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講演会

2017年8月18日 (金)

「雄町」徹底勉強会は非常に役に立ちました

今年の雄町サミットの開催日の前の日に、日本酒学講師の会が主催で、「雄町」の徹底勉強会が開かれました。日本酒学講師の会というのはNPO法人FBOが認定する講師が未来の日本酒のために日本酒の魅力や知識を一般消費者伝えていくことを目的としている会で、平成25年に発足しています。この会は「酒と食文化アカデミー」というテーマで、月に1,2回程度で色々な会を開催しています。その一つとして、今回は市田真紀講師がコーディネーターとなって、雄町の生産者や蔵元などをお呼びして「雄町」を徹底的に勉強しようという会です。 

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市田さんは岡山生まれの利き酒師で雄町に精通された方なので、ぜひ勉強したいと参加を申し込みました。会場はFBOアカデミー東京校でしたが、当初は30名締め切りの予定でしたが、応募が多かったので、60名まで増員したそうです。 

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当日の会は日本酒学講師の会の副会長の入江亮子さんの司会でスタートし、会長の大越智華子ご挨拶から始まりました。会の構成は以下のように行われました。 

1.JA全農岡山営農・農産部課 本井傳崇之さんによる講演
  「酒造好適米雄町の来歴」
 

2.岡山県酒造好適米協議会会長 岩藤英彦さんによる講演
  「栽培農家が語る雄町の魅力
 

3.利守酒造代表取締役 利守忠義さんによる講演
  醸し手からみた雄町の魅力」

4.雄町で醸した日本酒のテースティング:解説 市田真紀 

5.質疑応答 

全部通しで約2時間の会でしたので、自分のための備忘録として簡単にまとめてみることにしました。 内容はいただいた資料を使っていますので、講演内容とは少し違っているかもしれません。

1.本井傳崇之さんによる講演 「酒造好適米雄町の来歴」

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雄町の呼び名で備前雄町とか赤磐雄町と言われますが、その名前は産地から来ており、備前とは岡山市、赤磐市、和気市、瀬戸内市、備前市からなる地域をしましますが、雄町を主に作っているのは岡山市と赤磐市だそうです。 

雄町の生産量は全国で約2500トンで、醸造用玄米の約2%強にしかすぎませんが、雄町の全生産量の94%が+、岡山県で作られています。どうしてそうなんでしょうか。それは岡山県が全国で一番晴れる日が多いからだそうです。本当にそれだけでしょうか。実は雄町は岡山の土地と水と気候が適していたからだそうで、詳しくは岩藤さんの講演で触れることにします。 

まず雄町の来歴を示します。雄町を最初に発見したのは現在の岡山市中区雄町岸本甚造さんで、1859年に伯耆大山のお参りの帰路に見つけた変わり穂の2本を持ち帰り栽培し育成を重ねて1866年に「二本草」と名付けて生産したのが始まりです。その後雄町に良い米があるという評判から岡山県を中心に栽培されるようになり、栽培地の地名から「雄町」と言われるようになったそうです 

雄町の生産量は次第に増加大正時代の中頃には9000haもの作付があったものの、雄町は丈が高く倒れやすいとか、病害虫に弱いとか生産量が少ないという欠点があったので、品質改良が盛んにおこなわれ、新しい米に順次変わっていき、昭和14年には3000haまで減少しています。 

でも酒米としては、赤磐郡の軽部村の村長の加賀美章が酒米としての良さに注目し、全国酒造家を歴訪し積極的な宣伝を行った結果、昭和のはじめには全国新酒鑑評会の1位から20位までを全部備前雄町の酒が独占したことにより、金賞を取るには雄町でなければ不可能と言われるほどまでに名声が出たのです。 

でも戦時体制に入った昭和17年には食料管理法が交付され、今まで高値で取引されていた酒米が一般米と同じ価格になったことからさらに減少し、昭和20年には1100haまで減少しました。昭和25年に酒造好適米に加算金を付ける買入制度ができたにもかかわらず、その時には山田錦に流れることになり、雄町の作付けはさらに減少し昭和48年には3haにまでになり、ほとんど絶滅状態になったようです。 

昭和50年に利守酒造雄町の復に向けた取り組みを開始し、良質米推進協議会を発足させるなどの努力により次第に増産され、雄町サミットが開催された平成20年には390haまで増加して、現在は550haとなっています。雄町復活の苦労話については利守社長の講演で触れることにします。 

雄町はお酒の原料米としての価値だけではなく、雄町が持つ優秀な性質を他の酒米に伝える役割を果たしました。具体的には渡船を経て山田錦へ菊水を経て五百万石とつながっていき、結果的には、今人気の愛山、越淡麗、金門錦、美郷錦などへとつながっていく元親としての役割があったことはあまり知られていませんね。
 

2.岩藤英彦さんの講演 「栽培農家が語る雄町の魅力」 

 

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岩籐さんは昭和31年生まれですから、現在61歳になり40数年農業に携わたっと紹介がありましたが、確かに若い時稲造りを手伝っていたけれども、途中他の仕事をしており本格的に米造りを始めたのは30歳過ぎからだそうです。でも現在は雄町の造りの第1人者で、岡山県の蔵との契約がほとんどなので、他県ではほとんど手に入れることのできない貴重な雄町を造っている方です。 

雄町は丈が170cm以上もあり、倒れやすいので、できるだけ丈が高くならないように栽培しているけれども、一目で山田錦とは違うことはわかってもらいたいので、ある程度は丈を伸ばしているそうです。丈は170㎝あっても実がつくと穂が垂れてくるので実際の高さは140㎝くらいだそうです。その写真をお見せします。 

下の写真はまだ十分には実がついていませんが、女性が持っている雄町の丈は女性の背丈と同じくらいあります。 

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下の写真は収穫前の稲の状態で穂がしっかり垂れています。たぶん140cmくらいでしょうね。市田さんでも隠れることはななそうですよ。 

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ここの(赤坂)田圃は砂の上にある痩せた土地で、水の通りが良く、肥料も長持ちしないけど、水の流れが良いので酸素が根に入りやすいのが雄町にいい環境であるとのことでした。良い稲ができるかどうかは人の手が20~30%で、残りの70%は環境任せなので、台風が少なくて日照時間の長い備前が雄町に向いていると言えるのでしょう。 

良い稲ができても良い米ができるかどうかは100%人間の作業によるそうです。雄町は非常に割れやすいので、収穫に時間をかけゆっくり行い、乾燥には最大でも1時間0.5%の水分減少で行い、乾いた後でゆっくり冷却します。具体的には乾燥に1日、冷却に1日かけるくらいのスピードでやれば割れの少ない米ができるそうです。 

協議会としては稲の造りは有機肥料を使うこと以外の制限はしていませんが、米としての仕上げ方は統一するように努力しているそうです。 

最後に雄町が一番きれいに見えるのは8月末から9月初めの穂が出る時で、穂には白い長い「のげ」がついているので、一面が真っ白に見えるそうです。ぜひ見てくださいとのことでした。下の写真がその時の田圃の写真だと思います。確かに白っぽいですね。 

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3.利守忠義さんの講演 「醸し手からみた雄町の魅力」 

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まずは雄町復活のお話から紹介します。利守さんが蔵に戻ったのが昭和40年で、専務取締役になったのが昭和45年です。その年の11月に杜氏の田村さんと一緒に地元の農家に行ったとき、納屋の中に「雄町」の稲穂が年度別にずらりと並んでいるのを見て感激したそうです。杜氏と相談してこの雄町で酒を造ろうと決断して、その農家にお願いしたのですが、今はできませんと断られたそうです。雄町は造られていなかったのです。

多収穫品種のお米は1反で10俵取れるの対し、雄町は6俵くらいしか取れなかったので、10俵の所得補償をすることなどをして少しずつ増やしていったのですが、なかなかいい米がとれないので、良質米推進協議会を立ち上げて品質向上を行い、さらに1俵あたり35000円で出来た雄町米を悪いものも含めて全量買い上げることにより、雄町の復活に成功したそうです。 

一方、雄町米のお酒造りにも力をいれ、昭和59年から3年間連続して全国新酒鑑評会で金賞を受賞するまでになりました。雄町のお酒は味わいに幅があり、ふくよかな酒になるのと独特の切れの良さとか余韻があるお酒になるだけでなく、熟成させるとまろやかになりさらに良くなる長所があるそうです。 

雄町は精米時に割れやすいだけでなく、吸水もしやすいので酒造りのすべての工程で気を使う必要のあるお米だそうで、その具体的な例を示していただきました。 

精米: 軟質で大粒で心白が大きいので精米中に砕けやすいので、50%以下の精米が難しい。いかに慎重に真精精米歩合を上げるかがポイントになる。 

洗米浸漬: 洗米は15kgの手洗いで、浸漬は限定吸水で慎重に行う 

蒸し: 蒸米の自重で硬くならずに、ふっくらとしたべとべとしない蒸米にするために加圧式3段甑を開発した。(フジワラテクノアート) 

放冷機: 麹米には表面の水分を飛ばすため60度の温風を吹き付ける装置を開発した。 

麹造り: 無通風式自動製麹装置を開発(フジワラテクノアート)した。 

醪造り: 蒸米をどのくらい枯らすかがポイントになり、溶け過ぎに注意する。
 

4.雄町で醸した日本酒のテースティング 

雄町で醸した7種類のお酒を市田さんの解説を聞きながら、7種類のお酒をお弁当のおつまみを食べながらテースティングしました。お酒は以下の7種類です。 

1.赤磐雄町 純米大吟醸 精米度40%
  ALC15度、日本酒度+3.酸度1.4

2.阿櫻 純米吟醸 無濾過原酒 精米度50%
  
ALC16.6度、日本酒度+0.酸度1.8

3.極聖 特別純米 高島雄町 精米度60%
  
ALC15.5度、日本酒度+3.酸度1.5

4.玉川 山廃純米酒 無濾過生原酒 精米度68%
  
ALC20.1度、日本酒度-7.酸度3.2

5.三光天賦 純米 無濾過生原酒 精米度65%
  
ALC18.6度、日本酒度+4.酸度2.2

6.出羽桜 純米吟醸 雄町 精米度50%
  
ALC16度、日本酒度+5.酸度1.6

7.篠峯 夏凛 純米吟醸 無濾過生 精米度60%
  
ALC15.8度、日本酒度+5.5酸度1.9

写真は市田さんのものをお借りしました。 一つ一つの解説はしませんが、雄町らしさを感じるにはアルコール度数は15-16度、日本酒度は0~+5、酸度は1.8以下が合うような気がしました。このうち雄町サミットの優秀賞を取ったのが3番の極聖と6番の出羽桜でした。利守酒造は1番のお酒の出品はしておらず、吟醸系は赤磐雄町生を純米系は特別純米を出して賞を取っていました。

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 おつまみの写真です。白く見えるのは雄町のご飯です。食べてみたらそれなりの美味しかったけど、ちょっと旨みが足りないので、チャーハンかカレーライスがいいかな。 

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5.質問コーナーは何人かされましたが、省略します。ただ、僕の質問で雄町で全国新酒鑑評会で金賞を取っている蔵は少ないけど、新潟の越の雄町は連続金賞を取っていますが、どうしてでしょうかとお聞きしたら、新潟で生産された雄町は備前雄町とは違うものだと言われて、なるほどと思いましたが、雄町ではないと切り捨てるのも理解はできるものの、これから考えていく必要がありそうな気がします

以上で雄町勉強会の紹介を終わります。 

最後にこれを企画していただいた市田さん、入江さん他の関係者の皆様に感謝いたします。ありがとうございました。

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2017年7月 5日 (水)

新政・貴・仙禽の蔵元によるトークバトルと利き酒選手権

6月4日にインフィニット酒スクールが主催する若手蔵元トークバトルと利き酒選手権&懇親会に参加してきました。この会は去年も四谷3丁目にあるホテルウイングで行われましたが、トークバトルは新政酒造の佐藤祐輔さんと仙禽酒造の薄井一樹さんのお二人のトークで、あまりトークバトルにならなかったのと、きき酒選手権もどんな形で実施されるのかわからないまま参加したので、うまくブログにまとめることができず、書くのをやめてしまいました。

今年は永山本家酒造場の永山貴博さんも参加された3人でのトークバトルとなったのと、きき酒選手権も最後にこんなお酒でこんな質問をしたとの解説書がありましたので、詳しい紹介ができそうなので、ブログにまとめてみることにしました。

<3蔵元によるトークバトル>

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今年は新政の佐藤祐輔さんと仙禽の薄井一樹さんと貴の永山貴博さんの3人に司会の阿部ちあきさんが質問し、それに答える形式で行われました。

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阿部さんによるプロフィルの紹介がありましたが、それに少し手を加えた僕の方で調べたプロフィルについて、まずご紹介することにしました。紹介の順番は年上の佐藤さんからご紹介することにしました。

佐藤祐輔

1974年12月生まれ、現在42歳8代目の蔵元です。高校を卒業後は明治大学の商学部に入学したのですが、マネージメントの勉強に興味が持てずに退学して、1年浪人して東大の文学部に入り、好きな英文学を勉強したそうです。大学卒業後はフリーの記者として執筆活動をしていたそうですが、そんな時に静岡名酒「磯自慢」を知ってその味に衝撃を受け、2007年に蔵にもどることを決心したそうです。すぐに広島の酒類総合研究所で一年半みっちり酒造りを学び、それからは蔵の改革を次々に行い、2012年に社長となり現在に至っています。

永山貴博

1975年9月生まれ現在41歳5代目の蔵元です。高校を卒業後語学の勉強のためにカナダの国際大学に入学して、帰国後国税庁の醸造研究所で酒造りと米造りの勉強をした後1997年に蔵に戻り酒造りを開始します。醸造研究所時代におせわになった静岡の「喜久酔うの青島さんにいろいろ教えを受けながら、2001年に杜氏になり「貴」を発売します。その後、2013年に社長となり現在に至っています。

薄井一樹

1980年11月生まれ現在36歳の11代目の蔵元です。地元の高校を卒業後、大学を中退して日本ソムリエスクールに行って資格を取った後はソムリエの仕事をしていて、その時菅田先生と知り合ったそうです。2003年に蔵に戻り弟の真人さんと共に蔵の改革を行い、2008年に古い蔵の代わる新しい株式会社「せんきん」を立ち上げ、新たな路線を走ることになり、現在はその会社の専務取締役として活躍されています

この後は3人のトークバトルの内容をご紹介しますが、阿部さんの質問に対しての各人のご返答の形でまとめています。僕の記憶の間違いもあると思いますので、その時はご容赦お願いいたします。

