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« 若竹屋酒造は不思議な蔵です | トップページ | 宮城県の小さな蔵には魅力を感じます »

2018年1月16日 (火)

浪の音を醸している佐々木酒造店は将来が楽しみな蔵です

去年の11月のはじめに第20回みやぎ純米酒倶楽部・穣の宴が開催される日の午後一番に、以前から気になっていた佐々木酒造店を訪問しました。この蔵の存在を初めて知ったのは2016年10月の宮城県酒造組合が主催する試飲会でした。宮城県の蔵と言えば、浦霞と一ノ蔵が有名ですので、僕はもっと小さな蔵として墨廼江、日高見、勝山、伯楽星を取り上げてこのブログで紹介したことがありますが、佐々木酒造店の浪の音は全く知りませんでした。以前に書いた上記4蔵の紹介の記事を下記に載せておきますので、興味のある方はクリックしてご覧ください。 

墨廼江:http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-8dc1.html 

日高見:http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-83e1.html 

勝山:http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2014/05/post-993c.html 

伯楽星:http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-401f.html 

佐々木酒造店については生産量が100石に満たない小さな蔵であること、兄弟二人だけで酒造りをしていること、東日本大震災で蔵が津波に流されて現在仮設蔵で酒造りをしていることは知っていましたが、厳しい環境の中で、とても質の高いお酒を造っているのを知り、どんなところでどんな酒造りをしているのか大変興味を持っていました。ですから、試飲会の席で蔵見学できますかとお聞きしたら、どうぞと言われていたので、1年後の昨年11月に訪問させていただきました。 

蔵は名取市閖上(ゆりあげ)にありましたが、閖上の地は漁港として栄え、そこに流れる名取川はその上流が広瀬川となって仙台市につながっていましたので、昔から伊達藩に非常に大切にされたところだったようです。この地に佐々木酒造店を創設したのは明治4年で、創業以来140年以上たつ老舗の蔵ですが、今では名取市に唯一ある蔵となっています。でも創業のころの経緯は調べてもよくわかりませんでした。 

名取市はJR東北本線の名取駅を中心に東西に広がある大きな町で、名取駅から海岸までは約6kmほどありますが、ほとんど平らな街なので津波は海から2㎞程まで内陸まで来たそうです。蔵は海岸より1㎞程内陸の名取川のほとりにあったので、まともに津波に被ったとそうです。 

専務取締役の佐々木洋さんは地震の時は出かけていて、揺れがひどかったの蔵の煙突が心配で蔵を見に戻ったら、案の定煙突は折れて倒れかけていたけど自社の敷地内だったので安心していたところ、津波が来るのが見えたので急いで鉄筋コンクリートの建屋の屋上に逃げて命拾いをしたそうですが、他の建物は全壊したそうです。その時の写真がこれです。この建物は39年前の宮城県沖の地震の後に土蔵から鉄筋コンクリート造りに変えたので、生き延びたのですね。 

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このあたりを洋さんに車で案内してもらいましたが、防波堤を2重に作って閖上地区は徐々に色々な施設ができつつありますが、まだまだ復旧の2-3合目くらいの感じに思えました。この蔵は昔はどんな蔵だったのでしょうか。明治時代は「佐々木多利治酒造場」という名前だったそうで、その時の絵ハガキを洋さんが見つけてFACEBOOKに載せていたので、お見せします。下の写真のように凄い立派な蔵ですが、縮尺は正しいかどうかはわからないそうです。この蔵が佐々木酒造店になったのはいつごろかわかりませんが、この煙突と中庭はあったそうです。この当時の生産量は400石でしたが、震災の前は200石位だったそうです。 

