長の馬場先生に指導を受けて勉強し、平成13年度から酒造りの杜氏として酒造りをしています。 

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蔵人の横川さんの写真もお見せしましょう。この蔵に来たのが平成16年なので、すでに12年のベテラン蔵人になるそうですがまだ独身です。、蔵の力持ちとして頑張っていますが、分析室の主として細かい作業も得意だそうです。誰かいい人がいたら紹介してください。気は優しく力持ちです 

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まず蔵の紹介をしましょう、。創業は江戸時代後期の1820年ごろだそうです。その頃はこの地は麻の一大産地で、船を利用して京都まで運んでいたそうで、尾澤家は麻問屋として活躍した庄屋さんだったようです。ですからお米が手に入ったのでお酒を造ったら地元の人に重宝がられたのが始まりだったようです。 

昔は長野県の大手の蔵にお酒を納めていて、一時は800石くらいの生産をしていたそうですが、ここからの購入がなくなって急激に生産が落ちることになったようです。このとき尾澤酒造の社長のお父様が起死回生の手段として、平成4年に四季醸造も可能な最新設備の工場を作ったのですが、この借金のために事業としてはますます苦しくなり、くなり、平成10年には一時酒造りを休業することになったようです。

美由紀さんは大変な時にお嫁に来たのですね。借金を返すために自らが杜氏として酒造りを再開するために長野県醸造研究所の所長の馬場さんに指導受けましたが、たった1回の仕込みでしか教えてもらえなくて、覚えるのが大変だったそうです。13BYから初めて本格的酒造りを始めることになるのですが、その時名付けたのが十九です。これは人間20歳で一人前なら今お酒は一歩手前の19歳。飲んでくださるお客様の声を聞いて20歳の酒になりたいという意味で「十九」としたそうです。 

蔵は信州新町の19号線(あれここにも十九がある)に面したところにあります。下の写真が表玄関でこの蔵のような建物はお酒の展示とギャラリになっています。奥にちらっと見えるセブンイレブンは尾澤さんが経営するお店です。 後で聞いたのですが今地方に卸しているお店の数も19だそうです。

下の写真がお酒の展示販売とくつろぎのギャラりーのための建物です。

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ギャラリの中をご紹介しましょう。1階は十九以外のお酒が陳列してある棚で、ここでは十九が買えないことを説明するとよく怒られるそうです。 

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2階はちょっとしたくつろぎのフロアで、いつも音楽が流れていて希望があればミニコンサートなどにお使いくださいとPRしているそうです。 

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この建物は道路の拡幅工事(平成18年)があったときに昔からあった蔵を改修してできたのもです。昔は麻問屋として使っていたようで、昔からの梁を使っています。地元の宮大工の山本伊太郎さんが造ったそうです。 

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では早速酒造蔵を紹介します。ギャラリー蔵の右奥に比較的新しい建屋が見えます。煙突のある建屋がボイラー室、検査室。分析室、一時保管用貯蔵庫、瓶詰ラインです。その奥の建物は入り口が原料処理で、その奥に仕込み室、2階に麹室、酒母室があります。この建屋ができたのは平成4年だそうです。 

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蔵に入ってすぐ気が付いたのは全体に塵一つなくきれいに清掃されていましたことです。床がリノリウムのようにつやつやしていたので、お金がかかったでしょうと聞きましたら、全部自分で塗装したそうです。確かにリノリウムほどつやつやしていないけど防水性のある塗装のようでした。 

最初に説明しておきますと、この蔵は約3億円の借金があったので、設備にはお金を掛けないことをモットーとしてきたようです。やっと4年前に借金の返済が終わり、それからは新しいものを積極的に導入したようです。 

<原料処理関係> 

まず洗米装置ですが給食センターが使っている洗米装置でウッドソンの洗米装置より1/10以下で買えるそうです。下の左の写真が洗米器で水圧で米を循環させ洗米するようです。この洗米器だけでは糠の取れが悪いので、右の写真の自家製のシャワー機でさらにきれいにするそうです。うまく作られていました。 

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浸漬についてはあまり詳しい説明はありませんでしたが、洗米したお米を袋に入れて浸漬させ、保温用の箱に移して蒸米用とするようです。僕は酒造りは素人ですが、麹米と掛米の最適浸漬量は違うと思うのですが、どうやっているのでしょうか

次は甑です。最大500kgのお米を蒸すことのできる甑です。周りに木の板が取り付けられていますがどうしてでしょうか。わかりますか。 量の少ないときは掛け米と麹米を一遍に蒸すこともあるようです。

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これは甑の断熱を良くするために近くの木工屋さんに頼んで作ったそうですが、まだばらしていないので、どこにどの板が来るかが判るように番号が振ってります。このゆかを見てください。リノリウムのようでしょう。うまく塗っています。 

甑にかける蒸気は不純物を取り除くためにボイラの蒸気と間接的に蒸気を発生した後、温度を上げて乾燥蒸気にして使っているそうです(福島製作所)。そんなことをしているのですね。 

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 <次は麹室> 

この麹部屋も平成4年に作られたものでその後いろいろ改良されたようです。 

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以前はこの入り口が蒸米を入れる引込口と出麹口が同じで蒸米を入れるときに部屋の温度を乱してしまうので、引込口を別に設けたそうです。下の写真が後でつけた引込口の前部屋です。 

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麹室中にもいろいろ面白いものを見つけました。まず床室の換気方法です。昔は天幕方式で室内を強制的に温風と換気で制御する方式だったそうですが、 これは小さい処理量には合わないとして、野口式天窓で緩やかに制御する方式に変えたそうです。野口式天窓は熊本県醸造研究所の所長の野口さんが発明された方式です。処理量に合わせた一番効果のある方法を選択して改善しているのがいいですね。 

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棚箱がおいてありますがこの部分が床です。凄かったのは床に載せたお蒸米の量が自動的に測れるロードセルがついていたことです(5年前)。水分がどのくらい飛んだかが判るので大変便利だそうです。これは最新鋭ですね。

この棚箱をよく見てください。昔はこの3つの箱を一つにした大木は箱だったのを切ってネギ止めで小型の箱にしたそうです。 

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右側の換気扇の上についてあるのがロードセルの表示版です。

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部屋の温度コントロールはニクロム線でやっていた方式をプールの暖房で使っている防水型遠赤外線パネルヒータに変えていました。ニクロム線は老朽化すると発火の元になるので、安全上変えたそうです。今ではステンレスヒーターが主流になっているようですが、安価にするためのこの方式を選択したそうです。上の写真の左側の古臭いコントローラーはこの遠赤外線パネルヒーター用のコントローラーとして使っています。これは節約の精神ですね

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麹の温度測定は自作の温度計を使っていました。これなら400円で買えるそうです。それをステンレスのパイプにさしてエポキシで固めたものです 

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測定した温度をワイヤレスで外部から見る温度計(A&D)も1台5000円で買ったそうです。醸造機器メーカーものは高いので、その言いなりにならない気持ちがあふれています。

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出麹室の外には出来た麹を乾燥するために以前室の中で天幕式製麹装置を使ていました。これは使ったものの再利用ですね。でもこれが要ること自体が問題かもしれません。

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 <次は酒母室> 

酒母室でも新しい発見がありました。この小さな蔵にはもったいない広さの酒母室でした。 

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手前の緑のタンクは汲みかけ機で安く作ってもらったそうです。 

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酒母のタンクは200L~400Lですが、タンクの外側を包んでいる冷却用のカバーを非常に重いゴム製から非常に軽い冷却カバーをオリオン精工と協力して開発したものだそうです。オリオン精工から恒温マットとして販売されています。ゴム式に比べて冷却能力がないのでここのように小さなタンクには適しているとのことでした。 

最後にこの部屋である秘密兵器を見つけてしまいました。それは何だと思いますか。思いもかけない使い方をしているものです。 

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それは酒母用の暖気樽に生ビールのアルミ空き缶を使っていることでした。2Lと3Lのアルミ缶を使っていますが、軽くて伝熱性がいいので大変重宝しているそうですが、欠点もあるそうです。それは熱いお湯を入れるので、何回も使っていると表面がべこべこになりついには割れてしまうそうです。その時はみんなで宴会をすればいいですね。 