質問1 今年の蔵の生産状況と28BYの造りについて

佐藤祐輔

開発中の自社田の田圃の草取りの準備もあるので、毎年生産量は少なくしており、今年は10本ほど減らして約2000石くらいの生産予定です。毎年最初の20-30本は試験醸造をしていて、今年は低発酵の造りで酵母を入れる前の乳酸菌が多い状態で醪に入れる試験をしましたが、マロラティック反応が進んでリンゴ酸が乳酸に代わってしまい、思った味にはならなかったそうですが、大変勉強になったそうです。

永山貴博

毎年5月の末には甑倒しをしており、今年は生産量は約1200石ぐらいだそうです。毎年新しいことをチャレンジするよりは造りのブラシュアップをして改善することに心を割いていて、今年は醪を搾り機に送るポンプを強くかき混ぜるポンプではなく、比較的穏やかに送ることのできるロータリーポンプを使って、少しでもガスが残るようにしたとのことでした。お酒のダメージを与えないことが大事だと思っているそうです

今年は失敗はなかったけど、去年は活性濁りでうまくいかなかったこともあり、活性系のお酒造りは毎年大変だそうです。

薄井一樹

今年は6月末に甑倒しになり、生産量は約1700石くらいだそうです。今年は去年のトラブルの反省からとりあえず26BYの造りに戻りながら造りの修正をかけたそうで、成果が出たとのことでした。したがって、オーガニックの亀の尾の酒や本場のシャンパニューの酒の造りは来年度以降になるそうです。

今年は酵母を添加しない生酛はうまくいったのですが、新政から紹介していただいた美郷錦はうまく作れなかったそうです。新しい米は難しいそうです。

質問2 今の日本酒業界に対する意見について

共通の観点

若手というのは造りを初めて10年までを若手と言っていいと思いますが、僕たちは造りを始めた2003年から2007年日本酒が売れない時代なので、独自のお酒造りをしようとに大変苦労したけど、とても良い経験をしたと思っている

佐藤祐

現在のように日本酒がある程度売れるようになってきた時代になって、若手の蔵元が蔵に戻り易くなったのは、良いことだと思う。そして若手が他蔵の良い技術を取り入れるのは進歩を早めるので良いとだと思う。その意味で自分か開発した技術はどんどん開示しているので、それを利用してもらっていいととのことでした。それに対して、祐輔さんは技術を開示はしているけれども、それを真似しただけでは同じものはできないと薄井さんがコメントしていました。・・・やって失敗したら祐輔さんに聞けば教えてくれると思うよ・・・

酒造りの技術はどんどん進化するものであるが、結局どんな酒ができるかは最後には作る人の性格が出るので、人を見ていればどんなお酒を造ろうとしているかはわかるそうです。・・・性格が見えない酒は魅力がないということにつながるのかもしれませんね・・

永山貴博

貴を売り始めた時代はなかなか酒が売れない時代だだったけれども、今は若手の夜明けで大勢の人が集まる時代になっているので、うらやましいくは思うけれども、自分の時は何か自分なりの味を造っていかなければなないと思っていたそうです。そんな時にとても感銘を受けたのは静岡の喜久酔」青島さんから酒造りには哲学から入るべきという考えだったそうです。その人の哲学は生きてきた人生を反映するものなので、お酒はそれから無まれた結晶なのだと思うそうです。

薄井一樹

今は日本酒の市場が安定しているので、85点のお酒を造れば売れる時代になっているし、各県の研究所の先生から渡されるレシピ通り造れば簡単にそれができる時代になってきているが、冒険をしなくなってきているのではないかと思われるそうです。最近はおいしいけど無機的なお酒が多いのは気になるそうです。

永山さんが見た薄井さんは若い時は尖りまくっていたし、特徴のあるお酒だったけれども尖っているからこそ哲学を感じるし、最近はそれが洗練されてきたと思うそうです。

質問3 日本酒の国際化について

日本酒が海外に沢山輸出されるようになってきて最近新たにソムリエ協会が日本酒の利き酒師の資格制度(SAKE-DIPLOMA)ができるようですので、それについてご意見をください。

佐藤祐輔

資格試験の新たな制度がソムリエ協会からできたので、僕としてはワインに対する考え方を日本酒に当てはめようとしているのでないかととても気になるそうです。ワインと日本酒は全く製造も違うし、ワインと比較されても困る。例えば4VGの香りはワインでも日本酒の公的研究所でも良くない香りとされているが、それが人間の体に悪い影響を与えない限り許されるべきだと思う。全国鑑評会での中では減点法で評価されているは、技術向上の立場から公的機関が行ってきていることは理解できないことはないが、一般の日本酒にこれを当てはめるのはおかしい。多様化したお酒を認める国際基準を考えるべきだと思う。

永山貴博

新しい資格試験ができるのは良いことだと思うが、日本酒を国際基準で評価するためにはワインのブドウにあたる原料のが大切にされるのはわかるが、ワインとは違う並行複発酵なので、原料だけで味が決まることはありません。またワインにはないアルコール添加、純米酒の考え方、乳酸の添加についてはトレーサビリティなどあらためて検討していかなければならないので多少心配である。

鑑評会基準をすべての蔵に当てはめるのはおかしいし、過去の伝統を守ってきた蔵癖のある造りを大事にすべきだと思う。

薄井一樹

日本酒の国際化には国際的な資格制度が必要なのはわかるが、昔からのSSIがいいのかソムリエ協会が良いのかは一概には言えない。いずれにしても時代の流れによって世界基準としてアップデートされなければならないと思う。造りとしては米、酒母が大切だと思うのでこれを大切にする基準を考えていくべきだと思う。

質問4 2017年度の酒造りについて

佐藤祐輔

一昨年は焼酎の麹をテストし、今年は低発酵の造りにチャレンジした。来年は造りの挑戦はしないで、自社田の有機米を使うことになるので、原料処理を徹底にやるつもりである。溶けない米ができた時に酵素力で溶かすのはよくないので、原料処理の仕方で対応していきたいので、蔵の中で最も経験のあるものを原料処理に使うつもりである。

永山貴博

西日本は山田錦、雄町、八反錦など大粒の軟質米が多いが、特に今年は八反錦は溶けなくで50%も粕が出た。今年の田圃の状態を見ると来年はとても心配だが、人がどう手をかけるかで対応していきたい。

薄井一樹

毎年米が溶けるかどうかで値段を変えていいのではないか。栃木県では早稲の亀の尾と晩稲の山田錦が同時にできるので、来年は無農薬で作る2つのお米を同時に使うことになり、どんなお酒になるか楽しみです。

<参加者からの質問:インフィニット酒スクールでは4VGはオフフレーバーと教わっているが、これはどのような時に出るのでしょうか、また麹造りで酒母、初、仲、留で変えて行っているか、突破精と総破精ではお酒の味にどのように違いを出すのでしょうか

佐藤祐輔

4VGは生酛系の造りで蔵付き酵母や野生酵母を取り入れた時は必ず出てくるので4VGはオフフレーバーとして悪いとするのはやめてもらいたい。飲み手がこの香りなら良いとする範囲であれば、認めていい香りだとおもう。

麹造りに関しては酒母は米を溶かさなければならないので、酒母は強い麹を造って留は菌量を減らして突き破精にするほうが良いという醸造上の理屈はあるけれども、新政では麹造りを40時間から72時間までの色々な作りをした結果、現在では40時間という短い麹造りをしているそうです。ですからすべて総破精になるとのことでした。麹造りはアルコール添加する場合と純米の場合では最適な麹造りが違うとのことでした。麹造りで味は変わってくるのでオリジナリティを出すには麹造りは重要なところであるが、総破精か突き破精かという単純なことではないようです。

永山貴博

鑑評会出品酒クラスで、泊まり込みでやる場合は適宜菌量を変えて突破精になるようにしていますが、ベーシックなお酒については菌量を一定にして決まった時間に決まった温度に来ることを大切にしているそうです。総破精とか突き破精ということを気にはしていないそうです。

薄井一樹

麹の破精回りでお酒の味が違ってくるのは確かで、奇麗なお酒を造るの場合は突き破精がいいとは言えますが、総破精と突き破精がどちらがいいかということはないそうです。造りたいお酒のコンセプトによって変えることにすればいいと考えているそうです。

<4VGに関する菅田先生のコメント>

このコメントはその場で出されたものではなくて、後日先生から聞いたものです。4VGは香りが少なければ問題はないように見えますが、本来出るはずがないプロセスで出た場合は、その香りの強さは大きくなくても、本来の吟醸香をマスキングしたり、後味に辛みが出ることがあり、その場合は本来目指したお酒になっていないことがあるので、その目安としてこの香りをチェックする意味があるそうです

トークバトルの感想

以上で3人のトークバトルの紹介は終わりますが、3蔵とも造りの哲学を持っているという点では共通ですが、僕が質問した麹造りをとっても皆違う造りをしていることからわかるように、昔からある技術を大切にしながら、自分たちの蔵にあった改善をしていることはよくわかりました。バトルをしている中で本音が見えてくるのが楽しかったです。

きき酒選手権

インフィニット酒スクーるの利き酒選手権はとても見ていて楽しい選手権ですが、どのようにやってるかを知っている人は少ないと思いますので、まずそれを紹介しましょう。

今回は8人がまず予選を行って4人に絞ぼってから、4人で決勝戦を行うものですが、予選も決勝戦もやり方は同じですので、予選で行われた例で説明します。

まずテーブルに1~5の番号を付けたテースティンググラスに5種類のお酒を入れておきます。脇には吐き用の紙コップを置いておきます。

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最初に1分間だけ5種類のお酒を自由にテースティングする時間が与えられます。その後、先生から「1番のお酒に対して火入れ回数を答えてください」というような問いが出されます。回答者は30秒だけ試飲をして紙に書いて答えるという順で進められました。

回答している状況の例をお示ししましょう。

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実際にやってみるととても難しいので、なかなか当てられないようで、予選では5問中2問の正解で決勝に行ける状態でしたが、決勝では藤原さんが5問すべて正解という快挙で優勝されました。僕の写真にいいものがなかったので、田崎さんの写真をお借りしました。

左の方が去年の優勝者の手塚さん、右の方が今年の優勝者の藤原さんです。おめでとうございます。

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どんな問題が出されたか知りたい人のために、懇親会会場内に問題の回答が出されていましたので、それから予選の例を写真をお見せします。

5種類のお酒は下の写真です。

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これに対する問題と解答の写真です。拡大すれば読めると思います。

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とても難しいでしょう。中々正解できるものではありません。決勝では蔵元3人がグループで一緒に応えていましたが、確か2問しか正解しなかったようで、インフィニット酒スクールに通って勉強すると弁明していました。 蔵元のようにプロであっても、数値を推定する訓練はしていませんので、なかなか当たらないのだと思います。インフィニットスクールはお酒の数値を当てるのが目的ではなく、お酒の酒質をテースティングしていくにつれて、数値が推定できるようなるということのようです。

以上できき酒選手権の紹介を終わります。

<懇親会>

ここでは新政、貴、仙禽のお酒を楽しみましたが、ここでは個別の解説はしません。園田お酒は何と約40種類もありましたが、これらの酒は最初にどんと出たわけでないので、会が終わった時に撮った写真をお借りしました。

<新政>

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<貴>

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<仙禽>

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この試飲会で面白い経験をしました。それは貴の山廃純米の雄町は蔵付き天然酵母で作られたものでしたが、味は深みも酸もあってチーズにぴったりのお酒でしたが独特香りがあったので、菅田先生と祐輔さんに確認をしてもらったら4VGの香りでした。確かに蔵付き酵母の場合はどうしてもこの香りが出るので、これをオフフレーバーとするのは確かにちょっと辛いところだと思いました。

最後にこの3つの蔵のお酒のイメージを女性書道家の山嵜さんに一文字で書いていただきました。

新政は華やかな舞、貴は男らしい鳳、仙禽はキラキラ輝く耀でした。山嵜さんはお酒のことはわからないと言いながら、とてもよく表現されていると思いました。

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最後にこの企画をしていただいた菅田先生とそのお弟子さんたちに感謝したいと思います。来年も盛大に実施されることを期待したいと思います。 

会の締めのご挨拶をあいている菅田ゆうさんです。

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2017年6月21日 (水)

静岡酵母と静岡吟醸の誕生の秘密

5月21日にSAKE2020プロジェクトの企画で「各県開発酵母の先駆け~静岡酵母と静岡吟醸]という内容のセミナーが行われましたので、参加してきました。SAKE2020プロジェクトはは松崎晴雄さんとジョンゴントナーさんが代表を務める組織で、日本酒が高度に発展していく現在の日本酒が辿ってきた道のりを、歴史的な視点から紐解くセミナー・ワークショップをシリーズとして開催しています。 

その第1回目は昨年の9月10日に「吟醸酒質の確立~9号酵母と熊本の酒」という内容で開催されました。その時の内容とSAKE2020プロジェクトの概要については下記のブログにまとめてありますので、興味のある方はご覧ください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-42bd.html 

今回のセミナーは次に示すような4つの内容で開催されました。 

1.松崎晴雄さんの講演、「河村傳兵衛先生をしのぶ~静岡酵母と静岡吟醸の30年~」

下の写真は 講演されている松崎さんです。 

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2.映画上映 「吟醸酒王国しずおか」 

下の写真は映画の一画面で突き破精造りの麹菌を振っている姿です。 

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3.鈴木真弓さんと松崎晴雄さんの対談 「静岡吟醸の魅力」 

下の写真は対談の時のご様子です。 

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鈴木真弓さんはしずおか地酒研究会を立ちあがた方で、現在も主宰として活躍されています。上述の映画の製作を企画したり、静岡の地酒物語「盃が満ちるまで」の著者としても活躍している静岡生まれのライターです。

4.静岡酒の利き酒と懇親会 

懇親会の風景です 

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食事用のテーブルは何と卓球台でした。 

<講演会の内容のご紹介> 

今回開催された会場は目黒駅の近くのHUB TOKYOで行われましたが、ここは元印刷工場の跡地のレンタルスペースのようですが、音の反響が強くて聞き取りにくい状況でしたので、セミナーの内容を正確にお伝えするのではなく、僕のための備忘録として、セミナー全体を通して理解したの内容を纏めることにしました。したがって発表された内容とはすこし違うこと、内容に関して聞き間違いがあるかもしれないことをあらかじめお伝えしておきます。 

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1.静岡吟醸が生まれる前の静岡酒はどうだったのでしょうか 