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震災後、被害を受けた蔵の中に奇跡的に3つのタンクの純米酒「宝船浪の音 名取物語」の新酒だけが無事だったので、6月には他の蔵の設備を借りて瓶詰めし、2012年の2月には閖上さいかい市場内に仮店舗を造り、3月には震災復興酒「閖(ゆり)」として発売したそうです。そして2013年度にはお酒を造りたいといろいろ検討してきましたが、復興計画がなかなか決まらないので、元の土地での再開は不可能と判断し、名取市内の下余田に復興工業団地ができることになったのでそれに申し込み再開の準備に入りました。ゼロからの復旧でしたが、多くの蔵からの支援を受けて、その年の12月にはこの団地内に仮設の蔵を造り現在に至っています。 

現在の会社の組織を見てみますと、佐々木洋さんが専務取締役、弟の佐々木淳平さんが取締役杜氏で、社長が母の佐々木知加枝(ささきちかえ)さんでした。あれ、父親は何をしているのかと思い調べてみますと、お名前は佐々木一十郎(ささきいそお)さんで、1998年から2004年までは佐々木酒造店の社長をされていたのですが、2004年に名取市の市長に当選されて時、社長をおやめになって奥様の知加枝さんにバトンタッチしたようです。これはたぶん市長の公務員としての制約のためだと思います。 

その後3期市長を務めましたが、2016年に選挙に敗れて、現在は元々経営していた美田園わかば幼稚園の園長をしておられて、酒造りにはタッチしておられません。この幼稚園は元々祖母が創立した幼稚園で、蔵の隣に閖上わかば幼稚園としてあったのですが、震災で壊滅してしまいました。震災前までは知加枝さんが理事長をされていましたが、震災後は場所を移して新しく美田園わかば幼稚園として再開していたようです。なるほど、明治時代の蔵の広い土地の一部が幼稚園になっていたのですね。ですから佐々木家は名取市の名士だったことが良く判りました。 

それでは蔵の見学した状況を紹介しましょう。 

前述したとおり仮設蔵は駅から東に2㎞程行った工業団地内にありますの徒歩でお伺いするつもりでしたが、洋一さんが車で迎えに来ていただきました。工業団地の入り口は自分のカメラで撮ったのですが、設定を間違えて撮ったため写っていませんでしたので、グーグルMAPから拝借しました。 

まずは工業団地の入り口です。奥に四角い箱のような建物が工場群です。 

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上から見てみましょう。上の列の左から2番目が佐々木酒造店の蔵です。広さは20m×25mで、高さは5mくらいでした 

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構造は鉄骨スレート造りで、空調がない代わりに窓をふさいで、壁は発泡ウレタンを吹き付けて断熱していました。この断熱性は非常に効果があるそうです。空調がないので10月から4月で酒造りをしているそうです。 

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この建物の全体写真は撮れませんが、下の写真を見てください。床はコンクリートでリノリウム処理はしていません。広い建屋の中で冷蔵庫と麹室とボイラーだけがプレハブ小屋のなかに設置されていますが、後の装置は床の上に置かれていました。これらの装置の多くは全国の色々な蔵からの応援でそろえることができたそうです。 

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この応援には宮城県産業技術センターの橋本建弥さんが全国の技術者仲間に応援の声をかけていただいたおかげで出来たそうです。良かったですね。 

それでは造りの流れに沿ってご紹介していきます。 

この地は家庭用の水道水しかないので、超軟水の仕込み水をローリーで運んで使っているそうですが、そのためのトラックは九州の焼酎メーカーから頂いたものだそうです。ローリーの水を中空糸ろ過で奇麗にして仕込み水として使っているそうです。 トラックやその他の機械をいただけることになり、現地まで取りに行ってトラックを運転して戻ってきたそうです。とても大変だったそうです。

原料米はちゃんとした置き場はなく、空いているところに置いてありました。使用しているお米は地元のひとめぼれ、県北のトヨニシキ、山田錦の3種類だけです。 

洗米は自動計量機とウッドソンの組み合わせて使っていいました。 

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この蔵は麹米も掛米も限定吸水をしていて、洗米したお米を袋に入れて、盥の中に一定時間沈めて浸漬するそうです。 

使用している水の温度は下記のプレートフィン熱交で温度制御をしているようです。どんなものに使ってるのかは聞き損ないました。

 