<仕込み室について> 

仕込み室は1階にあり。完全空調をすれば四季醸造も可能なような冷蔵庫の中のような造りの立派な建物でした。昔はこのフロアに6000Lのタンクがずらりと並んでいたそうですが、2つの大型タンクを残してすべて2000L~3000Lのタンクにしたそうです。 

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2基の大型タンクは洗浄用の水と仕込み用の水をためているタンクとして使っています。この蔵の井水はそばを流れる川の水より低いので、汚れていてとても洗浄水としても使えないそうです。 

洗浄水は市水をミクロフィルターと活性炭ろ過をして使っています。洗浄水も仕込み水も一度仕込み室の大きなタンクにためてから使っていますが、それは温度を安定化させるためだそうです。細かいところに気を使っているのですね 

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仕込み水は蔵から車で1時間くらいのところにある大岡(?)の湧き水をトラックで毎日取りに行っているようです。そのタンクが倉庫におかれていました。 

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使用している酵母は長野B、C、D、と協会7号酵母、9号酵母、14号酵母が主体のようですが、協会酵母はすべて泡あり酵母を使っているそうです。泡アリ酵母は一味違うので、泡アリ酵母を使うと泡なしには戻れないとのことでした。 

泡があふれださないようなプラスティックカバーです 

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泡消し器もありました。いずれも手造り感一杯の器具でしたね

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以上で仕込み室の紹介を終わります 

<搾り室> 

藪田を使用していますが、最近アルミ板からポリプピレン版に交換したそうですが、軽くはなって作業性は良くなったけどポリプロピレンの加工が悪く、漏れを起こしたりして、大変苦労したそうです。ポリプロピレン版は十分な注意が必要なようです。 

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この部屋に面白いものを見つけました。醪ポンプのようですが、神様、仏様、十九様と書いてあります。 

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岩手県のタクシードライバーを醸している喜久盛酒造の杜氏に今年の春まで貸していたもので、そのお礼にそのような張り紙をして返却されたものです。何かで蔵が醪ポンプが壊れて苦労しているのを知り、余っている1台を貸しだしたようです。優しい心遣いですね。 

<分析室> 

左の扉が分析室の入り口で正面の扉が検査室(税務署の方の控室)の扉です 

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分析室の中にはずらりと最新鋭と思われる分析機器がおかれていました。

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左から速アルコール測定装置、振動式密度計(日本酒度、重ボーメ度、比重など)、アミノ酸測定装置のようですが、一式買うと200万円もするそうですが、リースで購入したそうです。たぶん京都電子工業製ではないかな。そのほかにも光学顕微鏡、インキュベーター、オートクレーブ、クリーンベンチなど酵母培養のための設備も充実していました。この位の設備を持っている蔵は2000石クラスだと思います。凄いの一言です。 

<瓶詰ライン> 結構広いですね。

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<貯蔵庫>
 

ちゃんとした低温貯蔵庫は他にもあるのですが、ここは瓶詰したお酒を一時的に保管するところで、カーテンを閉めれば冷蔵庫(2℃、5℃)に早変わりする優れものです。 

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以上で蔵の紹介は終わります。 

見学させていただいての全体的な印象は生産高の割には設備は整っているし、敷地も余裕があるのに驚きました。以前は借金を返すためにできるだけ無駄な金を掛けないことを徹底してその結果色々なオリジナルな自家製の機器も生まれてきましたが、借金の返済めどが立ったあたりから、ちょっとお金を掛けるようになってきていると思います。その結果今の設備体制になっていると思います。 

昔と十九の味が変わった大きな理由は1つは綺麗な仕込み水を使ったこと、清掃を徹底した行ったことだと感じました。これから生産高を上げるための一番の問題点はやはり仕込み水の確保でしょう。これは難しいけど解決しなければならない問題です。

個人的には麹造りのちょっと疑問を感じました。普通は酒母と添えは総破精、留は突き破精、中はその間にするようで、そのためには浸漬、蒸からそれに合わせなければいけないのだと思うのですが、生産量が小さいだけに工夫が要りそうですね。僕にはどうすれば良いかはわかりません。

最後に長時間にわたって蔵の説明を丁寧にやっていただいた尾澤美由紀さんと横川敏隆さんに心より感謝いたします。

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2016年8月10日 (水)

丹後天酒まつり・蔵めぐりツアー PART3

丹後天酒まつりの蔵めぐりツアーの第3弾は谷口酒造与謝娘酒造です。この二つの蔵はともに与謝野町にあり、歩いて5分くらいの近いところにあります。でも与謝野町は天橋立の近くの町から176号線を中心に南西に10km以上ひろががった広いエリアでありますが、そのエリアの一番奥の山に囲まれた細長い盆地の中に蔵があります。 

まず最初に谷口酒造を訪問しました。京都から車で2時間のところですが、山に囲われた静かな場所でした。ここが蔵の建屋で芝の井と書いてありました。芝の井はこの蔵の普通酒の銘柄です。 

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 この坂道を上がって右に曲がると蔵の入り口になります。 

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ぴー箱で試飲できる場所が確保されていました。蔵の生産高は100石足らすですから、従業員は数人のはずなのに、こんなに大勢の人がいるのは、きっと町中の人が応援しているのだと思います。 

蔵見学は蔵元で杜氏をしている谷口暢(とおる)さんに案内してもらいました。この蔵は明治4年創業の蔵ですが、長年兵庫県の白鹿酒造の下請けをしてきたそうです。今から31年前の27歳の時、急に白鹿酒造との契約が切れて、杜氏を雇う資金もないので、自ら蔵元杜氏として始めることになったそうです。今日では蔵元杜氏の方は大勢いますが、当時は珍しかったそうです。特に酒つくりの修業もしていないので、県の醸造試験所の先生に指導を仰ぎながらなんとかやってきたそうですが、今までやってこられたのは酒つくりが好きだったからだそうです。 

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ここが洗場で、右側のポンプが井戸からくみ上げた仕込み水用だそうです。仕込み水は近くの山からの伏流水で軟水だそうです。洗米は好適酒造米の「祝」は10kgの手洗いをするそうです。 

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普通酒用の洗米は下の写真の洗米器を使うそうです。あまり見たことがない洗米器ですね。 

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現在蒸米は普通の甑を使っているそうですが、ちょっと変わった連続蒸米機もありました。全国でここだけしかない珍しい縦・横タイプの連続蒸米機で、コンパクトなので採用したそうですが、後片付けが大変なので使用していないそうです。 

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この蔵のすごいなと思ったのは仕込み部屋です。2階構造になっていて、1階が仕込みタンク、2階が酒母室と麹室がある構造をしていますが、その作りがとても立派でした。しっかりした木造造り、階段の広さなどはめったにおめにかからないものでした。昔は製材所の仕事をしていたそうなので、お手の物だったのかもしれません。 

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この仕込み室は60年前に建てられたものだそうですが、白鹿の下請けとして栄えたときに作られたものでしょう。でもその時でも600~700石の生産量しかなかったそうです。 

ちょっと驚いたのは仕込みタンクです。1300Lくらいの開放タンクなのは普通ですが、仕込みタンクの温度コントロール用のジャケットがないのです。この地は冬は雪が多く冷やす必要もないし、冷えすぎないので温めることもしないそうです。 

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でも今年は暖冬で仕込み温度が下がらなかったので苦労したそうです。また以前に気温が下がりすぎて温めるのに苦労したこともあったそうです。地球温暖化の中にあってはそろそろ手当てをしないといけないのかもしれませんね。 

最近サーマルタンクを導入したようで、これは大吟醸仕込み用に使っているようです。なら、チラー設備があるのですからジャケットの装備は簡単ですよね。 

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搾りは薮田を使用していました。これで蔵見学の紹介は終わりますが、どんなお酒を造っているのでしょうか。お米は5百万石と祝だけだそうで、普通酒は芝の井(6号酵母)、特定名称酒は丹後王国(9号酵母)という銘柄を作ってきましたが、最近「若冲」という名の純米大吟醸と純米吟醸を出したそうです。とても評判がいいようですが、今回は飲むことができませんでした。生産石数の割には14種類くらいのお酒を造っているのですから、頑張っていますね。 

試飲したお酒の中で2本だけを紹介します 

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左のお酒が丹後王国純米大吟醸55%精米で、祝らしい味が出ていて、柔らかくて良いバランスのお酒でした。右のお酒は丹後王国純米吟醸祝で精米度はわかりませんが、後味が良くてお料理の味を邪魔しないお酒でした。設備が整っていなくてもいい味を出しているのは、杜氏のお酒つくりにに対する愛情の現れかもしれません。設備が充実して来たらこの蔵は面白くなるかもしれません 