静岡県のお酒が昭和61年の全国新酒鑑評会で10蔵が金賞、17蔵が入賞する快挙が起こり、一躍静岡のお酒に注目を浴びるようになったのですが、その時代の全国新酒鑑評会では金賞受賞数は100~120程度でしたので、静岡のお酒が10蔵も金賞を取ったことは大変なことだったらしいです。それまでは広島や石川のお酒が注目されていて、静岡の酒は精々10位くらいだったようです。静岡県の蔵は今では27蔵しかありませんが、当時は40蔵くらいあったようですが、いずれも小さな蔵ばかりで灘の大手蔵への桶売りをメインとしてきましたが、昭和50年代に入って桶買いが減少し、付加価値の高い特定名称酒に力を入れ始めることになります。しかし、なかなか酒質を上げるのが難しかったようです。この状況を変えたのが静岡県の沼津工業技術センターの食品バイオの主任研究員の河村傳兵衛さんでした。 

2.河村傳兵衛さんはどんな人でしょうか 

晩年の姿をインターネットで見つけましたので、お借りしました。優しそうなお方に見せますね。でも信念はすごいものを持っておられるのでしょう。 

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河村さんは昭和18年に静岡に生まれ、静岡大学の農芸化学化を卒業後、昭和40年に工業技術センターに入社して酒造りを勉強しますが、入社した当時は静岡のお酒は東海4県の中で最下位だったそうで、静岡の酒質を上げるためには全国新酒鑑評会で金賞をとることを目指すことが良いと思いつき始めたようです。静岡県には全国各所の杜氏がいるという珍しい地区だったので、まずは保守的な杜氏の世界に入り込み吟醸酒の命ともいうべき麹造りのノウハウを学び、麹を見極め、醪の味を確かめ、酒造りに精通すると同時に杜氏と心を合わせる努力をされました。こうして現場で学んだ技術をもとに静岡県の酒造りに適した新しい酵母の開発に取り組み5種類ほどの酵母の開発に成功しています。こうして生まれた静岡酵母の第1号がHD-1です。この酵母を使用したことが静岡が大量に金賞を受賞した最大の理由です。 

静岡の酒質が向上したのは酵母を変えただけではありません。河村さんが強く指導したのは麹造りです。それまでは吟醸酒の麹は広島の場合のように、おできのようにぶつぶつ浮き上がる麹(たぶん総破精)を良しとしていましたが、河村さんは少ない麹菌で時間をかけて菌糸を米の中に入れ込む「一点くっきり」の突破精を良しとしていました。、突破精の麹が良いと言っても全部を突き破精にするのはとても難しい作業ですが、それができる杜氏が静岡にはいたそうです。 

麹造りだけを厳しく指導したかというとそうではなく、全行程の一つ一つを完全にクリアにすることを常に言っていたそうです。洗米は蒸し米を作る前工程ですが、洗米した米を握ってみて粉雪のようにさらりとしていなければだめで、ぬるっとしていたらだめだそうです。また醪造りが上手く行ってもそれを絞った後のお酒の管理がしっかりしていないとだめ、蔵は清潔でなけれないけないと、徹底的に清掃することを指導したそうです。こんな河村さんのいう通りするのは蔵の方も大変だったでしょね。 

でも河村さ静岡の蔵のお酒の酒質を上げることに真剣に取り組んでおり、真夜中でも車で突然蔵を訪れ麹造りをチェックしたかと思うとさっと研究所に戻り、また夕方に蔵を訪れるほど努力家でしたので、その行動に対して蔵人も一目置いていたものと思われます。 

河村さんは金賞を大量に取った後も精力的に酒造りの指導をされており、平成8年には鈴木真弓さんが立ち上げたしずおか地酒研究会を支援されて蔵人の指導をしてきました。その後平成15年に引退され後任に道を譲ることになりますが、自ら起業をして発酵技術を利用した食品開発などの取り組みました。大変残念なことに昨年73歳でお亡くなりになりました。過去の実績から、河村さんが静岡吟醸造りの生みの親であることは間違いありません。冥福をお祈りしたいと思います。 

3、静岡酵母はどんなものがあるのでしょうか 

酵母の開発にあたっては広島の三浦仙三郎や秋田の花岡正庸や熊本の野白金一に負けない吟醸酒造りを目指しておられまして、当時は金賞を取るにはYK35が近道と言われt時代です。Yとは酒米は山田錦、Kとは協会9号酵母、35とは精米割合です。9号酵母は造りによって香りは変わりますが、カプロン酸エチルの華やかな香りと酢酸イソアミルのすがすがしい香りを両方出す酵母です。 

カプロン酸エチルは華やかですが、香りが強すぎて料理の味を邪魔したり、飲み飽きするので、河村さんは嫌だったのではないでしょうか。そこで県内の酵母を色々集めてその長所をかけ合わせればいい酵母ができるはずということで生まれたのはHD-1です。Hは波瀬正吉のH、土井酒造のDと言われていますので、土井酒造の蔵付き酵母がベースになっているのでしょうね。 

HD-1は酢酸イソアミル系のさわやかでフレッシュな香りで大吟醸に向いた酵母として有名ですが、その後下記のような色々な酵母が開発され、それぞれの用途に応じた使われているようです。  

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4.静岡吟醸酒はどんなお酒でしょうか 

静岡吟醸酒は大吟用のHD-1かNEW-5が使われますが、HD-1の方が香りは高いようで、香りのベースは酢酸イソアミルでさわやかでフレッシュな香りですが、その特徴を引き立てるために酸度1.0~1.2と下げて、日本酒度を+5~+6と辛口にして、すきっと切れの良いお酒にしているようです。 

全体に雑味を少なくするために、徹底的な洗米、突き破精の麹造りのこだわったものと思わせます。静岡県は豊富な富士山の伏流水があるし、新鮮なお魚が豊富なとことなので、まさに地域の食べ物ものに合わせたお酒と言えそうです。 

最近の全国新酒鑑評会では18号酵母を使ったお酒が賞取ることが多いようです。それは18号酵母を使うとカプロン酸エチルの香りが強くで少し甘い感じのお酒になるからです。その香りのお酒の中では静岡酵母の香りは弱く感じ、そのためか静岡酵母のお酒が受賞する確率が下がってきているようです。でもカプロン酸エチルの香りのお酒はどうしても飲み飽きする傾向があるので、個人的な感想ですが、最近はカプロン酸エチルの香りを抑えたM310や新しく開発された各県の酵母が見直されてきているようですので、静岡酵母がもう一度数多く受賞する可能性が出てきたのではないかと思っています。 

5.試飲した酒の紹介 

5-1 磯自慢酒造 

Dsc_0847右から 

・ 磯自慢 純米大吟醸 東条秋津常田産山田錦40%精米、ALC16~17、日本酒度+4~+5、酸度1.25 自社酵母 

・ 磯自慢 大吟醸 東条秋津産山田錦45%精米、ALC16~17、日本酒度+5~+7、酸度1.1 自社酵母

 

 

 
5-2 初亀酒造 

Dsc_0844右から 

・ 初亀 吟醸 亀印 麹米山田錦50%精米、掛米富山県雄山錦50%精米、ALC12、日本酒度・酸度不明 酵母HD-1 

・ 初亀 大吟醸 愛 兵庫東条産山田錦45%精米、ALC15、日本酒度+3~+4、酸度1.3 酵母HD-1 

 



5-3 大村屋酒造場

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右から

・ 若竹 プレミアム純米大吟醸 静岡産誉富士 40%精米、ALC17、日本酒度+4、酸度1.2 酵母HD-1

・ 若竹 純米大吟醸 静岡大産山田錦 50%精米、ALC16、日本酒度・酸度不明、酵母HD-1 

5-4 富士錦酒造 

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右から

・ 富士錦 特別純米、 富士宮産誉富士、ALC17、日本酒度-1、酸度1.3、酵母New-5

・ 富士錦 大吟醸(銀) 兵庫県産山田錦50%精米、ALC15~16、日本酒度+4、酸度不明、酵母HD-1 

5-5 花の舞酒造 

Dsc_0846右から

・ 花の舞 大吟醸 静岡産山田錦45%精米、ALC16~17、日本酒度・酸度不明、酵母不明

・ 花の舞 純米大吟醸 静岡産山田錦50%精米、ALC15~16、日本酒度・酸度不明、酵母不明

 

 

 

5-6 青島酒造 

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右から

・ 喜久酔 純米吟醸 藤枝市松下農場産山田錦50精米、ALC15~16、日本酒度+6、酸度1.1、酵母New-5

・ 喜久酔 純米大吟醸 藤枝市松下農場産山田錦40精米、ALC15~16、日本酒度+4、酸度1.2、酵母New-5

5-7 杉錦酒造 

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右から

・ 杉錦 純米大吟醸(県知事賞受賞酒) 兵庫県産山田錦40%精米、ALC15~16、日本酒度+0、酸度1.5、酵母HD-1

・ 杉錦 生酛純米(しずおか地酒研究会20周年記念酒) 静岡県産誉富士、ALC15~16、日本酒度+8.5、酸度1.6、酵母HD-1

・ しずおか芋焼酎 才助 静岡産紅あずま、ALC25.5、他不明 酵母New-5

ここでは一つ一つのお酒の感想は書きませんが、全体的に感じたことをご紹介します。

・ 大吟醸にはHD-1を使っていることが多いようですが、以前より酢酸イソアミルの顔類が少なくなっているように思えました。

・ 今年の山田錦は溶けが悪かったせいか旨みが少なくなったように感じました。それに対して誉富士方がどの蔵も味があったようでした。

・ 山田錦を使った静岡系のお酒の中では喜久酔のお酒が少し甘みを感じさせて、バランスが良いように思えました。

・ 個人的には杉錦の生酛が一番味わいが複雑で好きでしたね。杉井さんのお酒は少し静岡のお酒の路線とは少し違っていますが、僕にとっては個性があって好きですね。

以上で僕の感想を終わります。

最後にこの会の参加していただいた蔵元さんとSAKE2020プロジェクトの皆さんをご紹介します。

最初に蔵元さんで、右から杉錦の杉井さん、喜久酔の青島さん、富士錦の清さん、初亀の橋本さんです。あれ、若竹の日比野さんがいませんね。 

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SAKE2020プロジェクトのメンバーと鈴木さん

右から山本さん、今田さん、飯田さん、鈴木さん、柴田さん、ゴントナーさん、松崎さんです。本日はありがとうございました。次回の広島の酒を期待しています。

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2016年10月11日 (火)

松崎晴雄が語る9号酵母の誕生の歴史と功績

9月10日に日本酒ヒストリア 近現代史を探る①「吟醸酒質の確立-9号酵母と熊本の酒」というセミナー・ワークショップが西五反田の不動前にある料亭「水仙」で行われましたので、参加してきました。

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水仙は不動前駅から坂を右に上がったところにあり、写真のような店構えですが、中は立派な料亭の雰囲気のお店でした。この場所は熊本の瑞鷹さんの紹介のようです。

今回の企画はSAKE2020プロジェクトが行ったものですか、このプロジェクトはどんな活動体なのでしょうか。それは日本酒界の有志が集まり、地域や職域を超えて日本酒の振興に取り組むNPOに近い活動体で、2020年のオリンピックに海外からくるお客様をおもてなしできる日本酒環境を整えることを目標としているそうです。具体的には日本酒ビジネス関係者向けのセミナー活動、一般消費者向けのイベント、海外の人が日本酒を楽しむための活動(飲食店のメニューの翻訳など)を行うようです。 

この活動体のメンバーをご紹介しましょう 

代 表 者 : 日本酒輸出会会長  松崎 晴雄
           日本酒ジャーナリスト John Gauntner
 

実行委員 : 酒食ジャーナリスト   山本 洋
         岡永代表取締役    飯田 永介
         トモグラフ代表取締役 川越 智勇
         東京酒店代表取締役 柴田 亜希
 

この団体が発足したのは今年の3月のようです。4月にはサクラサケ、7月にはジョンゴントナーさんの英語の酒セミナーと一般向けの酒蔵ツーリズムとすでに3回のイベントがありましたが、今回は熊本で起きた地震の被災地を応援を含めて、熊本酵母のセミナーと熊本のお酒を飲むイベントとして緊急に開催されたようです。日本酒には長い歴史がありますが、今日の洗練された酒質の基礎を作ったのは近代以降ですので、それを歴史的な視点から紐解くセミナー・ワークショップをシリーズで展開していくセミナーの第1回目として9号酵母に着目して開かれたものです。 

日本酒ヒストリア 近現代史を探る①「吟醸酒質の確立-9号酵母と熊本の酒」は酒類ジャーナリスト・コンサルタントとしても著名な松崎晴雄さんがお話していただきました。会場はこんな雰囲気のこじんまりしているけど、和風テーブル席の格式のある部屋で行われました。

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奥で説明されている方が松崎さんです。もうちょっとアップしましょうね

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こんな感じで約1時間講演をいただきました。その内容について僕なりの整理してまとめてみましたので、紹介いたします。 

1.熊本の酒づくりの原点 

熊本は温暖な気候のところなので、清酒造りが難しいということで江戸時代の細川藩の時には清酒造りは禁止されており、赤酒しか認められていなかったのです。赤酒の製造工程は清酒とほとんど変わらないのですが、保存性を高めるために醪に木灰を入れて、酸性からアルカリ性に変えるために、糖やアミノ酸が反応し赤褐色になるので赤酒と呼ばれました。赤酒は甘めで独特の麹臭がするので今では日本酒としてよりみりんの代わりの高級な料理酒として使われています。料理に用いた場合、肉類・魚類などのたんぱく質を固めず、(身をしめず)ふっくらとした仕上がりにすることができるそうです。 

明治になって清酒の製造が許されましたが、永年清酒の製造をしてこなかったので、なかなかおいしい清酒を作ることができなかったそうです。この環境を変えたのが明治39年に熊本税務監督局の鑑定部長に就任された野白金一さんです。ここで野白さんは熊本県の蔵の酒造りの技術指導をいたしました。明治42年に熊本県酒造組合は県の酒造業者の出資で、酒造技術向上のために熊本県酒造研究所を設立し、初代所長として野白さんを迎え入れることにしたのですが、これが熊本県の清酒の発展の始まりとなったといわれています。この研究所は最初は瑞鷹の工場の一部にあったようですが大正7年に株式会社として現在の地(熊本駅の近くに移転しています。野白さんはのちにこの会社の社長になっています。 