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蒸気発生装置として三浦製作所の0.75トンの重油式小型ボイラーでを購入しましたが、消防法の関係で建屋の中に設置されていました。 

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造られた蒸気は下の写真のスチームクリーナーで奇麗にされ、必要な温度にまで加熱されます。この装置は神戸の櫻正宗さんから頂いたそうです。 

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甑は1000㎏で、通常は300kg~500kgのお米を蒸しています。この部屋は蒸気の排出装置はないので、出口までもっていって蒸すそうです。その写真がありましたのでつけておきます。 

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雨の日はいろいろな対策ををするそうですが、晴れの日はこんな形で蒸しているようです。
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蒸したお米はスコップですくい上げて冷却しますが、温度の高い麹米は簀子の上で手でかき混ぜながら冷却し、温度の低い掛米はこの放冷機(中古品を購入)で行うそうです。 

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次は麹室ですが、奥に自動製麹装置がありますが使わないで、床を使って造っているそうです。一部屋しかないので出麹も同じところでやるので温度管理が大変だそうです。 

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これが酒母タンクです。随分小さいですね。 

Dsc_0397_2酒母造りは高温糖化酒母方式だそうです。具体的には最初に麹と水だけで60度でドロドロした甘酒状態にしたのち、水を入れて40度のなったところで乳酸を投入し、さらに25度まで冷却して酵母を入れて発酵させ酒母とするそうです。 

なぜ高温糖化酒母を使ったかというと、酒母室がないので雑菌による汚染を恐れて、より安全な高温糖化法を選んそうですが、初めての試みでしたので色々な人に相談したそうですが、伏見の藤岡酒造さんには大変お世話になったそうです。 

次はいよいよ仕込みタンクです。 

3000Lのステンステンレスタンクが5基あり750KL仕込みをしているそうです。週1本仕込みで、金曜日が添え仕込み、土曜日が踊り、日曜日が仲仕込み、月曜日が留仕込みだそうで、麹は米の状態で変えますが、一般的には酒母が総破精で添え以降は突き破精にするそうです。 

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いよいよ搾りですが、この蔵は全量槽搾りだそうです。槽は佐瀬式吟醸用搾り機で、最新のものを購入したそうですが、自動化が進み手がかからないのでとても使いやすいそうです。 

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瓶詰め用の瓶太くんとイタリア製の打栓器がありました。すべて貰い物のようです。 

Dsc_0401_3Dsc_0408以上で蔵の内部の様子の説明を終わります。 重要な設備は将来引き続き使えるように新規購入し、そのほかのものはできるだけお金を使わないように工夫していることが判りました。でもお酒の質を落とさないことには壽分気配りをしているようでした。

今後の計画をお聞きしたところ、早ければ来年の10月に元の場所に新工場建設のスタートをさせ、再来年の秋に新工場をスタートさせたいとのことでした。 

その日の夜に仙台市の勝山館で第20回みやぎ純米酒倶楽部「穣の宴」に参加して佐々木酒造店を訪れ、佐々木兄弟にお会いしました。その時の写真です。右の方が兄の専務取締役の洋さんで蔵全体のことと麹造りを担当しています。左の方が弟の取締役杜氏の淳平さんです。お二人ともどこかの蔵で修業したわけではなく、蔵に南部杜氏がいた時にその方から勉強したようです。 

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蔵見学を通してこの環境でどうして素晴らしい酒ができるのかわかりませんでした。仮設の蔵で設備が十分でないのに、奇麗だけど当たりの柔らかいふくらみのある味がするのはどうしてですかと洋さんに聞いたら、仕込み水ではないですかと答えられたけど、僕はそれだけではない、二人の造りに対する思いの表れではないかなと思いました。二人を見ていると震災の苦労などは少しも見せないで前向きに取り組んでいるのは、良き父、母のもとですくすく育った生まれの良さがあるのではとも感じました。これから新工場ができてどのようになっていくのか楽しみです。これからもずっとウオッチして応援していきたいと思います。 

佐々木洋さん 蔵のご案内ありがとうございました。

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