蔵の外では地元の人によるお神楽をやっていました。こういうのも地方ならではの演出で面白いと思いました。 

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生産量100石では経営的には難しいと思いますが、蔵の外に出てみますと、蔵の建物の並びにこんなすごい建屋を持っているのに驚かされました。きっと昔からの地元の名士だったのでしょうね。日本の小さな蔵の秘密を見た感じです

 

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よいよ、ここを後にして最後の蔵の与謝娘酒造までは歩いても5分くらいのところですが、車で向かいました。 

ここが与謝娘酒造です。 

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この蔵は明治20年に与謝娘醸造として生まれた蔵で、お酒だけでなく、焼酎や醤油をつくっていたそうです。戦前、戦後の物資のないときは一時つくりをやめていたそうですが、戦後、3つの蔵が一緒になって与謝娘酒造合名会社となったそうです。ですから3家が協力して運営してきたそうですが、西原家以外の人が高齢になって手を引いて現在は西原家の蔵になっているそうです。

現在は西原司朗さんが社長で、生産高は150石と非常に小さな蔵です。昔は最初は能登杜氏が、6年前までは但馬杜氏が来られていましたが、現在は司朗さんが杜をされています。司朗さんは2002年に東京農大を卒業され直ぐ、14年前に蔵に戻って造りをしていたそうですが、お父様がなくなった5年前から社長兼杜氏をされています。

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蔵の案内は西原司朗さんにしていただきました。 

ここが蔵の入り口です。杉玉の下に何やら蛙の絵が書いてあります。これは司朗さんの奥様の遊び心のようです。後でもっと面白いものを見つけました 

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まずは洗い場ですが、右側に仕込み水の貯蔵タンクがありました。後ろの山に横井戸を掘って湧き出た水を仕込み水を使用しています。奥には蒸用のボイラーが見えますね。洗米器や甑は片づけてあるのかありませんでした。 

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 隣に古びた放冷器がありました。掛け米はこの放冷器で冷ますけど、麹のお米は冷えすぎないように、この土間に広げて冷ますそうです。 

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麹室は平成元年に作った杉で作られた立派な部屋でした。杉の木は湿度をうまく調節してくれるので、突き破精の乾燥麹を作るのに適しているそうですが、逆に純米の時は総破精にしたいそうですが、難しいのでカバーをしたり、色々工夫がいるそうです。 

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仕込み蔵は天井が高く2階に酒母室を置く構造をしていました。 

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丹後地方はとても湿気があるので、絹織物の糸が切れにくいということで、丹後ちりめんの一大産地になる反面、カビが出やすい欠点があるそうです。ですから仕込み蔵は土壁にして外気と大きな温度差を作ると同時に、空間を広くすることにより湿気を拡散させてカビが出るのを抑えているそうです。 

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 お酒の搾り機のそばに面白いものを見つけました

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搾り機からお酒を受けるタンクになぜか「ET」がのぞいていました。これも奥様のお遊び感覚なのでしょうか。手作りETでした(入江さんの写真を拝借)。 

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以上で蔵の紹介を終わります。次にお酒の紹介をちょっとしましょう。 

右のお酒は山廃純米 無濾過生原酒 京の輝きで、最近始めた山廃で、昔の山廃と違って飲みやすいけど、甘みがあって酸味もあり、滑らかさもあるいいお酒でした。 

左のお酒みどりの風 純米吟醸無濾過生原酒 五百万石55%で、すきっと切れるお酒でした。 

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右のお酒はは特別純米 無濾過原酒 9号酵母
左のお酒は特別純米 無濾過原酒 6号酵母 

この中では6号酵母のお酒が、うまく6号酵母の味わいを出している気がして、いいなと思いました。新政を真似たのかもしれませんね。

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この蔵のお酒のラベルが日本酒らしくなく、さわやかな雰囲気があるものでしたが、これも奥様の趣味で作ったものだそうです。奥様がいろいろなところで活躍されれいるのが素敵な気がします。この蔵のお酒はどのお酒を飲んでも狙いが判る味わいを醸し出しており、なかなかのものだと感じました。この蔵はここ1,2年で急に伸びた蔵だそうで、今後が楽しみです。 

以上で今回のツアーの4つの蔵の紹介は終わりますが、最後にこのツアーを企画された古田さんを紹介します。

 

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右の方が古田豊弘さんで、左の方が今回のツアーを紹介してくれた入江さんです。古田さんは日本酒ソムリエでSSI研究室の専属テイスターや日本酒と食の演出家として活躍さてている方で、京都の丹後地域にお住まいです。以前より丹後地域の日本酒と食を提案してきた方で、3年前より丹後酒造ツーリズム運営委員会委員長としてこの企画を始めたそうです。3年前の第1回は2蔵と寂しかったそうですが、去年と今年は9蔵、来年は11蔵となるほど、地域に定着してきたそうです。 

僕は今年初めての参加でしたが、地域と一体化したお祭りムードのツアーでしたが、素朴な町の雰囲気とマッチングしたこのイベントは他では感じられない楽しさがあったし、いろいろな発見もありました。来年は違う蔵を訪問してみたいなと思いました。

たった1日の取材で3部に分けて紹介したのは初めてのことです。それだけ充実していたということでしょうね

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2016年7月28日 (木)

丹後天酒まつり・蔵めぐりツアー PART2

PART1では若宮酒造の紹介をしましたが、次に訪れた蔵は池田酒造でした。この蔵は舞鶴市ではありますが、舞鶴市の西にある宮舞線の東雲駅の近くの由良川沿いにあります。下の写真は由良川の土手から池田酒造を見た風景ですが、右手の川を手前の方に下ったところがもう河口といったところにあります。 

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 左側のテントが見えるところが池田酒造で、その手前に僕たちのバスが止まっているのが見えますね。もっと近づいてみましょう

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蔵の周りにはテントが張られていて、、色々なおつまみが売られていましたが、とても安く提供してしていました。 

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蔵の案内は社長兼杜氏の池田恭司さんにしていただきました。下の写真に写っている子は池田さんのお子さんで、説明中にいろいろ飛び回って怒られていました。家族蔵という雰囲気がよくわかります。 

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蔵を紹介する前に蔵の歴史を簡単に紹介します。創業は明治12年で5代前の当主がこの地に酒蔵を作り、灘の大手の蔵の下請けが主な仕事をしてきました。一時は1000石くらいの生産をしていたようです。その当時は丹波の杜氏が冬場だけ来ていたそうですが、昭和50年ごろ、大手の蔵との契約が切れて、急激に生産が落ちることになり、杜氏も来なくなり、昭和の末に酒つくりを休止したそうです。その後20年間は他の蔵からお酒を買いブレンドしてお酒を販売していたとのことです。 

この蔵の面倒を見ていた池田さんのおばさんが、平成18年に自分で酒つくりをしようと、少量ではあるけど自家醸造を始めたそうです。その後、少しづつ量を増やしてきたころ、10年前に蔵に戻ることを決意しておばさんの手伝いをしながら酒つくりを勉強し、3年前から杜氏として製造責任者となったそうです。 

池田さんは滝野川の酒類研究所で修行しただけで、酒つくりの特別な勉強をしたわけではないそうですが、現在杜氏として3造り目で、去年からやっと100%自家醸造にしたばかりで生産高は100石だそうです。現在勉強中の新しい蔵と言えそうです。それではどんなつくりをされているのかご紹介しましょう。 

ここが洗米と蒸をしている部屋です。結構広いですね。 

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洗米はウッドソン洗米器を使っていました。10kgのお米を1分洗浄し、40秒シャワーをかけた洗浄をし、それを籠に受け水に浸漬させ給水させます。給水時間は6分から30分とお米によって変えるそうです。次に給水した籠の中の余分な水をとるための水切りを行います。 

籠がひもで吊るされていますね。このひもをねじって戻せば籠が回転し水が切れるというわけです。これは自家製ですが、ある蔵のやり方を真似たものですが、了解は取ってあるそうです。遠心脱水機より安くて良いですね。 

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蒸しは小型の甑を使っていました。総米200kgだそうですからかなり小さいです。この大きさの甑は去年東広島の展示場で見たことがあります。 