2.野白さんの功績 

野白さんは当時は市販されていない高級酒の吟醸造りの発展に貢献しました。具体的には空調設備の整っていないころ麹室の温度湿度を調節するために野白式天窓を考案したり、温暖な熊本でも吟醸造りが可能となる様々な技法を開発しています。その結果昭和5年には瑞鷹の酒が全国酒類品評会で全国1位を獲得し、全国から注目されるようになり、野白さんは「吟醸酒の神様」といわれるようになります。 

そして昭和28年に、のちに協会9号として領布されることになる吟醸用「熊本酵母」の開発に成功します。この熊本酵母は熊本県酒造研究所の蔵から抽出培養されたもので、蔵で使うほか、交流のある蔵に提供して使われていたのですが、評判が広がり全国から協会として広く領布してほしいとの要請が来たことから、昭和43年に日本醸造協会から9号酵母として領布が始まり、吟醸酵母として広く使われるようになりました。 

そうはいっても吟醸酒は広く市販されているお酒ではなく。品評会用の高級な酒のイメージが強いのですが、この吟醸酒造りの技術がもとになり、清酒全体の酒造技術向上に貢献した功績が大きかったと思われます。 

3.吟醸ブームにおける9号酵母の役割 

吟醸酒が広まってきたのはそんなに古いことではなく、昭和の終わりごろといわれています。その前は大手蔵から大量に安価なお酒が出回った時代であり、吟醸酒があまり注目されなかったのですが、オイルショックで景気が下向きになったころから地方のおいしいお酒を飲みたいという動きが出てきた頃(昭和60年すぎ)から吟醸酒が注目されるようになったようです。 

YK35という言葉を知っていますか。原料の酒米には山田錦(Y)を、酵母には協会9号(K)を、精米歩合を35%まで高めれば(35)、良い酒ができて鑑評会でも金賞が取れる、という公式めいた言葉を意味します。この言葉は昭和60年ころに広島で生まれたといわれていますが、協会9号酵母が吟醸酒に適した酵母ということをはっきりと言っているところが凄いですね。 

当時全国の吟醸酒が協会9号を使っていたかというとそうではありません。東日本では茨城県で生まれた協会10号が広く使われて、西日本では協会9号が使われていて全国を2分していたようです。それが平成になって山形県の蔵が協会9号を使って、協会10号より香りがあって味わいの濃いお酒が金賞をとっことをきっかけに、協会9号が全国で広く使われるようになったようです。 

今では9号より香りの高い18号酵母が現れたり、各県が独自に開発している新しい酵母が現れるなど多様化していますが、9号酵母が吟醸酒酵母として魚介を引っ張て来ていたことは間違いないことだそうです。 

4.熊本酵母と9号酵母と9号系酵母の違い 

熊本酵母は熊本県酒造研究所の蔵から抽出した酵母であり、それを協会で培養したものが9号酵母なので、同じものですが全く同じものとは言えません。それは培養を重ねているうちに少しづつ変異するからです。協会9号が出た後も熊本県酒造研究所は独自に培養を続けており、その中から、熊本1号(KA-1)や熊本4号(KA-4)などを領布しています 

9号系酵母というのがありますが、これは熊本県酒造研究所からもらい受けた熊本酵母を各県で独自に培養をした酵母とか、購入した9号酵母を蔵で培養して保存してあるような酵母を総称して9号系酵母と呼んでいます。 

また、9号酵母から派生した酵母は色々あるようで、例えば金沢酵母の協会14号は9酵母から生まれていて、今人気の酵母である協会18号酵母も9号酵母から生まれれていると言われています。その面でも9号酵母は酵母を代表する優良酵母といえます。協会14号酵母は 酢酸イソアミル系の香りのする酵母で、協会18号はカプロン酸エチルの香りが高い酵母ですが、それが同じ9号酵母からできているのは不思議な気がします。培養選別をしていくと違ったものになるのでしょうね。

九州のお酒は全部が9号酵母ではありませんが、酸があって厚みがあり、苦みがあって奥行きのある味わいは熊本酵母や9号酵母の影響が多いのは間違いないそうです。 

5.最後に 

近代の酒造史に果たした熊本県酒造研究所と熊本酵母は日本酒遺産にしたいと思っていて、今後そうなるように働きかけるそうです。また、日本酒ヒストリアの第2弾は広島を取り上げるそうですので、楽しみですね。個人的に松崎さんにお聞きしたら、6号酵母や7号酵母についても取り上げてみたいと言われていました。

以上で松崎さんの講演内容の紹介は終わりますが

今年の4月に起きた熊本大地震で熊本県の多くの蔵が大きな被害を受けたことは知っているでしょうが、熊本県酒造研究所が持っている熊本酵母はどうなったのでしょうか。そのことについて地震の後に蔵を訪れたダンチュウの方からの説明がありました。

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<熊本大地震で熊本酵母はどうなったのか>

蔵は煙突が新幹線側に倒れるな大きな被害がありましたが、熊本酵母は無事だったそうです。それは野白先生の時代からどんなことがあっても酵母は守るということが伝えられていて、2重3重の保護がされていたからだそうです。具体的には酵母を冷凍保存している冷蔵庫には停電時の自家発電装置がついていること、それがだめになった時のために乾燥保存をしていたそうです 

それだけでなく、酵母の保存してある場所は煙突が倒れ来ても影響のない場所にレイアウトしなおしたり、酵母の培養室の冷蔵庫は頻繁に開け閉めするものなので作業上大変不便になるのにもかかわらず、地震時に冷蔵庫の扉が勝手にあかないようなフックを付けるなど酵母を守ろうという心配りが社員全員に行き届いていたそうです。だからこそ酵母が守られていたのですね・・・・ ありがとうございます。

<熊本のお酒の試飲>

このあと別部屋で熊本県の9号酵母のお酒をいろいろいただきましたが、、お酒の個別の説明はありませんでしたので、写真だけの紹介をさせていただきます。

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左から 千代の園酒造 大吟醸 山田錦、純米吟醸 神力55
            瑞鷹 東肥の赤酒、 龍力大吟醸 米のささやき

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左から
香露 特別純米 神力60、 瑞鷹 純米大吟醸 銀 山田錦48
瑞鷹 純米吟醸 YK-55、 純米酒 菜々 、特別純米 レイホウ

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左から 亀萬酒造 野白金一式純米酒、 純米吟醸 萬坊

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左から 香露 大吟醸 山田錦35 、吟醸酒

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お酒の批評はしませんが、最後写真の香露の大吟醸の角瓶は僕が昔、大吟醸とはこういうお酒を言うのだと教えられたお酒でした。その時の印象はとても薫り高いいかにも大吟醸というお酒でしたが、今回久しぶりに飲んだら、香りはずっと抑え気味ですが、酸味も感じられるが、バランスの良いお酒になっていたので驚きました。香露の酵母も時代によって変わて来たのか、造りが違うのかわかりませんが変化していることは確かだと思います。

今回飲んだお酒を統一して説明するのは難しいけど、ざっくり言えば、ある程度の幅があって、スッと広がるちょっと野太い感じがするお酒ではないかなと思いました。

この後このお店の懐石料理を食べながらの懇親会に入りましたが、これについては省略させていただきます

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2016年9月23日 (金)

黒龍酒造の杜氏の畑山さんはすごい人でした

黒龍酒造の杜氏の畑山浩さんが講演する会を僕の日本酒の先生の菅田さんが企画されましたので参加してきました。畑山さんが一般の皆様に講演することは今までありませんでしたが、菅田さんが水野社長に頼み込んで実現したものです。僕は先生から畑山さんはお酒の造りを化学的見地からきちっと把握して酒造りをしている杜氏で、この世界では抜きんでた人だと常々言われていたものですから、どんな方だろうと思い参加したものです。

場所は福井県のアンテナショップのある「ふくい南青山291」で、司会はフリーアナウンサーで菅田先生のスクールの生徒である阿部ちあさんが行いました。講演内容は「黒龍酒造が考える良い酒質とは」という題目で、阿部さんが質問して畑山さんが答えるトークショウの形で進められましたが、彼のの生い立ちから始まって、酒造りの細部のところまでわたっていましたので、お話の全体を通して、彼がどんな姿勢で、どんな酒造りを目指しているかを知ってもらえるように、僕なりにまとめてみることにしました。

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その前に黒龍酒造について触れておきます。 

黒龍酒造は曹洞宗の大本山の永平寺から南に10km下った永平寺町の中の松岡の地にあります。松岡は現在人口1万人ほどの小さなまちですが、かっては16の蔵元が軒を連ねた銘醸地だったそうです。 

創業は江戸時代の文化元年の1804年ですから、すでに200年以上の歴史を持つ老舗の蔵です。蔵の近くを流れる九頭竜川は福井県最大の河川であり、その伏流水が蔵の仕込み水として使われています。黒龍という名前は九頭竜川の古い名前の暴れ川の「黒龍川」からきているそうです。荒々しい名前だったのですね。 

黒龍は一貫して手作りの酒造りを追及して昭和50年に業界に先駆けて大吟醸の市販化に取り組み、永年吟醸酒の普及に努めてきた蔵です。ですから、35%精米の大吟醸レベルの石田屋、仁左衛門、しずく、火いら寿など次々と高級なお酒を世に出して有名になりましたが、普通酒の逸品(1升1900円弱)など安価で品質の高いお酒を出していることは意外に知られていません。 

僕も菅田先生から黒龍の品質の素晴らしさを教えてもらうまでは、黒龍は貴婦人のような薫り高い綺麗な高級酒ばかりを作っている蔵だとばかり思っていまして、逸品を飲んでこの蔵の奥の深さを知った思いでした。 

黒龍は蔵の一般見学はお断りしているので、蔵の内部を知るチャンスはほとんどないのですが、珍しく蔵の内部の様子をブログに書いた記事をみつけましたのでご紹介します。 

http://ameblo.jp/esaka-sakatomo/entry-11787378321.html 

この記事を見る限り、手造りではあるけど、設備投資はしっかりしており手抜きのない環境が出来上がっているように見えますね。ここでどんな酒造りがされているのでしょうか。早速講演会の紹介に入ります

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<畑村さんの生い立ち> 

畑山さんは北海道の最南端にある松前町でそだち、北海道松前高校を卒業後富山大学の文化人類学で日本の伝統産業に興味を持ち、日本各地の酒蔵を訪問しインタビュー取材をしていたそうです。 

日本酒の酒造りは歴史は長いけど、社会の発展がこれほど進んでいる割には遅れていてこのままでは取り残される恐れがある業界と感じていたそうで、これからどうしていくべきかを研究するために蔵を訪問したそうです。 

<入社のきっかけ> 

黒龍を取材に行ったとき今の社長と亡くなられた会長に奥の座敷に通されて、色々質問されたので緊張したそうですが、社長が今までの杜氏制度ではなく、会社が雇った社員が酒造りをするようにならないとだめだと熱く語られたことに自分の思いと同じだと感動したそうです。 

卒業後、黒龍に入った理由は酒を造りたいという思いよりは黒龍の考え方を実現して日本酒業界の将来に役立てたいと思ったからだそうです。 

<入社して学んだこと> 

入社すると最初から造り担当になって、現在萬歳楽の杜氏をしている能登杜氏の家さんが杜氏としてきたばかりで、その下について約7年間教わったそうです。そこで学んだことは自分の力を100%出し切って仕事をすることだったそうです。今までは疲れたら休まないと良い仕事はできないと思っていたのだですが、家さんの仕事についていくためには、100%の力を発揮しないと出来なかったのが本音ですが、1か月も続けるとそれが気持ちよく感じたそうです。家に帰ってゆっくりする時間は取れなかったのは、気持ちが緩まなかったので、自分としては良かったと思ったそうです。 

反省点としては自分の家族には大変負担をかけたのは事実で、このことがこれからの酒造りの業界をどうしていくかとか、これからの造り手の環境をどうしていくかを考える原点になったそうです。 

杜氏から最初に言われたことは酒造りを始めて5年で杜氏になれなかったら、向いていないと思ってやめなさいいわれたそうですが、実際に杜氏になったのは7年後だったそうです。 

<杜氏になってから気を付けていたこと> 

2002年で杜氏になってまず考えたことは水野社長の大方針であった社員だけで酒造りができる黒龍独自の仕組みを作り上げことでした。、杜氏になったからといってすべてが自分一人で出来るわけでないので、一緒に働く若い人とどうやってチームワークを作っていくかとか,年配の蔵人にはどんな役割をしてもらい今まで以上に貢献してもらうかをはじめの5年くらいは一所懸命やったそうです。 

<黒龍のお酒造りのコンセプト> 

お酒単体でうまいだけではだめだで、お酒を絞って瓶に詰めた段階の酒質ではなく、客さんがお酒を口に瞬間にどんな酒質になっているかを考えて造っていることそうです。

<それをどのように設計しているのか> 

まず何を作るかをわかっていなければならないので、社長や営業や杜氏などで黒龍の各銘柄のお酒ごとに毎年その酒質を見直してどんなお酒にするかを決めていきます。新しいお酒を造るときも同じです。 

これが決まったら、最初にお酒のイメージを絵に書いて(お酒の雰囲気を色とか形のイメージで表すようです)感覚を決めたら、次に成分、香り、酸などを具体的にPPM単位に数値化して目標を決めるそうです。 

<お米について> 

扱っているお米は兵庫の山田錦と地元の五百万石がほとんどで、7割が五百万石で、3割が山田錦だそうです。今年から北海道産の吟風を使い始めたそうです。二つのお米だけで約30種類の銘柄のお酒を造っているのですが、お米の特性を考え、目的の味わいに合わせて使っているようです。 

<麹造りについて> 

基本的はいかに中心まで破精こませるかが大切で、山田錦のあう麹造り、五百万石に合う麹造り、純米酒に合う麹造りを考えて造っているそうです。 

麹室は入社時は3部屋でしたが、徐々に増えて今では9部屋あるそうで、麹造りの合わせて使っているそうです 

<酵母について> 

酵母はストックしておる酵母は30~50種類ありますが、そのうちの5-6種類の酵母を使っているそうですが、良い醪ができた時はその酵母を採取培養して保存することもしてるそうです。 

酵母を培養していくと変異して使えなくなることもあるので、結果的に使っている酵母は協会酵母のDNAに近いものになっているそうです。 

使用している酵母の大部分はイソアミル系の香りを出す酵母で元の酵母は7号、9号、14号がベースになっていて、必要に応じてカプロン酸系の香りだす酵母も使っているそうです。お酒の銘柄によってそれに合わせた酵母を使用していていますが、同じ系統の酵母でもちょっと違う酵母もあるのでお客様の要望を聞きながら少し変えることもあるようです。また、2種類の酵母のお酒を別々に作ってブレンドすることもあるそうです。 