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甑の中をのぞいてみました。とても単純な構造です。 

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これはおばちゃんが酒つくりを始めるときに購入したそうです。 

次の写真はこれなんだかわかりますか 

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これは自家製の放冷器だそうです。かわいいですね。網の上に載っているのは何でしょうか。 

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今回の見学用に作った精米したお米のサンプルです。これが放冷器とは気が付きませんね。次は麹室ですか中は見学できませんでした。でも外観はきれいです。 

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 ここが仕込み室で、400kg~500kg仕込み用の解放タンクが4本あるだけだそうです。これで年5回転仕込むと1升瓶500本×20=10000本(約100石)というわけです。酒母室は特に設けてないそうです。

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次は搾りです。

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今までは搾りはおばちゃんが買った小型の槽型の搾り機を使っていたそうですが、去年に横型の搾り機を購入したそうです。やっぱりこの装置の方が使いやすいですよね。 

もっと昔は下の写真のような木製槽搾り機があったようです。 

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この場所には昔は大型の仕込みタンクがあったようですが、今では大型タンクを10本も処分して今は貯蔵庫となっていました。 

以上で蔵の紹介は終わりますが、小さいながらしっかりしたつくりができるような環境を作りつつあるようですので、今後が期待できます。 

試飲したお酒の印象 

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純米大吟醸池雲は兵庫県産山田錦40%精米、協会18号酵母、日本酒度ー4、酸度1.9のお酒でしたが、飲んでみるとカプロン酸エチルの香りが華やかで、ちょっと甘めのお酒で、今はやりの味を狙っていることはわかるけど、後味にもっとすっきりさがほしい気がしました。 

純米吟醸雄町は岡山県産雄町55%米、協会6号酵母、日本酒度+3で、今年初めてチャレンジした野心的なお酒でしたので、大変興味がありましたが、ちょっと6号酵母らしい香りも少なく、雄町らしい余韻も少なかった気がしました。 

この蔵は生産量は小さいけど、非常に前向きに取り組んでいる姿勢はとても評価できるのですが、あまりお酒の種類を広げないで、この蔵の味をもっと磨いてもらいたい気がしました。もう少し努力されると変わってくるのではないかと期待されます。でもこんな小さな蔵が頑張っている姿を見るとうれしくなりますね 

他の蔵の話はPART3にすることとしました。

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2016年7月18日 (月)

丹後天酒まつり・蔵めぐりツアー PART1

5月の28日・29日にかけて第3回丹後天酒まつり開かれました。この企画は丹後酒造ツーリズム運営委員会が開催するもので、京都府北部にある9件の蔵が一斉に蔵開きをして、それに合わせて京都丹後鉄道の企画切符を発券したり、もよりの駅からシャトルバスを出して、蔵めぐりをするもので、今年で3回目になるそうです。 

僕は丹波杜氏というのは聞いていましたが、丹後はどこにあってどこに蔵があるのかは全く知りませんでした。そこでインターネットで調べてみましたら、丹波杜氏が出た地域は京都府綾部市から20から30kmほど南の兵庫県篠山市あたりのようで、灘のお酒つくりを支えたところでした。 

では丹後はどこなのでしょうか。丹後といえば舞鶴の西北にある丹後半島ですね。この丹後半島のつけににある丹後一宮 元伊勢籠神社の文献に伊勢に伝えられた神の酒が最初に作られたのが丹後であると書かれていたそうです。そこから、丹後は御神酒のルーといわれるようになったそうです。ですから丹後は今の京丹後市あたりを中心とした広い地域と考えていいようです。

でも、京都酒造組合連合会のHPで調べてみると丹後酒造組合というのはなく、京丹後市の周りにある組合には、峯山酒造組合(京丹後市)に7蔵、宮津酒造組合に5蔵、福知山組合に2蔵あることが判り、その中で9蔵がこのイベントに協力したということのようです。 

今回の企画は御神酒のルーツの蔵を回ろうというのが狙いのようです。このイベントのパンフレットにその9蔵がMAP上に描かれていましたので、ご紹介します。字が小さいですが、クリックすると大きく見ることができます。 

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この9蔵は28日、29日両方ともオープンしているわけではなく白杉酒造以外は片方だけの蔵オープンでした。 

28日:池田酒造(舞鶴)、若宮酒(綾部)、と東和酒造(福知山)、与謝娘酒造(与謝野)、谷口酒造(与謝野)、白杉酒造(京丹後) 

29日:木下酒造(京丹後)、熊野酒造(京丹後)、竹野酒造(京丹後)、白杉酒造(京丹後)

という具合でした。 

このイベントに合わせて、いろいろなバスツアーが企画されていて、東京発の1泊2日ツアーや京都や大阪発の日帰りツアーや観光地見学と組み合せたツアーなどいろいろなツアーが企画されたようです。僕は全く事情が分からない初めての参加でしたので、日本酒友達の入江さんと京都発に日帰りツアーに参加しました。 

このツアーは日本旅行が企画したもので、京都駅に8時15分集合、バスで10時に綾部の若宮酒造見学、舞鶴西のとれとれセンターで昼食、13時に舞鶴の池田酒造見学、15時から与謝野町の谷口酒造と与謝娘酒造を見学して、19時半ごろ京都駅で解散というコースでした。 

それでは早速蔵見学の様子をご紹介します。参加人数が減って、バスは予定していた大型バスが中型バスに変更されましたが、ほぼ計画どおり始まりました。そして、予定よりちょっと早めに若宮酒造に到着しました。 

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ここが蔵表玄関です。まだお客さんはあまりいませんでした。 

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出迎えてくれたのは、社長兼杜氏の木内康雄さんでした。 

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康雄さんはもともと静岡の酒卸問屋に生まれた方で、この蔵を継ぐつもりはなかったそうですが、祖父の時代にこの蔵をの引き受け、静岡の問屋と両方の経営をしてきまして、父の時代に問屋をたたんで、この蔵1本になったものですから、やむを得ずこの蔵を継いだのですと教えてくれました。 

ですから、大学は文学部の教育学部に行ったので、蔵のことは何も知らずに蔵に入ったのが13年前です。その後、最初に酒つくりを丹波杜氏に2年教わって、そのあと但馬杜氏が蔵に来てくれたので、その人の下で勉強し、5年前から杜氏としてやってきたそうです。 

この蔵の歴史を簡単に紹介しますと、創業は大正9年だそうで、市内にあった三丹酒造を若宮酒造として名を改めたのがスタートだそうで、市内にある若宮神社の宮水で仕込みを始めたこともあってその名を付けたようです。これが祖父の時代のことなのでしょうね。 

お酒の銘柄は綾小町と名付けたそうです。この地は養蚕業が盛んで、明治29年の現在のグンゼ㈱がこの町に初めて設立した工場の郡是(ぐんぜ)製絲株式会社がある場所として有名であり、綾部町で機を織る優しい乙女をイメージして綾小町となずけたと聞きました。 

早速蔵の中を簡単に紹介します。 

ここが蔵の入り口です。奥の煙突が見えますね 

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まずは洗い場を見ました、普通酒は機械洗浄をしていますが、ほかのお米はこのような大きなたらいを使って手洗いをしているようです。

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蒸米は和釜でやっていました。奥に甑が見えます。

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 ここは酒母室です

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酒母室の隣が仕込み室で、解放タンクがずらりと並んでいました。生産高は800石だそうです。 

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 櫂入れの道具がずらりと並んでいました。

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簡単な見学でしたのでお見せするものはあまりなかったですが、ひとつ面白いものを見つけました。それはろ過機です。普通の蔵は横型が多いのですが、この蔵では縦形のろ過機を使っていました。 

Dsc_0249_2これは仕込み水のフィルターではなくお酒のろ過に使っているそうです。縦に三つのフィルターが取り付けられ、目的の応じてフィルターを変えて使うようです。 

銘板にはオムにミクロフィルターと書いてありました。 

これで見学は終わりましたが、蔵の出口あたりをを使ってお酒の試飲とおつまみを買える場所があって、そこでのんびりを試飲をすることができました。 

バスツアーの代金の中にここでの有料試飲酒を3種類飲めるチケットがついていたので、そのお酒を試飲いたしました。下の写真をよく見ると有料試飲と無料試飲が見えるでしょう。 

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 椅子はP箱を利用した簡単なものです。

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飲んだお酒は下記の3種類でした。 

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 左から 

① 綾小町 純米大吟醸 綾部産祝50%精米 2700円/720ml 

② 大吟醸 星降る夜の夢 山田錦35%精米 3200円/720ml 

③ 綾小町 純米生原酒 五百万石65%精米 1500円/720ml 

お酒の一つ一つの紹介はしませんが、全体的に仕込み水の性格がよく出た優しい軽めのお酒でした。この中では①の純大が丸みのある甘さときめの細かい酸味がバランスしていてよかったと思いましたが、全体的にはもう少し、個性があってもいいかなと思いましたが、木内さんのお話では僕の性格が出てしまったかなと笑っておりました。 

これで若宮酒造を後にして、西舞鶴にあるとれとれセンターに行きました。

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中には鮮魚の市場と食べもの屋がいっぱい。でもどのお店も高そうでしたので、リーズナブルの価格でしたとれとれ寿司でお寿司を食べました。

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 確か、サバの巻きずしと握りのセットで1200円ではなかったかな。これを2人で食べたので割安だったと思います。

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食事をした後、外をぶらぶらしていたら、九州の波佐見焼の陶芸の御お店が出ていたので、何気なく見ていたら新潟の松の井酒造のお酒を見つけてしまいました。ご主人にどうして松の井のお酒があるか聞きましたら、、松の井の蔵元がここの酒器を気に入ってくれて買ったいただいてから仲良くしているとのことでした。お店の名前は彩雲窯です。 

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松の井酒造のことが知りたかったら、下記のURLをクリックして見てください。 

http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/04/post-7c16.html 

以上でPART1を終わります。

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2016年7月13日 (水)

高温山廃もとの木戸泉酒造はどんな蔵?

僕たち大学の仲間は毎年5月と11月に大原・御宿ゴルフクラブでプレーをすることにしていますが、今年はゴルフの前日に、大原駅の近くにある木戸泉酒造の蔵見学をしてきました。木戸泉酒造は昔から古酒や高温山廃もと造りで有名な蔵ですが、僕自身はあまり飲んでいないお酒でしたので、楽しみにしてきました。 

蔵はJR外房線の大原駅のすぐそばにあり、海からも約1kmしか離れていない場所にあります。蔵のご案内は5代目蔵元で専務取締役兼杜氏をされている荘司勇人(しょうじ はやと)さんにしていただきました。荘司さんは東京農大を卒業され、現在40歳で伯楽星の新澤さんの同期だそうです。2001年に蔵に戻ってきて、3年前から杜氏として頑張っておられます

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蔵見学のご紹介の前に蔵の歴史をご紹介します。創業は明治12年で酒造業を始める前は、味噌醤油の卸業や漁業をいとなんでいたようです。3代目の昭和14年に、漁業権を大原漁業組合に譲渡して酒造業に専念することになったそうです。 元大

この3代目の荘司勇さんは酒つくりの研究に熱心で、元大蔵省技官の古川薫さんを技術顧問として迎い入れて、その古川さんが中心になって開発した方法が高温山廃酛です。この高温山廃酛とは酒母を作る方法ですが、どんな方法なんでしょうか

酒母とは日本酒のアルコール発酵をスムーズに進めるために最初に作るもので、乳酸の多い環境で大量に酵母を増殖させたものを言います。アルコール濃度はあまり高くないけど、とても甘酸っぱい濃厚なものです。これを作る方法は昔からいろいろな方法が開発されてきているので、まず、それを紹介します。 

室町時代に奈良のお寺で菩提酛が開発されました。これは酒母の仕込みを行う前に生米と蒸米を水に浸け乳酸菌を繁殖させた水「そやし水」を作り、この乳酸を大量に含んだ「そやし水」を仕込水とし、一緒に浸けていた生米を蒸して蒸米にして麹と共に仕込むという方法です。乳酸を大量に含んだみずをつかうということで水酛とも呼ばれています。 

気温の高い時期の向いた菩提酛に対して、冬季に品質の高い酛つくりとして開発されたのが生酛つくりです。酒母の仕込みの段階から、半切り桶で丹念に蒸米と米麹をすりつぶす山卸しや、酛の温度をじんわり高める暖気樽などを使って25日間もの長い時間をかけて酵母を低温からゆっくりと育ててて、乳酸と酵母の豊富な酒母を作る生酛が完成したのは江戸時代です。この方法はその後酒つくりの主流となり明治時代まで広く使われました。 

その後明治42年に、国立醸造試験所が、米の精米度が上がった現代では、麹の中の酵素で米を十分に溶かせるので、生酛つくりの作業の中で重労働となる山卸作業は必要がないことを発表しました。それ以降このやり方の山卸廃止酛を略して山廃酛と呼ぶようになったそうです。 

その後明治43年に国立醸造研究所は自然界の乳酸菌を取り込んでそれを育成する方法ではなく、醸造用の乳酸を添加して、乳酸の多い環境を作る方法が開発されました。乳酸菌を育成しないで良いので、早くしかも安定して酒母を作ることができるので速醸酛と呼ばれています。現在では日本酒醸造の9割が速醸酛を使うようになっています。 

昭和15年ごろ広島で速醸酛の半分の時間で酒母を作る高温糖化酛という方法が開発されました。それは56度前後の高温で酒母の仕込みを開始すると約6時間で糖化が完了するので、その後40度まで急冷した時に乳酸を添加し、さらに冷やして25度近辺で酵母を添加する方法です。この方法は酒母を作る時間が短くなる長所がある反面設備が不十分だと雑菌が淘汰されずに変なお酒ができる恐れもあるので、現在ではあまり使われていないようです。 

それに対して木戸泉酒造では高温糖化酛の工程の中で、乳酸を入れる代わりに乳酸菌を入れる新しい酛つくりを開発し、それを高温山廃酛と呼んでいます。この工程で難しいのは乳酸菌なら何でも良いわけではなく、それに適した乳酸菌の選定にあったようです。この方法が確立したのは昭和31年ごろだったそうで、それ以降この蔵では全量高温山廃酛で酒母をつくっているそうです。この方法は乳酸菌を育てながら乳酸を作るので、生酛系の作りのように、乳酸を添加する方法よりは味の幅や深みがあるお酒になるようです。生酛系は自然界の乳酸を取り込んでいて、乳酸菌を投入しないのではと思ったのですが、調べて見ると、自社で培養した乳酸菌を入れることもあるようです。ですから高温山廃酛といってもまちがいではなさそうです。 

この蔵の歴史を調べてみると昭和31年から高温山廃酛導入した後、そのお酒の特徴を生かして、長期熟成酒の開発に取り組み昭和40年にそれを完させたそうです。ですから蔵には40年以上熟成した古酒もあるようです。また昭和47年には1段仕込みでワインのように酸の多い日本酒の「アフス」を販売しています。また昭和52年には無農薬栽培のコメを利用した自然酒の販売を始めるなど米つくりにも力を入れているようです。 

以上でこの蔵の歴史の紹介を終わります。では早速蔵見学した様子を紹介します。ここが蔵の入り口です。奥の建屋が酒つくりをしている蔵です。

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ここは洗米浸漬をする装置がある場所ですが、これを使うのは掛米だけで、麹米はすべて手洗いだそうです。奥に和釜が見えますね

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 和釜は2つありますが、一つは蒸米用で、もう一つが洗浄用のお湯を作るためのようです。仕込み水は近くの山から流れ出る伏流水を井戸を掘って使っているそうです。今は2か所から取って使っているそうです。硬度7-9の中硬水だそうです。

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 和釜の上に載せる木製の甑です。今でもこの木製の甑を使っているそうで、使っていないときは定期的に水をかけて乾燥しないように管理しているそうです。この大きさで600kgから700kgのお米を蒸すそうです。

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 ここは酒母室です。今の生産高は500石だそうですが、結構広い場所を確保していますね。麹室は見せていただけませんでしたが、2部屋×2の広さがあるそうです。

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 ここは仕込み蔵で、すべて開放タンクでした。タンク数は約30個で年3回転の仕込みをしているそうです。全部のタンクを使っているわけではなく、絞ったお酒を入れるタンクとしても使っているそうです。冬季は冷却用のジャケットを巻いて使っているけど、夏場は取り外しているそうです。