<醪造りについて> 

当社は吟醸仕込みが多いのですが、その中でも仕込みの小さい大吟醸と比較的大きい吟醸造りで別々に半仕舞いにして、毎日1本止めていくようにしているそうです。現在の生産量は6000石ですが、入社した時は2000石弱だったそうです。生産量は3倍になったけれども、その時大切なことは品質を落とさないことです。規模が大きくなった時に規模の小さいときと同じ造りをしていたのでは品質は落ちてくるので、その規模に合せた造りをして品質を上げる努力をしているそうです。 

具体的には、出来上がったお酒のきめ細かさとか滑らかさを出すためにはいかに醪の細やかな管理が必要となります。そのためには醪の温度を0.1℃の単位で制御しているそうです。そんなに細かく管理しても具体的な醪の数値が変わるわけではないと思うけど、これを手を抜くと結果的に大きな誤差となって表れるそうです。 

・・・・僕の私見ですが、温度計がみているのはタンク内の一部でしかないので、他の場所の温度はもっと違っているかもしれないと思われます。ですから、監視している温度が仮に0.2℃変わったとしたら、他の温度が0.2℃以上に振れて、結果的に狙った品質になるかもしれないということではないでしょうか。どうして0.1℃なのかというと温度計の精度の限界なのかもしれませんね。・・・・ 

家杜氏がよく言われたのは、お酒造りは人間が100%コントロールすることは出きないのだから、人間ができることは100%実行しようということで、醪の温度管理だけでなく、蔵内の清掃などすべてのことをできる限りやるように心がけているそうです。 

<火入れについて> 

最近生酒が人気ですが、生酒でも品質が変わらなければいいのですが、お客様の口に入る時の品質を考えると、火入れに比べると生酒は生ひねしやすいのは確かなので、黒龍では原則火入れをしているそうです。

火入れをしても火入れ臭がするとか、アルコールくさいというのでは意味がないので、どういう火入れをするかを研究しているそうで、特に火入れ前の生酒の期間とか仕入れした後の冷却方法などには研究を重ねて、どんどん変えてきているそうです。 

<アルコール添加について> 

アルコール添加については昔はいろいろな試験をしていましたが、最近はほぼ安定して気にかけないで同じやり方にしているそうですが、大切なことはアルコールを増量するつもりでやってはいけないことです。アルコール度数の計算は簡単ですが、醪の中のアミノ酸や酸や香りを踏まえて、アルコールを入れると各成分がどう変化するかを考えてアルコール添加をする必要があるそうです。 

純米酒であるべきかどうかは別にして、日本酒の作りの問題点の一つにアルコール添加と乳酸添加があると思うので、今後の課題として考えていくそうです。 

<熟成について> 

生酒の熟成はダイナミックに起こる変化で、温度に敏感で、低い温度でも品質変化が起きてしまいます。グルコースが増えてうまみが出る良い点もあるけど、イソバレルアルデヒドが増えて生ひねする欠点があります。それに対して火入れの熟成はお酒の成分がアルコールと反応したり、酸素と結合したり離れたりする熟成で、比較的穏やかな変化です。生酒の熟成はコントロールが難しいと考えているので、現在は生酒は熟成期間を短くするようにしています。ですから、火入れしてからの熟成を基本にしているそうです。 

熟成の本当のことはまだわかっていないことが多く、常温ではアミノカルボニル反応が起きやすく熟成香が出やすいことは知られていますし、低温では熟成のスピードが遅くなることはわかっているがどんな成分が変化して何になるかという細かいことはわかっていないのが現状です。 

今まではこのお酒よって温度と熟成期間を決めて熟成させてきましたが、今後はどうやって熟成させればどんな成分が何にどのくらい変化するかを制御できるような熟成ができるように取り組んでいきたいそうです。 

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<これから取り組んでいきたいこと> 

・ 地元の人たちとのつながりを強くしていきたい。そして黒龍がどんなお酒を造っているかをもっと知ってもらいたい。(今までは地元より全国を見ていたからではないかな) 

・ お酒造りをもっと進化させたい。例えば大吟醸造りは進歩したとはいえ、基本的には同じ作り方で来たと思っています。今までは無理だったことも本当はできるのではということを取り入れた全く新しい形の作りをしていきたい。今これを実現するための仕組み造りを考えているそうです。 

・ 杜氏制度をやめて社員だけでお酒造りをしていますが、社員でやるからこそできる良い酒造りを目指していきたいそれが協会全体の改善につながるといいと思っています。

。酒造りは単にものつくりではなく非常にメンタルな仕事なので、もっと五感を生かして人間性があるからこそ生まれる酒造りを目指したい。そして将来は子供たちが積極的に酒造りをやりたいという思いになるような仕事にしていきい。

<日本酒業界に対する提言 >

現在は多様化してお酒が美味しくなってきたといわれていますが、同じような方お酒になる傾向があるようにおもえるので、そのままでは日本酒業界の将来性はないはないと思う。これからはお客様が心から望むお酒に応える形で、本当の意味で多様化した酒を提供できる業界にしていきたい。

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2016年5月20日 (金)

日本酒セミナー要旨 第2段 (獺祭、伯楽星、南部美人)

獺祭・桜井博志さん「酒造経営・最前線」 

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桜井さんの講演はあまりパワーポイントでの説明が少なかったので、詳細は不明になってしまいましたが、いただいた小冊子「逆境が獺祭を生んだ」を参考にしてまとめましたので、講演の正確性についてはご勘弁ください。 

山口県の過疎地にある造り酒屋の長男に生まれ、松山商科大学を出た後大手酒造会社で修業した後、3年後に蔵に戻りますが、父親と意見が合わず飛び出して親戚の会社(御影石の販売)で6年ほど 営業をしたそうです。6年後に父が癌になったので再び蔵に戻って社長になったのが33年前の33歳の時だったそうです。 

その時の蔵の年商は約1億円で最盛期の約1/3で、明らかに斜陽産業になっていたそうです。当時は昔の延長で業績を伸ばそうと紙パック酒の販売でしのいでも利益は出なかったそうです。そんな時(1990年)に東京のお店の要望で純米大吟醸を造ってから少し手ごたえが出てきて、銘柄も「旭富士」から「獺祭」に変えて、少しずつ認められるようになったようです。そして社長になって15年後にやっと年商が2億円になったそうです。 

次なる飛躍として考えたのが、日本酒を造らない時期に売れる地ビール事業だったそうです。あるコンサルタントの意見から地ビールのレストランを開設したが、赤字続きでたった3ヶ月で撤退したそうです。これで1億9千万の損失をしたものの、撤退しなかったら今の会社はなかったかもしれない一大決心だったそうです。 

ちょうどその時今まで13年間も一緒に頑張ってくれた杜氏が退社したのです。それで考えたのが「社員だけで」一切の妥協を排除した理想のお酒を造って勝負をしようと決意したそうです。具体的には原料は最高級の山田錦、精米は50%以上の純米大吟醸、販売拠点は東京ということにシフトしていきます。 

杜氏がいなくても造れるようにA4で20ページのマニュアルを造りましたが、一番効果があったのが経験だったそうです。その当時でも純米大吟醸を年間50~60本を造ることをしていたので、その経験が役に立ったというわけです。一本ずつ仕込みの結果を見て次のタンクに生かしていくことを続け、現在に至り、今では四季醸造で年間生産をしているそうです。これは生産コストダウンに大いに貢献したようです。そして社長になって15年後の2014年には年商40億円になったそうです。 

そして昨年12階建ての新工場を建設しました。その写真を見てください。とても酒つくりの蔵とは思えないですね。 

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工場の内部は少量仕込みの手造りシステムを自動化したもので、手がかかるので、従業員は製造だけで100名いるそうです。この工場の最大生産能力は5万石でその時必要な山田錦は20万俵だそうです。昨年の生産高は1万5千石で必要な山田錦は7万俵となっていますが、これからさらに大量の山田錦が必要となります。

山田錦の調達について 

最初山田錦を山口県の農協から買おうと努力したけど、相手にされなかったので全国から集めることにして、現在は兵庫県から70%購入しているそうですが、他県からも広く購入していて、それでも足りないので、去年から新潟県長岡市で山田錦栽培会を立ち上げ、現在7千俵を購入しもっと増やすそうです。栃木県や茨城県での栽培も始まっています。 

最大の供給地である兵庫県でも一時山田錦の生産が落ちました。平成5年に33万俵あったのが平成21年には16万俵になったそうです。これは全国の山田錦購入者が減ったためです。獺祭の後押しで、現在は兵庫県の山田錦の生産量は38万石にもなっているそうです。その結果、全国の山田錦の生産量は既に62万俵になっているので、日本の農業の発展に貢献していると言えそうです。 

営業活動について 

最初は東京を中心に販売を進め、人気が出たために異常な高値で売る店も出てきているようなので、品薄解消の努力をしていますが、新工場ができたので品薄は解消に向かうと思われます。そして、東京の次は地方ではなく海外を目指しているそうです。海外のために外国人向けの酒造りはせず、あくまでも日本のお酒を売ることを徹底するそうで、当然価格は高くなるので購入者は裕福な人に限られます。これからもあくまでもその人を対象にするそうです。海外向けの売り上げは全売り上げの約1割です。それに必要な山田錦は約1万俵、600トンで、日本の米の輸出量の約1/5になるそうです。 

最後に当社の目的は「社会的ににフィットする中で少しでも美味しいお酒を提供する」ことなので、これからは日本の農業の改善にも貢献していきいと結ばれました。 

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伯楽星 新澤巌夫さん「精米・最前線」 

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伯楽星誕生の道 

まず最初に蔵に戻った当時のことを紹介します。新澤さんは新澤酒造店の御曹司として昭和50年に生まれて、将来蔵を継ぐことを前提に東京農大に入学し、卒業後は東京の酒屋や山形の蔵で修業した後、蔵に戻ることになりますが、当時は経営が悪化していて年商は2000万円、負債が2億円という状態だったそうです。 

蔵に戻ってやったことは、たった6石(1升瓶600本)の製造から始めたそうです。蔵に残っていたお酒も含めて販売に努めたそうですが、なかなか売れなかったそうです。それは当時のお酒の「愛宕の松」は自分が飲んでも美味しくなったせいであることはわかっていたそうです。 

それでも素人集団の男4人(平均年齢20歳以下)で頑張って少しずつ売れるようになってきたけど、「愛宕の松」は不味いというレッテルが張られているので、やむを得ず2003年に新しいブランを「伯楽星」を出すことにしたそうです。伯楽星とは町の伝説で星になった名馬の名前を取ったそうです。この酒は酒販店さんだけに卸すお酒で、究極の食中酒としたそうです。食中酒なので、世の中の売れ筋のお酒のグルコース濃度を測って、そのグルコース濃度の半分くらいを狙って造ったのですが、インパクトがないと最初は売れなかったそうです。でも捨てがたい味として、ちょっとずつ伸びていったそうです。 

この時かなり大胆な戦略を取ったそうです。それを下記に示します 

・ 酒販店が買うお酒は自分で選んで買ってもらう
   (酒の味にばらつきがあるから

・ 余ったお酒はりキュールにして売る
   (もうけのためではない

・ 搾りたてのお酒は蔵で10日たったお酒はすべて廃棄する
    (新鮮さの提供)

・ 日付の古いお酒(4か月)は回収して別のお酒に変え
   (酒質低下防止

・ 回収したお酒は販売しないですべて処分する
   (悪い酒を世に出さない
 

このために全国40か所の酒販店を定期的な巡回したそうですが、この時の生産高は200石程度だったようです。お客様のためとはいえ凄い戦略ですよね。 

東日本大震災の影響 

こんな時に突然の大地震を受け、津波の直接の影響は受けなかったけど、蔵が全壊するほどの被害を受け、立て直すしかないほどだったそうです。すぐ同業の49蔵が応援に来ていただいたそうで、大変感謝しているそうです。幸いに震災の年の5月に「天賞酒造」が廃業することを聞き、すぐに見に行ったそうで、場所は川崎地区にあり天賞さんが最近造ったばかりの新鋭の蔵で、他からも見に来ていた蔵もあったので、その場ですぐ購入することを決めたそうです。今から考えるとこの決断が幸いしたたとのことでした。 

高精米醸造への道 

その後蔵の生産は順調に伸び、精米機の導入をしたそうです。品質向上のため、2台の違うメーカーの精米機を導入したとのことです。 

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食中酒をメインにしていたため、インパクトが少ないとよく言われるので、蔵の特徴を出すために高精米の醸造を始めたそうです。最初は15%磨きをしていたのですが、同じ農大出身の来福さんが9%精米を出したので、来福さんの了承を得て海外向け用として9%精米の酒を出したそうです。720ml3万円で出しましたが、海外では数10万円もするそうです。仲間内では精米競争はやめて8%で止めようと話し合ったのですが、震災の時に応援に来てもらった方に対して感謝のつもりで、世界一の精米度7%精米の酒(Unite311Super)を応援に来た他の蔵人と一緒につくったそうで、これは皆で分けて終わった500本になったそうです。 

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女子社員の増員

蔵を始めた時は若い男性を中心に始めたので、当初はそれを売りにしていたのですが、今では従業員36名の、生産高2000石の会社になったのですが、社員の6割は女性だそうです。それは女子社員向けの寮を造ったのが大きかったそうです。
 

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洗面所、洗濯機、キッチンと至れり尽くせりの設備で、これが功を奏したそうです。さすがですね。 

現在高精米の蔵として名前が知られてきましたが、実は普通のお酒にも力をいてていて、将来さらなる値下げをするつもりであることをおっしゃって講演が終わりました。 

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南部美人 久慈浩介さん「海外輸出・最前線」 

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南部美人は今では28カ国に輸出をしていますが、このきっかけは南部美人の蔵の歴史と関係があったようです。浩介さんは現在5代目の蔵の当主ですが、祖父が二戸の南部美人を岩手全体に広め父が日本中に広めて、次の自分はをしようかとなったのですが、高校時代にアメリカに留学したこともあり、世界に日本酒を広めようと決めたようです。 

たまたま同じような思いを取った他の蔵の人と一緒になって1997年に日本酒輸出協会の設立にかかわったのが始まりだったそうです。そして現在は世界28カ国に販売するまでになっています。

今回は大量のパワーポイントを使い海外の拠点の現状を色々とお話しいただきましたが、プレゼンされた写真をすべて取ったわけでないし、2-30秒に一回画面が出てくるほどの量でしたので、海外への具体的なの展開については省略しますが、ポイントだけご紹介します。
 