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 絞りは薮田1台だそうです。

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 サーマルタンクがありましたが、これは生酒貯蔵用のタンクだそうです。

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 大型の冷蔵庫がありましたが、これは生酒の便貯蔵用だそうです。

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 最後に7種類のお酒を試飲させていただきました。すべて精米度60%の特別純米で左からAFS,スパークリング、自然栽培の山田錦、普通の山田錦、五百万石、花吹雪、濁り酒です。一つ一つのお酒の味の説明は省略しますが、総じて酸が強く、味わいは濃潤ですが、僕には雑味が多く感じられ、ちょっと苦手かもしれません。酵母は全部7号酵母だそうです。

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 最後に二つのお酒を紹介します。AFSは1段仕込みのお酒で、白ワインのように酸味が強よいお酒で、日本酒度は-30、酸度が10もあります。この開発に携わった3人の名前(A:安達源右衛門、F:古川薫、S:荘司勇)の頭文字をとったものです。

 二つ目は山廃無濾過原酒の白玉香というお酒です。兵庫県産の山田錦を用いた特別純米酒で、このお酒も酸度が2.4もありますが、うまみもあるので比較的良いバランスになっていました。僕はこのお酒を買ってしまいました。

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この蔵のお酒は酸味が特徴で、山廃つくりのためか独特のうまみと香りが特徴のように思えました。でも欲を言うとこの酸味を生かしながら、もう少し綺麗な甘みや旨みを感じるお酒ができたらいいなとも感じました。杜氏の勇人さんはまだ杜氏になって3年だそうで、これからいろいろチャレンジされるそうなので、期待したいと思います。 

最後にみんなで集合写真を撮りました。この日は雨でしたが、翌日のゴルフは天気がよく気持ちよくプレーできました。 スコアは滅茶苦茶でしたけど。

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2016年4月20日 (水)

君の井酒造は伝統の技を大切にする蔵です

新潟酒の陣の前の日に新潟県の妙高市にある君の井酒造を訪問して来ました。君の井酒造のお酒は新潟酒の陣では必ず飲んでいるお酒で、こんな素晴らしいお酒を造っている蔵を訪問したいと常々思っていましたが、昨年3月に北陸新幹線が開通したことからこの機会に訪問したいということで計画したものです。新潟のお酒を東京の丸の内で飲める「すいようでい」でお会いした営業の阿部さんにお願いいたしましたら、快く受けていただいて実現したものです。「すいようでい」については下記のブログをご覧ください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2014/10/post-0bc4.html 

蔵は北陸新幹線の上越妙高駅から長野の方に5Kmくらい戻った新井駅の近くにあります。この地は佐渡で産出した金を江戸の運ぶ輸送路として使われた北国街道の新井宿にあり、蔵はその北国街道に面したところにありました。まず蔵の入口の母屋をご覧ください。この母屋はとても古い建物のようですが、明治時代にこの地が大火にあって、町中が燃えたと言われていてその後に建てられもののようです。 

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事務所の軒を見ますと、雪国によく見られる雁木構造になっています。現在は、この雁木はこの事務所の前しかないですが、昔は町中が雁木でつながっていたようで、それが町全体を失うほどの大火になった原因となったそうです。 

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出迎えていただいたのは総務担当の木賀誠さんでした。ここは事務所内の展示コーナーです。展示品を良く見ると吉永小百合さんの写真がありました。 

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君の井酒造はJR東日本のコマーシャルの大人の休日倶楽部新潟県「越後杜氏」篇の舞台となったところで、吉永小百合さんが蔵を案内する形式のコマーシャルでした。ご覧になった方も多いのではないでしょうか。下の写真はその時の記念写真です。 

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最初に木賀さんに蔵の歴史などをお聞きしてから蔵見学をしましたが、まず蔵の歴史を紹介しましょう。 

<君の井酒造の歴史> 

この蔵の創業は1842年とされていますが、上述した町の火災で過去の記録が焼失して残っていなかったのですが、1842年の高田藩の酒つくりの許可証が見つかったたことからこれを創業年としたそうです。 

君の井酒造となったのは昭和26年だそうで、それまでは田中酒舗として屋号は「田中屋」と呼んでいたそうです。君の井という名前は、明治時代に蔵の隣のある「東本願寺別院」に明治天皇が来られ、お酒(金崋山)を献上したことからつけられたようです。君子に献上した君の字と良質な水がわき出る井戸の井の字が由来となっています。 

この蔵の基礎を造ったのは2代目田中大五郎さんだそうです。大五郎さんは先見の目があり、いち早く昭和3年に全国に先駆けて琺瑯タンクの導入をするとともに、お酒の品質を上げるために高精米が必要だと、当時の横型の精米機をやめて縦型の精米機の導入を図かり、昭和4年には当時としては珍しい鉄筋コンクリー製の蔵を建てたそうです。 

それだけでなく、新潟の吟醸酒造りの父と呼ばれる元国税局鑑定官である田中哲郎を若い頃君の井酒造で修業させ、酒造りを教えるなど、人の教育にも熱心だと聞きます。一番功績があったのは日本では新潟しかない県の醸造試験所場の設立に参画し、新潟県の酒の資質の向上に貢献したことです。そして、昭和7年には第13回全国酒類品評会で全国1位の受賞しています。その後数々の賞を取り続けるなど、酒造りの技術は着実に上がったそうです。 

その後も大五郎の遺志を引き継ぎ、昭和42年には篠田次郎設計の新工場を建設し、平成4年にはコンピューター制御の精米機の導入をしています。生産高は一時は12000石ありましたが、現在は5000石だそうです。そのうち特定名称酒は30%で、70%が地元で消費される普通酒のようです。 

<蔵見学の紹介> 

昭和42年に建てらけた工場は事務所の建屋の奥にあります。そこに行く通路は事務所というより昔ながらの蔵の趣がありました。もともとここは蔵として使っていたところで、火災で焼け残ったものを利用しているので、梁が黒くなっていました。 

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この古い蔵は未だ現役として使われていました。それは和釜と貯蔵庫でした。まず和釜をご覧ください。通常のお酒は新工場の連続蒸米機を使っていますが、大吟醸はこの和釜を使うそうです。やっぱり良い蒸し米には和釜が良いのですね。 

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凄かったのは貯蔵庫でした。1タンクが100石(18000L)の四角いタンクがずらりと並んでいました。ここだけで3000石位あるのではないでしょうか。 

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 また大吟醸用の洗米もありました。和釜との関連でここにあるのでしょう。 

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次に訪れたのは平成4年に建設された精米工場ですが、事務所の建物の隣に立っていました。中野式堅型醸造用精米機が3台並んでしました。この蔵で使用しているお米は山田錦、越淡麗、五百万石、越吹雪ですが、一番多いのが五百万石だそうです。 

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隣には枯らし用のタンクが5台並んでいました。 

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またここには糠の分別槽がありました。右の槽から特上糠、上糠、中糠、トラ糠、赤糠、最後は読み取れませんでした。ここで袋詰めされます。 

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それでは新工場へ行ってみましょう。新工場と言っても昭和42年建築ですから、新しいものではなく3階だての鉄筋コンクリートの黄色い建屋です。右上のラックは精米工場から新工場に搬送するラックだと思います。 

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3階に洗米場があり、浸漬タンクがありました。大吟醸以外はこの浸漬タンクを使うそうです。 

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その隣には連続蒸米機と放冷機がありました。 

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<麹室> 

ここまでは木賀さんが案内していただきましたが、ここからは杜氏の早津宏さんにしていただきました。早津さんは昭和32年生まれ現在59歳の杜氏で昭和51年に君の井酒造に入社され、蔵で修業され杜氏になっています。早津さんは自ら田んぼを持ち、夏は米つくり、冬は酒造りをしているそうです。そして、酒造りに適したお米はどう作るべきかを自問自答しながら、米つくりにもこだわっています。 

早津杜氏の酒造りにには次のようなこだわりを持っているそうです。 

1.原料となる米にはこだわり、精米は自社でやること 

2.伝統を守り味わいのある山廃つくりを大切にする 

とても穏やかで謙虚な人で、麹作りはよくわからないのですよと言いながら、しっかり造りをやっておられる方であることが良くわかりました。 

下の写真が麹部屋の種付けをしている床です。部屋の温度は32-3℃だそうです。 

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その隣には天幕式と言われる製麹の床がありました。冷却だけを自動で行いますが作業はすべて手作業です。この金網の上に木綿の天幕を敷いてそのうえで麹の切り返しや揉みほぐし作業を行うそうですが、目的によって麹の厚みを制御すれば、箱などはいらないとのことでした。従来の形にとらわれない考えをお持ちのようでした。部屋の温度は27度だそうです。

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麹は結果的に突き破精になるそうですが、酵素力は総破精より弱いけど、醪の段階で麹が溶けて行きながら中から順次酵素が出てくるので、良い酒ができるそうです。通常出麹の温度は43度だそうですが、お酒によってアミノ酸を増やしたい場合は仕舞仕事の段階で37度~38℃より上げないようにして、蛋白分解酵素を増やして製麹時間を延ばしてやることもあるそうです。麹の造りにはファクターが多すぎて難しいとの話でした。 

<酛つくり> 

酒母室の見学はできませんでしたが、山廃用と速醸用の部屋を持っているそうです。山廃つくりはこの酒母造りがキーになります。特に温度制御に気を使う必要がありますが、そのためには温度制御用の暖気樽を使いますが、この蔵はアルミ製の暖気樽は使わなくて、木製の暖気樽を使うそうです。このほうが温度制御が緩やかになり、山廃つくりに向いているそうです。木に勝るものはないそうです。この辺も実戦で鍛え上げた自信の表れでしょう。山廃つくりには強い信念があり、朝日山酒造の杜氏が山廃造りを教わりに来たことがあると言われていました。 

下の写真の方が杜氏の早津さんです。木製の暖気樽の説明をしていただきました。蒸したお米を入れる時も木製の飯樽を使うそうで、母屋にある和釜の蒸し米を入れた飯樽を担いでここまで走って運ぶそうです。凄い重労働ですね。 

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<生酛系酒母造り> 

酒母を造る目的はアルコール発酵に必要な酵母を大量に培養することです。酒母造りは最初に蒸米と麹と水を入れることから始まります。日本酒つくりは開放の状態で行うので、様々な雑菌が入るので、それが増殖することを抑えなければなりませんが、そのために乳酸を入れて酸性にすることにより雑菌の増殖を防ぐ方法が主流でそれを速醸法と言います。 

それに対して蔵内にある乳酸菌だけを繁殖させて乳酸を造る方法が生酛とか山廃と言われる方法です。まず酒母の原料を入れて発酵させるとまず硝酸還元菌が増殖し、水中の硝酸を亜硝酸に変えます。この状態にすると雑菌が死滅し代わりに乳酸菌が増殖します。すると乳酸菌が乳酸を出して酸性が高まり、硝酸還元菌や野生酵母が死滅します。この乳酸酸性の高い状態で清酒の酵母を入れると目的の酵母だけが増殖するというわけです。 

生酛と呼ばれる方法は最初の蒸米を櫂ですりつぶすことを行う方法で、この作業を山卸と呼びますが、この作業が大変なので櫂でつぶさないで麹の酵素力で溶かす方法を山卸を廃止したということで山廃と呼ぶのです。ですからどちらも酒母を造るのに速醸法に比べて時間がかかるけど、乳酸菌や様々の微生物が生み出す成分が含まれるので、味わい深いお酒になると言われています。ですから山廃や生酛造りと言っても蔵によって全然違うお酒になるのです。 

酒母を造る映像が君の井のホームページにありましたので、ご覧ください。酒母のところをクリックしてください。山廃を造っている動画が現れます。山廃と言っても生酛に近い感じが良くわかります。 

http://www.kiminoi.co.jp/flow.html

<仕込み部屋> 

ここは普通酒や本醸造や大きな純米酒を仕込む部屋のようですが、1万Lのタンクが32本並んでいました。小さな仕込み部屋も3階にあるそうですが、見ませんでした。

この蔵が使っている酵母は基本としては、普通酒と本醸造は7号酵、純米酒は10号酵母、吟醸酒は18号酵母で、9号酵母は使っていないそうです。9号酵母はどうしても最後にアミノ酸の苦みが残ってしまうからだそうです

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ここがそのタンクの下の部分です。タンクの冷却は冷水ではなく2-3℃の冷風を使っているそうです。この部屋全体を7度に空調しているので可能なのでしょうが、経済的には得なのかなと思ってしまいました。 

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<搾り> 

絞りは薮田2台だけだそうです。槽はあるけどほとんど使わないそうです。薮田の部屋は空調ができますが、普段は除湿だけしているそうです。  

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見学の最後に最近導入した新型のボイラーを見ることができました。かっこいいですね。 

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以上で、蔵見学の紹介を終わりますが、最後に試飲をさせていただきました 

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左側から順番に紹介します。

・ 君の井 本醸造 上撰 五百万石
 

味がしっかりしていて後味がスキットして酵母は10号と7号のブレンドだそうです。本醸造はアルコールが入っていて、普通酒より濃くてきれい、純米酒より軽い味わいで、味が引き立つので、杜氏は純米酒より好きだと言われました。 

・ 君の井 純米酒 五百万石 

この蔵の速醸タイプの定番のお酒で、酵母は10号酵母のお酒です。このお酒は活性炭を通しています。このお酒の原酒を特別にいただきましたが、イソアミルの香りがしました。杜氏のお話では10号酵母は新酒のうちはイソアミルの香りが出て、活性炭を使うとそれが消えるようです。 

・ 純米吟醸 山廃造り 蔵秘伝 五百万石 

伝統ある山廃造りの純米吟醸の定番で、五百万石58%精米、酵母10号のお酒です。 

・ 純米大吟醸 山廃造り 越淡麗 

このお酒は越淡麗と山田錦がありますが、ラベルではわかりません。優しさを与える甘みとまろやかな酸味みとバランスし、ふっくらとした旨味を感じるお酒でした。アミノ酸は+6位あるそうです。 

・ 純米酒 山廃仕込み 無ろ過 越淡麗 

この純米酒は18号酵母を使っていて、お米は麹米が越淡、掛米が越吹雪の珍しいお酒でしたる。乳酸の甘い感じの酸味を感じる複雑系の味でした。これは試験的に造られた純米酒のようです。  

以上で試飲の説明を終わりますが、早津さんの気取りのない正直なご説明に心がうたれました。基本は活性炭濾過して、1年くらい熟成して出すようです。でも本当に熟成を楽しみたい場合は無ろ過で2-3年熟成させる方が良いという話にも驚かされました。 

以上で君の井酒造の報告を終わります。数年前から新潟酒の陣の前の日に蔵見学をする企画を続けてきましたが、その日に酒の陣に出展している蔵の商談会が行われるようになったので、前日の蔵見学が難しくなってきたようです。ですから、今年が最後の企画になるかもしれません。

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2016年4月14日 (木)

松乃井酒造は地味ですがしっかりした蔵でした

新潟酒の陣の前に新潟県の十日町にある松乃井酒造を訪問しました。松乃井酒造を訪問したいと思ったのは用賀のなかむらやで東京農大の平成7年卒の同期が6蔵集まるイベントがあって、その時松乃井酒造の杜氏兼常務取締役の古澤裕さんの奥さまである古澤布美子さんにお会いしたのが切っ掛けです。その時初めて松乃井のお酒を飲んだのですが、飲んだお酒はどれもいわゆる淡麗辛口の新潟のお酒とは一味違う味はしっかりあるのに、すいっと飲めてしまうお酒に感心しまして、どんな蔵で造っているのだろうかと思っていました。その時の様子は下記のブログに纏めてありますので、ご覧ください。

http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2014/08/post-5daa.html 

今回は新潟酒の陣の準備でお忙しいところを、酒の陣の2日前の日に無理をお願いして訪問したのものです。十日町は新潟県南部にある町で町の中央を信濃川が流れ、雄大な河岸段丘(川の洪水や土地の隆起によって川の流れに並行して出来た階段状の地形)が形成されたところです。この土地は縄文時代以前から人が住みついたところで、昔から交通の要所らしく、今ではほくほく線飯山線が交わる町となっています。ここは魚沼産のコシヒカリの産地として広く稲作がされるだけではなく、京都・西陣と並ぶ紬織りの一大産地だったそうです。 

その日は駅まで布美子さんが車で迎えにしていただき、町並みを車上から見学しながら、蔵に向かいました。蔵は駅から少し北へ信濃川を超えた河岸段丘の上にありました。川からは数十mも上にあるので、とても見晴らしの良いところにありました。 