2015年の海外輸出の統計から輸出量の順番をみると1位アメリカ、2位香港、3位韓国、4位中国、5位台湾、6位シンガポールで隣国が多く、EUはまだ少ないそうです。それに対して南部美人はアメリカ、カナダ、ブラジル、イギリス、フランス、オランダ、アラブ首長国連邦とちょっと違った攻め方どしています。外国人にはお酒をまず頭で日本酒を理解してもらい、次に試飲して味を確認してもらうやり方でPRしてきたそうです。

・ 二戸市による漆と日本酒のPR(Facebookポイント作成)

・ 日本酒吟醸酒協会による国連のなかでのPR

・ ラスベガスでの2500人対象のレストランショー

・ ラスベガスでは2000ドルの日本酒を提供
   (大吟醸出品酒10年冷凍古酒)

・ ロスアンゼルスでの自動車博物館で日本酒試飲会

・ フランスのレストラン「ISSE」での試飲会

・ ドイツで南部鉄器と日本酒の試飲会

・ イギリスでは大英博物館で試飲会

・ スペインで「ピンチョス」レストランで試飲会

その他、イタリア、ロシア、香港、台湾、ブラジル、ドバイ、カナダ、リトアニア、イスラエルと続きましたが、省略します。カナダでは日本酒の醸造所(ほとんど無ろ過生原酒)があるそうです。

何処行っても日本酒の人気は大したもので、日本酒が凄く求められていることが良くわかったそうです。 

コーシャ認定について 

ユダヤ人はアメリカで重要な地位を占めている人種ですが、世界中でも色々活躍していますが、彼らには旧約聖書の教えに即したカシュールトと呼ばれる厳格な食事規定があり、それを守ることが義務付けられています。そのためユダヤ教徒は教義に従った安全な食品であることを認定したコーシャ認定の食物しか口にしません 

その規定の詳しいことは省略しますが、肉類は草食動物で反芻動物でなくてはいけない等今日から考えると非常識的なものも多いのですが、体に対して安全な食物という基準には入るようなので、最近はユダヤ教徒だけでなくベジタリアンなども好んで食べているようです。ですからアメリカ人の30%の人は安全のためにコーシャ食品を選んでいるという情報もあるようです。 

純米酒以外の日本酒のコーシャ認定が難しいのは醸造用アルコールを使うことにあります。日本で一般に売られているアルコールは認定されていません。でも日本にもコーシャ認定を受けたアルコールを製造販売している会社が静岡にあるそうで、南部美人もそこから手に入れているそうですが、非常に高いそうです。  

コーシャ認定を取ることが、世界への日本酒の輸出にどのくらい効果があるかは不明ですが、コーシャの認定を取っておけば、将来に和食レストランを超えた広がりを見せる可能性があるという観点から取り組んでいるそうです 

海外輸出のまとめ 

日本酒の輸出の大きな障害となったのは国税局だったそうです。海外に販売するお酒は未納税なので、最初は反対していたが、今では一番の応援団になって、昨年、日本のお米と麹で日本で造った清酒は「日本酒」と呼んでいい(地理的表示)と決めていただたそうです。 

次の障害は流通の経路は海外では違うことでした。海外ではレストランも小売店も日本酒販売のライセンスが必要になります。日本のように酒屋さんに売れば日本酒が売れるわけではなく、レストランに直接アタックしているそうです。 

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でも、レストランに売り込みためには自分たちの力だけではプロモーションができないので、下記のようにプロモーションをする会社と契約して販売しているそうです。今後はこの形態が増えるそうです。 

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最後にまだ海外販売をしていない蔵に対する下記のようなアドバイスをしていただきました 

・ 地方の小さな蔵でもオンリーワンの商品なら世界に売れる 

・ お客様本位の商売は日本でも世界でもおなじ 

・ 会社の規模の大小ではなく価値の大小を世界は見ている 

・ 本気に海外に出たいのならまず現地へ行く 

・ 世界を相手にしなければ、狭い日本だけでは生き残れない

南部美人が育てつつある海外での日本酒の製造

・ アメリカのアーカンソー州で造られている酒米で日本酒を造るアメリカの研究生を受け入れて、修業している 

・ 大阪の堂島ビールの創始者の橋本さんの息子がイギリスのケンブリッジに日本酒製造の蔵を造るために南部美人で研修している 

最後のご挨拶

世界は日本酒に「恋」をしているので、私たちはそれに応えるだけでなく、日本人は日本酒を愛し、日本酒を世界一カッコよく飲む姿を見せられるようにしましょうということで結ばれました。 

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2016年5月 8日 (日)

日本酒セミナー要旨 第1段 (水芭蕉と新政)

今回の日本酒セミナーフルネットの中野社長が企画したセミナーで、日本で注目される5つの蔵の社長が約一人1時間15分で講演するというとてもユニークな企画です。僕はこの企画を聞いた時、2万円という高額な講演でしたが、こんな貴重なセミナーを外すことはできないと、イの一番に申し込みました。貴重な講演なので、内容はまとめて記録に残したいと思っていました。しかし、講演を録音してはいけないと聞き、ちょっとがっかりしたのですが、写真はOKということなので、殆どの写真を取りましたので、それを頼りに要旨をまとめてみることにしました。もちろん講演の要旨を書くことについては中野社長の了解は取ってあります。 

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1.最初の講演は水芭蕉の永井則吉さんです 

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則吉さんは永井酒造の次男坊に生まれ、親の意向で自由に生きてきて良いと言われ、大好きだった建築を勉強するために東海大学の建築学科に入学しました。そして外国の建築を勉強するために大学3年の時2カ月ほど、ヨーロッパ諸国を旅をしたのが酒つくりをやる切っ掛になったようです。酒造りは五感(ART)と技(Technology)であり、建築と相通じるものを感じたそうです。 

ヨーロッパの地方へ行くと必ずワインナリーがあり、ワイナリーが中心に町を形成していることを知って、生まれ故郷の川場村にある自分の蔵もそんな蔵にできるのではないかと思い直したそうです。それから親を説得して卒業したら蔵で働くことを決めたそうです。でも当時は借金だらけの危機的状態だったそうです。 

もうひとつの大きなきっかけは卒業の時(22歳)にロマネコンティのモンラッシュという高級ワインをもらって飲んでその奥深さにショックを受けたことと25歳の時にワイン醸造家のジャンミッシェルにお会いした時にワインつくりのお話を聞いてその姿勢に完全に負けた思いがしたことだそうです。 

その後、世界に通じるいい酒を造ることを会社がつぶれない範囲で努力することを始めたそうですが、29歳の時にある方から酒造りについて3つの質問をされて応えられなかったことでショックを受けました。そこで気付いたのが、酒造りに必要なことは「ビジョンと哲学を持つ」ことだと感じたそうです。そして出した結論は「大自然を愛し、自然美を表現する綺麗な酒を造る」でした。 

その翌年から新しい発泡酒のMIZUBASHO-PUREの開発を開始し、5年後の2008年にその完成を見るのですが、それには大変な苦労があったそうです。その間シャンパニュー地方に研修に行きましたが、そのまま技術導入できないことが多く、様々なトライアンドエラーを繰り返してやっと完成したそうです。 

その開発した技術の主な点を上げると以下のようになります。 

・ 瓶内2次発酵でガスボリュウムを安定させる
・ 
濁り酒とクリアな酒の調合比の決定(味わいを整える)
・ 
澱の量を減らして動瓶しながら澱引きする
・ 発泡酒の火入れのタイミング
と経過温度
 

この中で大変だったのは旨味甘みと酸味の和ランスを探すのに濁り酒とクリアなお酒との調合比率を700通りも試験をしたのと、凍らせない方法で澱引きするところだったらしいです。 

次に力を入れたのがブランドの再構築で、具体的にはお料理とのペアリングを考え、それに合わせたお酒を造るという永井スタイルが2014年に完成したそうです。それを下記に示します。 

・ SPARKLING SAKE (乾杯の酒 MIZUBASYO-PURE)
・ STILL SAKE     (吟醸酒から純米大吟醸)
・ VINTAGE SAKE  (10年以上熟成酒、古酒ではない)
・ DESSERT SAKE  (貴醸酒をベースとした食後酒)
 

今新しく目指しているのは東京オリンピックでのオフィシャル乾杯酒へのチャレンジだそうです。そのために誰でも品質が安定したスパークリング酒を造れるように一般社団法人「AWA酒協会」を今年の4月に設立する予定だそうです。ここではシャンパン協会と同じように協会が認定するスパークリング酒の基準を決めるそうです。この協会に入れば協会蔵元で勉強会を開き、情報を共有していくと共に契約すれば特許の使用を認めていくそうです。(でも5月現在検索してもホームページが見つかりませんので、遅れているのかもしれません)

この認定基準の下記に示します。

・ 米と米麹と水のみを使った清酒である
・ 国産米100%使用で3等級以上である
・ 醸造中の自然発酵による炭酸ガスを保有する
・ 外観は透明であり、容器の注いだ時に一筋泡を生じる
・ アルコール濃度は9度以上である
・ ガス圧は20℃で3.5バール以上である

結構厳しい基準ですが、僕がちょっと驚いたのは品質基準が常温で3カ月以上香味、品質が安定しているこということでした。炭酸が多く、かつ火入れしているからできることなのでしょうね。 

最後に酒蔵の役割は「地域の自然・文化・歴史・人の営みを凝縮させて伝えて行く」ということで、これに携われたことに大変感謝しているとのことでした。 

2.2番目の講演は新政の佐藤祐輔さんです。 

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新政は6号酵母発祥の蔵として有名ですが、昭和の初めは日本でもトップクラスの技術を持った蔵で、全国新酒鑑評会で総合1位を取るほどでした。戦争がはじまると他蔵との合併をさせられ勢いもなくなりましたが、戦後昭和27年に新政が復活したようです。その後、地元のお酒造りを中心に発展し、祐輔さんが子供の頃は蔵のおぼっちゃまと言われるくらい商売が繁盛し安定な酒造りをしていたそうです。 

その後、日本酒の級別制度の廃止や大店法の廃止を機会に、普通酒の安売りが始まると同時に過当競争から質も悪くなり、飲む人の数も減り、蔵の経営は悪くなる一方で、体力のない蔵が次々とつぶれていく時代を迎えることになります。新政酒造の経営も同様に年々6-8%生産高が減少し、平成18年には経常収支はー20%の赤字になったそうです。 

祐輔さんは秋田の高校を卒業された後、明治大学の商学部を経て東京大学の文学部に入学され、1999年に卒業されます。その後ジャーナリストの仕事をした後、2007年に蔵に戻ることになるのですが、経営の立て直しが急務だったそうです。その後次々と蔵の改革を進めていきますが、ざっと彼がやったことをまとめてみなすと次のようになります。 

・ 2007年 季節労働者制度廃止(社員醸造)
・ 2008年 社員杜氏 
・ 2009年 製造部設立 
・ 2010年 6号酵母のみの醸造
・ 2011年 秋田県産のみの醸造 
・ 2012年 純米酒のみの醸造 オール山廃の実施
・ 2013年 木桶の導入 4合瓶主体の販売
・ 2014年 26BYの後半から生酛造り開始
・ 2015年 オール生酛の醸造
 

これを見ると、経営改革というよりは信念を持って何かに舞い進んでいる気がしますね。これは何でしょうね。確かに最初の3年は組織をいじっていますが、うがった見方をすれば、自分の考え方を社員に理解してもらう期間ではなかったかと思われます。その間に自分自身は色々な勉強をし、実験をして新しい進む方向を模索をしていたのではないかと思われます。でもその原点は何だったのでしょうか。それは彼の最後の締めの言葉で判りました。 

それは「自然への回帰」です。自然な原料(無農薬)、自然な製法(限りなく無添加)、自然な環境(手作業尊重、適した自然環境)、自然エネルギー(省エネルギー廃棄物減少)を最初から目指していたものと思われます。蔵に入ってすぐそんなことを言ったら大変なことになったと思いますが、勉強、努力、実践で実績を詰め上げていって達成したことが凄いなと思いました。そう考えれば彼の行動が理解できます。 

この裏付けとして全量生酛に至った流をご紹介します。まず、彼は乳酸を添加する速醸法やアルコール添加は自然な方法ではないと思ったのだと思います。酒の味は大切であることは十分判っているし、アル添の良さはわかっているけど、彼の信念として自然な方法を模索したのだと思います。 

まず昔の酒の醸造法を調べ、それを試すことを行いました。昔からの酒の醸造法の発展は室町時代までは中国の技術の導入でしたが、江戸時代にできた生酛は日本独自の高度な技術であることがわかりこの再現から始めたようです。色々とトライした結果、下記の手順で安定した生酛つくりができるようになったそうです。 

・ 炊きたての米は木桶に入れて一晩水分を保ったまま冷やす
・ 冷やした米と麹と水を入れたものを手で混ぜる
・ これを櫂で米をつぶさないように麹だけをつぶす(難しい)
・ この酛摺り法の代わりに古式生酛タイプを採用する
・ この後暖気だるで温めて乳酸菌をふやす
・ 乳酸菌が増えて酸っぱくなったら酵母を入れる
 

この中で凄いと思ったのは古式生酛法を現代技術で再構築して実現したことです。ポリエチレンの袋に米と麹と水を入れて米を溶かす技です。この方法は江戸時代に酛摺りができる前に行われた方法ですが、当時はこんな良い袋はなかったので、安定性が出なかったものと思われます。 

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こうやって新政流生酛つくりが完成しましたが、その前に色々と新しいことにチャレンジしています。これをちょっと紹介します。 

蔵に戻ってきた当時、乳酸を入れない方法を色々試した結果、酒母は酸っぱくならないと腐ることがわかったけど、安定した造りができなかったそうです。そこで思いついたのが、焼酎の白麹を使えば酸っぱい酒母ができるのではないかとやってみたら上手くいったそうです。

その後すべての造りを山廃にすることをチャレンジしたけど、酸は増えても雑菌が死滅しないことが起こることを経験したそうです。そこで思いついたのが、酸が増えたところで酒母の温度を一的に上げて雑菌を死滅させる2段式山廃法でした。江戸時代に行われた煮酛という方法の現代版だそうです。この方法で安定した山廃ができるようになったので2012年から一時オール山廃にしたそうですが、最近前述した古式生酛法ができたので、今ではすべて生酛にしているそうです。