蔵の方から信濃川の方を見た景色ですが、雪の積もった大地は蔵が所有している田んぼでコシヒカリを造っているそうです。右に見える山が巻機山で左が八海山だと思います。この地は大雪が降る所で今年は平年の1/3だそうです。 

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それでは松乃井酒造の方を見てみましょう。松乃井酒造と書いてあるコンクリート製の大きな煙突が見えますね。 

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青い建物が事務所です。右の古い建物が母屋です。 

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母屋の正面の写真をお見せしましょう。母屋は100年前にこの地に引っ越してきた時に建てられたものですが、平成16年の中越地震に時に大規模半壊で使えない状態になったのですが、平成20年に十日町の文化財相当ということで、県から復旧の補助金4000万円が出ることになり、建物の基礎から変える大工事をしたそうです。具体的には建物を2mもジャッキアップし、基礎を造り直して耐震補強をするとともに、内部の修理を行ったそうです。 

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外観はできるだけ昔のままの残して、中はすっかり綺麗に修理したので、今でも蔵元の住宅として使用しているそうです。下の写真が玄関で帳場や検査室があったところのようです。赤い壁は土壁で東京や名古屋から専門の職人を呼んで再現したもののようです。ピカピカですね。 

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蔵の歴史や今までの経過については社長の古澤実さんにしていただきました。

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<蔵の歴史> 

明治27年(1894年)に初代古澤英保(本家の次男)が本家(酒銘「澤乃井」)から分家して独立し、創業したそうです。酒銘「松乃井(まつのい)」は、赤松林から湧き出る横井戸の軟水を仕込水に使っていることから命名したとのことです。この横井戸のある今の地に来たのは100年前だそうですから、創業後20年以上後のようです。 

その後3代目の当主が若くして亡くなって、その奥様の古澤棟子さんが4代目の当主となり子供が育つまでと安藤杜氏と社員たちとで頑張ってきてきたそうです。現在はその息子の古澤実さんが5代目当主の社長、弟の古澤裕さんが杜氏兼常務取締役をされ、順調に業績を伸ばし、連続して全国新酒鑑評会で金賞を取るほどになっています。 

現在の生産量は約1000石で、普通酒が6割で地元で約7割が消費されるのですから、まさに地元密着な蔵になっています。 

<蔵見学> 

蔵の内部の紹介は常務取締役の裕さんにやっていただきました。酒つくりの工程順にご紹介します 

<精米場> 

千代田醸造精米機が1台設置されていました。十日町付近には5蔵あるそうですが自家精米をしているのはここだけだそうです。化工米以外はすべて自家精米をしているそうです。 

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使っているお米は山田錦、越淡麗、五百万石、たかね錦、越いぶき(化工米)だそうです。特に越淡麗は地元の蔵人が造っている有機米を使っているため、高価だけど品質の良いものが手に入るので、大吟醸用として使っているそうです。 

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ぬかは下の機械で赤ぬか、中ぬか、白ぬかに選別されて袋詰めにされます。白ぬかはお煎餅屋さんに売られます。 

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<洗い場> 

右の奥にあるのが本醸造や普通酒用の洗米機で、それ以外はざるによる手洗いをするそうで、15kgと10kg用のざるを使用するそうです。 

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<蒸し場> 

ここでは和釜が使われていました。大小2つあるのですが、現在は大きいほう(1トン用)だけを使っているそうです。 

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<放冷機> 

黄色い蛇腹のホースは放冷機で冷却用に使った空気を外に送るものです。すべてのお米を放冷するわけではなく、麹米は放冷機は使用しないで麹室で自然放冷するほか、エアシューターで送るものは詰まりを防ぐためにあまり冷やさないそうです。 

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<麹室> 

麹室の中は床がありましたが、ネガティブフレーバーがつかないように去年からステンレス張りにしたそうです。木製だとどうしても香がついてしまうそうです。 

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2階にあった枯らし場を見せてもらいましたが、ちょうど溝を造っている作業を見ました。V字の溝になるような道具を使っていました。自作だそうです。 

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<酒母室> 

酒母室の入口には神棚があり、奥に酒母タンクが見えますね 

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ここで使っている酵母は普通酒は7号酵母、本醸造は14号と9号のブレンドですが、酵母を混ぜて使うのではなく、できたお酒をブレンドするそうです。吟醸酒は新潟県の9号系酵母G-9やG-CRを、大吟醸酒は酵母1901号を使っているそうです。 

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酒母室から下の仕込みタンクには直接落とせるようになっていました。 

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<仕込みタンク> 

仕込みタンクはすべて開放タンクで、普通酒と本醸造と特別純米は1500kg仕込みで、大吟醸は600kg~700kg仕込みだそうです。その中間の大きさのタンクもあるそうです。 

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 仕込みタンクが所狭しとぎっしり並んでいました。仕込みタンクが少ないので、1シーズンで3回転くらい使うそうです。奥のお部屋に小ぶりの仕込みタンクが見えますが、はじめて使用するお米を使う場合は、酵母の種類を変えた試験醸造をするそうです。このような努力が良いお酒を造る秘密なのかもしれません。

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<貯蔵庫> 

貯蔵庫のには小さな開放タンクがありましたが、これは調合用のタンクだそうです。 

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<袋絞り> 

ちょうど純米大吟醸の袋絞りをしている最中でした。袋を釣り下げるところが少ないので、槽搾り機や小型の開放タンクが使われていました。 

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 絞っている途中の越淡麗35%純米大吟醸のお酒を試飲させていただきました。とても香もあり、味わい深いお酒でしたが、炭酸ガスが含まれピリピリ感があるフレッシュなお酒でした。これを半年以上熟成させるとあの英保となるのです。英保には3年熟成もあるのですが、今回のお酒は良いところを選んで、原酒で5年熟成させるつもりだそうです。どんなお酒になるのでしょうか

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<薮田絞り> 

この蔵は吟醸系は槽搾りで、普通酒と本醸造と純米酒は薮田を使っているそうです。 

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 ちょうど酒粕を取っている作業をしていました。

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従業員は活躍盛りの6人が働いており、皆造りの担当が決まっていて、ぴちぴちとたらいていたのが印象的でした。ここで働いている人たちがホームページに載っていますので、ご覧ください。活気のある様子が見取れます。

http://www.matsunoi.net/kura.html 

最後に蔵見学した印象を述べますと、特に新しい設備を導入しているわけではないけど、細かいところに手を抜かない、基本を大切にした造りをしている蔵だなと思いました。またそれを支える従業員とのコミュニケーションが凄く良い蔵だと感じました。 この蔵の造りの原点が見えた感じでした。

以上で蔵の内部の様子の紹介を終わります。見学の最後に母屋のお座敷で、お手製のおつまみとお酒をいただきました。 

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 簡単に左からお酒を紹介します。 

・ 英保 純米大吟醸 越淡麗35%精米 1年熟成 

・ 普通酒 五百万石65%精米 

・ 特別純米 たかね錦55%精米 9号酵母 

・ 吟醸酒 越淡麗50%精米 袋絞り生酒 

・ 純米吟醸 山田錦50%精米

どのお酒も味のバランスが良く、テクスチャーは柔らかいのに、ちょっとシャープでキリリとしているけど、すっと飲めるお酒でした。水が軟水なのと、お米にあった酵母を選択しているのが、共通の味わいとバランスを造っているのではないかと思いました 

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大根を乾燥させたものやニシンの山椒漬け(福島の名物のレシピを教わって造ったそうです)などでした。 

本日蔵をご案内いただいた古澤裕・布美子ご夫妻です。布美子さんは麒麟山のある阿賀町育ちで、東京農大を卒業して地元に戻っていた時に清酒研究会で裕さんと知り合ったそうで、この蔵に嫁いできたそうです。今では3児の母として、チームマネージャーとして活躍されています。裕さんは若い時から蔵に入ったそうですが、製品管理の仕事が長く、造りをあまりしていなかったそうですが、杜氏が高齢になったことから杜氏の下で酒造りを勉強して、4年前から杜氏として活躍されています。今では安定した造りをしているのですから、これからが楽しみですね。期待していますよ・・・・・・

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新潟酒の陣の前でとてもお忙しい中にも関わらず、こんなにも御もてなししていただき、大変ありがとうございました。

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