過去の教えを勉強すると同時に新しいアイデアにもチャレンジしている祐輔さんの姿が読み取れますね。 

古式生酛法の完成はできたものの、祐輔さんの思いはまだ終わっていないそうで、これからチャレンジしていくことについて最後に紹介します。 

・ 無農薬有機栽培の原料米の増加
・ 酵母無添加の生酛つくり(6号酵母を添加しない)
・ 自社田の確保と農業の展開
・ 自社田の近くに本社を移し、農業に活気を与える
 

具体的には蔵の近くの「鵜養地区」に自社田を造り、農業の活性化を図るのが夢だそうです。

彼の心に中に自然回帰という信念と同時に日本の伝統の技を大切にしたオリジナリティのある酒造りをして、世界に誇れる蔵になりたいという気持ちがあることがわかりました。

 以上で2蔵の講演の紹介を終わります。

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2015年10月21日 (水)

日本酒とお料理の相性はどうやればわかるか

9月18日に諏訪酒造協会の主催で銀座NAGANOにおいて、諏訪の9蔵のお酒の飲み比べながら好きなお酒を購入できる会が開かれまして、その中で現在日本酒造組合中央会の技術顧問をされている須藤茂俊さんが「料理と日本酒の相性はビジネスチャンス」という講演がありましたので参加して来ました。今回は講演の内容についてまとめてみました。というよりは僕の備忘という意味合いの方が強いかもしれません。

銀座NAGANOは去年の10月に長野県の新しいアンテナショップとして生まれたお店で、長野県を代表する食材や伝統食、WINE、日本酒、ジビエ、果物、野菜をはじめ、信州の暮らしを感じていただけるさまざまな商品を取り揃えている店で、2階には各種のイベントを開催できるスペースを持っています。 

また、長野県が推進する信州の味覚が楽しめる「旬の信州味わいコーナー」もあり、買い物の合間、仕事帰りにふらっと気軽に立ち寄ることができます。場所は銀座4丁目の交差点からすぐのすずらん通りを入るとすぐ右側に見えます。 

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上の写真のハゲ店の先に縦型の旗に銀座NAGANOという字が見えますか。正面の写真をお見せしましょう。アンテナショップの割には意外とわかりにくいでしょう。 

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会場はそのビルの2階です。ここには観光インフォメーションコーナーが常設されており、奥がイベントスペースになっています。会場の中央が講演会用で20人強のこじんまりとしたものでした。周りに蔵のブースがありました。 

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早速く講演内容をご紹介します。講演者の須藤茂俊さんは現在61歳で東京農工大学を卒業された後国税局に入省され、酒類総合研究所で品質安全研究部門で永年研究をされ、現在は日本酒造組合中央会の技術顧問をされています。特に日本酒と料理の相性については永年研究をされてきて、2012年に日本醸造協会誌に「食品と清酒の相性評価法」という論文を書かれるなど、この分野での第一人者です。 

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中央の方が須藤茂俊さんで、右奥に写っておられる方は諏訪酒造協会の理事長で、豊島屋(神渡)の代表取締役の林新一郎さんです。 

今まで僕は日本酒の相性は濃い味のお料理には味の濃いお酒を、味の軽いお料理には味の軽いおお酒を合わせて、口の中でお互いが反発しないで、融け合うかどうかで判断していましたが、今回の講演でそんな単純なものではないことを知り、改めて目からうろこという思いでした。 

それではどんな講演内容だったか簡単にまとめてみます。 

<お料理と日本酒の相性とは何か>

・ 相性とはお料理を食べた後にお飲んだお酒がしっくりくるか、違和感があるかをいい、しっくりすれば相性がいい、違和感があれば相性が悪いということになります。 

<相性感性について> 

* お料理にもお酒にも独自の風味(香りと味がまじりあって一体化したもの)があるが、お料理を食べた直後にお酒を飲むと、次のような効果でお酒の本来の風味が一時的に変化した風味像ができる。 

・ マスク効果 お料理が甘すぎるとお酒の甘みが抑えられる 

・ 対比効果  お料理に酸味があると酒の甘みが強調される 

・ 相乗効果 お料理に旨味があるとお酒の旨味が強調される 

・ 塩分効果 料理の塩分があるとお酒の甘みと旨味をアップ
                   する
 

* お料理を食べた時に起こる味覚リクエストがお酒との相性を決めるようである。味覚リクエストとは何か。お料理を食べた時おいしかった時には、その料理の余韻を損なわないでほしいという思いが無意識に出るようであり、また逆に刺激が強すぎた時は口直しがほしいとか、美味しくないお料理の場合は風味を補ってもらいたいという意識が出るようであり、これを味覚リクエストというようです。 

お料理を食べた後にお酒を飲んだ時に、その味覚リクエストにうまく応えれば、しっくりして相性がいいということになり、対応できなくて違和感を感じれば相性が悪いことになるようです。ですから相性は個人によって違うし、その時の状況によっても違ってくるので、相性をチェックする場合は、どんな味覚リクエストが生じたかをセットで考えないと判断することはできません。難しいですね・・・・・ 

<簡易相性テストについて> 

相性のテストは非常に難しい。それは人は味は覚えられないようにできているからである。人間は味を忘れることにより、毎日リフレッシュして次の料理を美味しく食べる仕組みになっているからである。ですからテストした時は必ず記録することが重要だそうです。

味覚テストはテストをする人が事前に十分な訓練をする必要があるほど、厳密で難しいものですが、簡単な相性テストのやり方もありますので、そのやり方を紹介してくれました。 

1.まず相性の先入観を取り去る(先入観があるとそれだけで
  感じ方が変わります)
 

2.料理を1口良く味わい、その時どんな味覚リクエストを感じた
  かを、無理やり意識して確認する

3.料理を飲みこみ5秒以内に、日本酒を一口味わうが、日本酒
  
を意識しないで、味覚リクエストだけを考て味わう 

4.日本酒の味わいから味覚リクエストに応じられたかどうかを
  
感じて、相性を決定する



<相性の良い料理はどんなものか> 

お料理の味の特徴の中でお酒の風味を良くしてくれる味わいは以下の通りです。 

 強い旨味 → 酸味・苦味・渋みを和らげ、風味を美味しく芳醇
           にする
 

・ 適度な塩味 → 甘みと旨味の感度を上げて、美味しさを増す 

・ 強い辛味 → 日本酒の甘みが辛味風味を爽快にし心地よく
            する
 

・ 豊富な脂 → 脂肪が舌をコーティングし、刺激味を和らげ
                 
まろやかにする 

・ うま臭み → 臭みを軽減し風味を良くする(吟醸酒は合わな
           いので注意が必要)

<相性の悪い料理はどんなものか> 

お料理の味の特徴の中でお酒の風味を悪くするものは以下の通りです 

・ 強い糖の甘み → 甘みに感度が悪くなり甘みを減らして水っ
                               
ぽくし、苦渋みを増して風味を損ねる 

・ 豊富なたんぱく質 → アルコールや酸がたんぱく質を変性
                               してざらざらとした成分となるので苦
                 渋みがます
 

・ 日本酒対照香 → 香りを強調するので、臭みを増して
                                風味
を損ねる 

<相性の良い具体的なお料理の例> 

・ 強い旨味や適度な塩味をがあるもの 

  魚の塩焼き、ハマグリの吸い物、ナマコのポン酢、
    ちゃんこ鍋、金目鯛の刺身
など

・ 豊富な脂肪や強い辛み 

  カワハギの肝、カマンベールチーズ、辛子明太子、
    豚肉の味噌漬
など

<相性の悪い具体的なお料理の例> 

・ 強い糖の甘み 

  栗きんとん、うの花、牛肉のパイナップルソースがけ、
    甘い煮つけ
など

。 豊富なたんぱく質 

  ロース豚カツ、めばちマグロのたたき(たんぱく質がミンチ状
    で出やすくなる)、春巻、
ヒラメの刺身(筋肉質のタンパク質) 

その他にも色々な例がスライドで示されましたので、そのスライドをお見せします。クリックして大きくしてみてください。個人的には本当かなとおもわれるものもありますが、永年の研究で出来たものですから、正しいのでしょう。参考にしてください。 

Imgp0272

ヒラメの刺身は相性が悪い代表で書いてありますが、これもお料理の仕方で相性が変わるので、そのつもりで見てもらった方がいいと思います。たとえば、ヒラメの場合は昆布〆にするとか煮つけにすれば相性が良くなるし、豚ロースのカツもひれカツにして少し強めに揚げれば良くなるそうです。 

<相性の良い日本酒はどんなお酒か> 

これは結論から紹介します。 

・ 酸味と苦渋味が弱く、糖の甘みが強くなく、アルコールの甘みが強く、吟醸香や芳醇香などの心地よい香りがあるものということのようです。 

これを一言で表すと「味がなめらかな」酒質といっていいそうです。 

この中でちょっとわかりにくいのは「アルコールの甘み」ではないでしょうか 

<アルコールの甘みとは> 

日本酒の甘みは糖の甘みとアルコールの甘みが混じったものです。アルコールの甘みはアルコールの濃度が15%の時ブドウ糖の1.5%の甘みに相当するようです。しかもアルコール濃度が増えるほど強くなるようで、アルコール濃度が15%を超えると特に感じやすくなるので、原酒が甘く感じるのはその効果のようです。 

Imgp02801_2アルコールは刺激、苦渋み、辛みを持っていて、通常はこれが甘みと相殺されてあまり感じないことが多いらしいですが、良い水に出会うと左のように、水が苦渋みや辛みと融合して抑えてくれるので、甘みを強く感じるようになるそうです。 

良い水とは蔵の仕込み水です。仕込み水は蔵によって違うけど、一般に甘みを引き出せる効果があるようです。

アルコールの甘米は糖の甘みの違いをどのように見極めるのかは説明がありませんでした。 

<日本酒の心地よい香りとは> 

香りの成分は色々ありますが、良い香りを出す成分はイチゴの香りを出す酢酸エチル(セメダインの香りにもなる)、バナナの香りを出す酢酸イソアミル、リンゴの香りを出すカプロン酸エチルの3種類が有名です。 

日本の代表的な銘酒の香りを下記のような表に纏めてみると一つの線になることがわかったそうです。この線に乗っているお酒が心地の良い香りと言えそうです。こんな表は初めて見ました。特に最近に人気の香りは左の方にあるようです。 

Imgp0283

<お料理と日本酒の合わせ方はどうするか 

・ 相性度の高いお料理にはどんな相性度のお酒を合わせても
  いい。
 

・ 相性度の中庸なお料理には相性度の高い日本酒を合わせる 

・ 相性度の低いお料理には日本酒は合わせない方がいい。

日本酒の相性度の高いものを選べばよいことになります。

<どのように味つけすれば相性度の高いお料理になるか> 

料理の味付けは大変重要で、料理にプラス要素を増やしてマイナス要素を減らす味付けをするのが良い。例を下に示します。

・ 鯛の刺身は皮つきの湯引きにする 

・ ヒラメの刺身は昆布〆にする 

・ ポン酢の合わせはどれも日本酒に合う

・ 洋風の辛みでなく和風の旨味のある辛味を使う。
    山椒、胡椒、ニンニク、ワサビなど

以上で先生の講演の内容の紹介は終わりますが、僕は最初に書いたようにお料理とお酒を同時に口にした時に、お料理とお酒の味わいが口の中でばらばらにならないで、融合すれば、相性がいいと思っていましたので、先生のやり方は実施したことはありません。先生のお話では料理が口の中にあった時に飲んで相性を見るのも間違いではないそうです。

僕には特に味覚リクエストとという感覚がないので、これからはこれに気をつけながら飲んでみることにしましす。今までどんな料理が相性の高いかということもこんなに整理して考えたことはありません。旨味や塩味は大切だと知っていましたが、辛味や脂肪が多いものが合うなんて知りませんでしたので、これについてもためしてみます。

大切なことは自分で体験してみることだと思いますので、皆さんも実験してみてください。

最後に講演会の後で試飲をした諏訪の9蔵を紹介します

御湖鶴 菱友醸造(下諏訪) 

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 真澄 宮坂醸造(諏訪市)

Imgp0243_3

 本金 酒ぬのや本金酒造(諏訪市) 

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 高天 高天酒造(岡谷市)

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 麗人 麗人酒造(諏訪市)

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 横笛 伊東酒造(諏訪市)

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 舞姫 舞姫酒造(諏訪市) 

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 ダイヤ菊 諏訪大津屋本家酒造(茅野市)

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 神渡 豊島屋(岡谷市)

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2014年9月 3日 (水)

夏の日本酒セミナーに初めて参加しました

8月のお盆のころは流石に日本酒の会はほとんどお休みです。でもこちらは暇なもので、何か面白い企画はないかと、日本酒カレンダーをチェックしていたら、南青山で夏の日本酒セミナーがあるのを見つけました。主催はインフィニット酒スクール、場所は表参道の福井県のアンテナショップのふくい南青山291で、しかも水曜日の昼間なら、参加者は少ないだろうと電話で申し込んだらすぐにOKをもらいました。 

その後インフィニットはどんな会社かをちょっと調べてみました。この会社は菅田(すがた)ゆうさんが2002年に立ち上げた酒類総合コンサルタントの「インフィニット」で、酒類の流通、教育をする会社のようです。2006年にワインや日本酒、チーズを中心とするお酒と食の専門知識を提供するお酒のカルチャー教室の「インフィニット・酒スクール」を創立しています。

ここでは今回のような多人数(50人くらい)の講演会ではなく、数人対象のカルチャースクールや個人を対象としたレッスンを主体としているようです。

それでは菅田さんはどのような人なのでしょうか。講演された時の菅田さんです。

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菅田さんは福井県大野市出身で、初めは㈱三菱レーヨンに入社されましたが、直ぐに退社され、フランスの国立サンキャンタンホテル学校に留学されました。帰国後は日本のフランス料理店、ホテル、酒販店など色々な業務を経験された後、インフィニットを創業されたようです。そして日本ソムリエ協会認定の「ソムリエ」の資格を持っているだけでなく、SSI認定の「きき酒師」の資格を持っています。そして全日本ソムリエ連盟認定の「ソムリエ」の資格も持っているようです。

あれ、日本ソムリエ協JSAと全日本ソムリエ連盟(ANSA)はどんな関係があるのでしょか。ちょっと調べてみました。日本ソムリエ協会は一般社団法人で、国際ソムリエ協会に加盟している日本を代表する組織です。

それに対して全日本ソムリエ連盟はNPO法人のFBO(料飲専門家団体連合会)が創設したワインのソムリエ認定機関のようです。FBOはANSAのほか色々な認定機関を創設していて「きき酒師」や「酒匠」などを認定している日本酒サービス研究会・酒匠研究会(SSI)もその一つです。日本酒のソムリエとなるとFBOのSSIしかないようです。

日本ソムリエ協会は1969年に創設した歴史のある組織に対して全日本ソムリエ連盟は1997年に創設した未だ歴史の浅い組織です。でもFBOの守備範囲は広く、ワインばかりでなく日本酒、焼酎、中国酒、チーズ、コーヒー、シガ―など幅広い物を対象にしています。

菅田さんはソムリエの経験を踏まえてワイン・日本酒と食の文化を広めようという思いがあると思われます。ですからSSIの資格を持ちANSAの資格を持つのは当然と言えることかもしれませんね。

これでインフィニット酒スクールと菅田さんの紹介は終わりましょう。早速その日の講演会の内容を簡単に紹介することにします。

講演された場所は南青山にある福井県のアンテナショップの南青山291です。この建物の1階が福井県の特産品を売っているアンテナショップで。2階が会議室になっています。

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ちょっと会議室の様子をお見せしましょう。80名は入れそうな会議室でした。

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1.セミナー「酵母が与える日本酒香味の影響について

講師は福井県食品加工研究所、地域特産利用研究グループ 主任研究員の久保義人さんです。久保さんは島根大学の農芸化学科を卒業後、福井県のこの研究所にはいられ、日本酒に関する研究、特に清酒酵母の開発とその品質評価の研究をされている方です。

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お話しなさったことは酵母の役割とその香味効果のお話でしたが、とてもわかりやすく説明されたので、理解しやすかったです。そんなこと知らなかったよと思ったことだけをご紹介します。 

酵母はお米の澱粉をアルコールの原料になる等に変える役割だけと思っていたら、もっと多くの役割があったのです。お米には澱粉のほかたんぱく質や脂肪がありそれを別々の物質に変える役割もあったのです。これが香味にかかわるのです。知らなかったなー。 

・ 澱粉     ⇒ ブドウ糖 ⇒ アルコール、有機酸
・ たんぱく質 ⇒ アミノ酸  ⇒ 高級アルコール
・ 脂肪     ⇒ 脂肪酸  ⇒ エステル

酒類の製造に使われる酵母は目的によって違うものを使うことは知っていましたが、清酒用酵母は乳酸に強く低温に強いが、焼酎用の酵母はクエン酸に強く高温に強い。ビール用酵母は麦芽糖を好むとか、ワインは亜硫酸(防腐剤)に強いなどは初めて聞く話でした。

蔵付き酵母だけでは安定した酒造りはできないということで、日本醸造協会で蔵付き酵母を選抜して協会酵母として誰でもが利用できるようになったことは知っていましたが、それで全国の日本酒の品質は向上したけど、全国が均一化するので、各県が独自に独自の酵母を作るようになったようです。その最初が長野県のアルプス酵母であり、今では色々な県で独自の酵母開発がされて、使用されています。特に東北地方が盛んな様な気がします。

福井県ではFK-301、FN-7,FK-4,FK-501,FK-6などがあるそうです。今回はその中でFK-501と協会酵母9号、10号、14号、18号、KZ-4(14号の元の酵母)の6種類の酵母を使って、福井県産の五百万石から作ったお酒の成分測定をして香味成分の比較をしてくれました。その内容は細かくなりすぎるので、詳細は省略しますが概要を簡単に紹介しましょう。

測定した成分はアルコール、グルコース、クエン酸、リンゴ酸、コハク酸、乳酸、酢酸、イソブチルアルコール、イソアミルアルコール、酢酸エチル、酢酸イソアミル、カプロン酸エチルです。

9号酵母の時の各成分の量をを1とした時の比較をしていました。その結果を下記に示します。

・ 10号酵母はグルコースやリンゴ酸やイソブチルアルコールが少ない

・ 14号酵母はグルコースやイソブチルアルコールが少なないが、クエン酸、酢酸が多い。酢酸イソアミルが少ない

・ 18号酵母はコハク酸やイソブチルアルコールが少ないが、クエン酸が多くカプロン酸エチルが非常に多い

・ F501酵母はリンゴ酸が少なく、酢酸イソアミルが多い

という結果が出ました。

高級アルコールのイソブチルアルコールやイソアミルアルコールはこれが多いと重い香りになるそうです。酢酸エチルは多くなるとセメダインの香りになり、少ないと華やかな香りにあるそうです。酢酸イソアミルはバナナやなしの香りで、カプロン酸のエチルは熟したリンゴの香りが出るそうです。

この結果から判断した場合の9号と比較した味わいは次のようにまとめられます

・ 10号酵母はと旨みと香りが少なめだけれども軽快な感じ 

・ 14号酵母は酸味が強いが味わいは軽快で香りは少なめ 

・ 18号酵母は酸がやや強く味わいは軽快でリンゴ香りが強い

・ F501酵母は酸はやや弱いが香りはバナナ系の香りがたつ

この結果は日本醸造協会で発表している各酵母との特徴とやや違っていて、特に14号は酸が少ないとなっているのに反対の結果になっています。

久保先生の実験結果がおかしいのではなく、お酒の香味は酵母だけでなく、それを使いこなす杜氏の技術の方が影響が大きく、その影響は7割もあると言われた久保先生のお言葉が強く残りました。どうもありがとうございました。

2.セミナー「9号酵母、14号酵母、FK-501酵母の比較テイスティングによる評価と表現、特徴の活かし方、お料理との相性について

講師はインフィニティ・酒スクール代表の菅田ゆうさんです。

今回は下記に示す3種類のお酒をグラスについてそれをテースティングしながら講義を聞くというスタイルで行われました

Dsc_0507

.越前桂月 純米吟醸 山田錦50%精米 9号酵母 

2.白龍 純米大吟醸 山田錦50%精米 14号酵母 

3.極上真名鶴純米吟醸純米酒 山田錦50%精米 FK-501酵母

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菅田さんはこの3種類をテースティングした結果を香りと味わいに分けて細かく表示した評価結果を表示していただきましたが、僕にとっては細かすぎて、理解はできるけど自分には無理という感じを受けました。 

その結果を表示するにあたって、先生は表現の表示の基準を持っておられれ、それをスライドで示していただきましたので、それを示紹介します。

Dsc_0505

ちょっと見難いかもしれませんが、クリックして大きくしてから見てください。左軸は香りの種類であり、横軸が香りの強さで、右に行くと香りが強くなるのですが、単に強さで表わすのでなくて、その表現の仕方を変えているのです。なかなか理解できない点もありますが、言われてみるとそうかもしれないという感じはします。しかし、実際の香りはそれほど強烈なものでないので、どれにあてはめるかは結構難しいと思いました。 

先生が評価された結果の要点だけを紹介しますと、 

1.9号のお酒 日本酒度+4、酸度1.6、アルコール度15.5 

・ 香り: 全体的に穏やか、リンゴなどのフルーツ香とメンソール的な清涼感が穏やかに感じられた後、糖類系の熟成かがほんのりと広がる 

・ 味わい: 舌触りは滑らか、やや膨らみはある甘みの中に。差っみがしっかりと広がり、軽やかな中にも味わいに一体感を感じる 

2.14号のお酒 日本酒度+3、酸度1.2、アルコール度15.6 

・ 香り: 全体的に落ち着いた香りで、わずかにバナナ、溶剤香がほんのり広がる。非常にやさしい香り。 

・ 味わい: 舌触りは滑らか。味わいのバランスがとても良く、アタックから心地よさを持続する。後口に酸が少し出るがあまり気にならない

3.F501のお酒 日本酒度0、酸度1.2、アルコール度15.8

・ 香り: フルーティな中に乳製品香が広がる。軽やかで比較的シンプルな特徴

・ 味わい: 白触りは滑らか。ふくよかな甘みがしっかりと広がるが、酸味とのバランスによって軽やかに感じる。また、酸味は決して強く感じることなく、心地よさがありすっきりしている

という評価でした。はっきり言って先生が感じるほどの感受性は僕にはありませんが、なるほどそんな表現をするのかということでは、大変勉強になりました。こんなに細かくチェックすることは僕には無理と、ちょっとへこんだ感じになってしまいましたけど。

僕の経験では香りは嗅いでうちに慣れてきてしまうし、味わいは時間とともに変わってくるように思えるので、僕は未だ酔っていない最初の印象だけを大切にしています。ですから呑んでくると差がわからなくなってしまうのです。ですからソムリエや利き酒師にはなれないなという思いを強くしてしまいました。

最後に福井のアンテナショップの雰囲気を見てもらいましょう。この会の開催中でカウンターで福井のお酒の飲み比べができました。

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それから福井の高級酒も一杯ありましたよ

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勿論福井の特産もいっぱい売っていますので、行ってみてください。

以上で終わります。

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2010年9月17日 (金)

雄町サミット2010 PART2 講演会

雄町サミットで行われた講演会の内容について簡単にご紹介します。去年はソムリエの田崎田崎真也さんの公演でしたが、今年は利守酒造の田村杜氏の講演と北岡シェフと木村ソムリエとの対談でした。

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<利守酒造の田村杜氏の講演「杜氏が語る酒米雄町の魅力」>

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写真方が杜氏の田村豊和さんです。講演は20分程度の内容でした。

・ 雄町は今から150年前に岡山県の雄町村の農家の岸本甚造さんが伯耆大山参拝の帰りにみつけた2本の稲穂を選抜を重ねてできたお米で、最初は食米として生産されたようですが、その後軽部村の村長が酒米としてのよさを全国に広めてから酒米としての評判が良くなって雄町と呼ばれるようになった。

・ 雄町は背丈が160cm以上になり倒れやすく、病気にも弱いために栽培が難しく、岡山でもその栽培はだんだん少なくなったそうです。でもこのコメの質の高さからいろいろなお米の種として使われ、現在日本で作られている酒造好適米の6割以上が雄町の系列だそうです。もちろん山田錦や五百万石もその一つです。

・ 昭和40年後半から50年前半にかけてから、吟醸酒のような高級酒が作られるようになり、利守酒造でも雄町を使った高級酒をつくるように蔵元に提案して了解していただいたのですが、当時は雄町を酒米として作っているところがなくて、農家と協力して米造りから初めたそうです。

・ 雄町は心白は球状で大きく、柔らかいので吸水性や糖化性が良いので、そんなに精米しなくても味のよいお酒ができるといわれており、60%精米では山田錦より良いお酒ができるそうです。しかし、50%以上精米しようとすると米が割れてしまうという欠点があります。

・ それに対して山田錦は心白が線状でかたいため、35%以上の精米ができるので、大吟醸などの高級酒の酒米として向いているそうです。

・ 雄町米の心白は産地や米の作り方で違うそうで、精米を進めるためには心白の小さなお米を使うようです。利守酒造の雄町の大吟醸はそうやって作られていたのでしょう。

・ 雄町の酒の特徴は3つあるそうです。米の味がよく出ること、新酒でも早く味が乗ってくること、2-3年寝かせても劣化がなく熟成することだそうです。

・ 田村杜氏は雄町米にあった酒造りの機械の開発も進めていて現在はそれを使っているそうです。詳しい内容の説明はありませんでした。この話を聞きたかったな

以上が田村杜氏のお話でした。

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<シェフの北岡さんとソムリエの木村さんの対談「洋食での日本酒の勧め」>

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左の方が北岡尚信さんで、プティポアンのオーナーシェフでフランス農事功労章受賞者協会の副会長です。

右の方が木村克己さんで、飲食コンサルタントで、ソムリエで、日本酒スタイリストです

お二人の対談の内容の要旨は下記の通りです。

・ 平安時代には大饗料理というものがあり、味付けされた料理ではなくその場で味付けしながら食べる料理のようですが、その料理の調味料は塩、酢、いしお(みそ)、酒だったそうで、酒はお料理の調味料として使われていた

・ お料理と合わせるアルコールを考えた場合バターやクリームのような動物性脂肪を主体としたような料理には、ポリフェノールといったタンニンを含んだ赤ワインが合うのに対して、水溶性のうまみ(アミノ酸系など)を主体としたお料理(昆布だし、鰹節、しいたけ、などを出汁にした料理とか魚料理)には白ワインや日本酒が適しています

・ 日本酒はワインに比べて合わせる料理の幅が狭いけれども、白ワインに合うような料理には日本酒は合わせられます。お肉の場合でも脂身のおい肉ではなく、赤身の肉のように肉味の強い素材なら日本酒を合わすことができます。

・ 日本酒はワインより料理酒として適しているので、北岡さんの家では料理酒にはワインを置いておらず、日本酒だけだそうです。たとえば肉料理用のソースとして、肉を焼いたときにこびりつく肉汁を日本酒で洗い取り、少量のバターで溶かすととてもおいしいお肉用のソースができるそうです。

・ フランス料理は素材の良さを引き立てる料理で、昔は運んでいるうちに痛んでくる素材をいかにカバーするかということで、フランス料理独特のソースを合わせるようになったそうです。

・ 素材を生かす料理といえば日本の料理が一番で、最近日本人によるフランス料理が注目されており、フランスの三星のレストランには必ず日本人シェフがいるだけでなく、日本に勉強しにくるフランス人シェフが多くなっているとのことでした

・ 日本でも公式の晩さん会にはフランス料理が選ばれますが、素材を生かした料理には日本酒が適しているので、日本酒を出すことが多くなったそうです。

・ 日本酒には火入れという殺菌工程がありますが、これは足利時代ころには使われていたそうで、外国ではパスツールが低温殺菌を発明したのが1800年代ですからそれより300年以上前にできていたのですから、日本人のお酒に関する知恵は大したものといえます。(ワインには火入れという方法は使われていない代わりに防腐剤の添加が行われているんではないかと思います。・・・・これは僕の考えですが)

・ 日本酒にはお燗という飲み方がありますが、お燗をすると味の濃い料理にも合わせることができますので、冷で飲むだけでなく、一つのお酒を2倍楽しめる知恵を持つのも日本独特の方法だと思います。

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以上がおふたりの対談内容ですが、中身はかなりはしょって書きましたので、ご容赦願います。

日本酒がワインより優れた調味料というのは僕の撮って大きな収穫です。日本酒を積極的に使ったお料理を作った見たいものです

最後に有名なお二人の写真をお見せしましょう

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Img_1810_2 

お二人の名前はわざと書きませんが、お二人とも岡山県出身の代議士ですがこんな人を呼べる岡山県の力はすごいですね

このパワーをお酒造りにもと注いでもらいたいです。

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