富士錦酒造の蔵開きは日本一の規模らしい
先日、調布市の仙川にある日本酒バーあふぎでの今年最後の蔵元を囲む会がありましたので、参加してきました。今回は静岡県の富士錦酒造の社長の清信一さんをお呼びしての会でした。清さんとは静岡県の酒造組合が主催するイベントなので時々お会いしてなかなかいいお酒を造っているなと思っていましたので、じっくりこの蔵のお酒を味わってみようと思ってきました。
富士錦酒造はJRの富士駅から北の方に20㎞程上がった上柚町にあります。富士駅から山梨県の甲府駅を結ぶJR身延線の富士宮駅からも7-8kmも離れている富士山の西の麓に位置していて、標高が270mあるので、冬は結構寒いところのようです。酒造りとして適しているのは富士山の伏流水が豊富にあるからのようで、蔵の敷地内の30mの井戸からくみ上げた水を仕込み水として使っています。この水は富士山の溶岩層の第3層にある水で、富士山に降った雪や雨がしみ込んで80年近い時間をかけて湧き出てきた水で、硬度が32の軟水です。非常に柔らかくてとげをまったく感じない水で、これが富士錦のお酒の骨格になっているそうです。
創業は元禄年間(1688~1704)年だそうで、300年以上の歴史のある蔵ですが、もともとこの地の地主で、ここで出来たお米を流通させる商売をしていたそうです。酒造りは余ったお米を使って、副業として始めたので、その生産量は200石足らずの小さな蔵だったようです。この蔵のお酒にははっきりした銘柄がなかったのですが、1914年(大正3年)に第14代目の当主の弟さん(清崟太郎)が衆議院議員を時の尾崎司法大臣を実家にお招きした時に、夕日を受けた富士山を見て感激して「富士に錦なり」と言われたことから、その言葉をいただいて「富士錦」と命名したそうです。
その後、戦後の農地改革や企業整備なので6年間休業していたこともありましたが、昭和26年に酒造りを再開しました。しばらくは他の蔵と同じような普通酒を造っていましたが、17代目の当主は昔の行われていた本物の酒造りを目指して開発を進めた結果、昭和46年に「富士天然醸造酒」を発売をしたのが大きな変革の始まりでした。そのお酒は「富士の湧き水と米だけで醸造した酒」というキャッチフレーズで出したお酒で、今でいう純米酒を全国に先駆けて出したのです。当時は純米酒という言葉すらない時代で、米のほかに調味料や醸造用アルコール入れることが普通に行われていましたので、価格が大幅に高くなる純米酒の醸造をやる人はほとんどいなかったようです。調べてみると全国で最初に純米酒を復活して出したのは京都の玉乃光酒造で、昭和39年のようですが、富士錦酒造のこの行為が業界に風穴を開ける大きなきっかけになったようですが、そのことはあまり知られていません。純米酒の普及と言えば純粋日本酒協会がありますが、この協会が発足したのは昭和48年です。でも、この協会には玉乃光は参加しているけど富士錦は参加していません。いろいろあるのでしょうね。
富士錦が出した当初の純米酒は価格が高いうえに味は辛くて厚みのあるお酒でしたのであまり売れなかったようですが、その後研究を重ねて品質が上がりお酒も売れるようになり、現在は生産高も2000石になっています。
そして今の富士錦の体制を築き上げたのは第18代目の蔵元の清信一さんです。信一さんは非常に変わった経緯で蔵元となっていますし、あの事件がなかったら今の僕はないと言っておられるほどですので、まず、それを紹介しましょう。
信一さんは1993年横浜生まれの横浜育ちで、優しそうな顔立ちの現在54歳のダンディな方です。お父さんはシンガポールで金型を作る会社を経営していたので、将来はその会社を継ぐことを考えて、大学は中央大学の理工学部の管理工学科に進学されました。管理工学と言っても経営学とITを一緒にしていたような学問でしたので、卒業後は大和証券のシンクタンクの「大和総研」に就職して、生命保険会社などのシステム構築の仕事を担当して9年間務めたそうです。
その間に東京で知り合った人と1993年に結婚することになったのですが、その年の12月に奥様のお兄さんが交通事故で急死されたのです。奥様は富士錦酒造の社長の娘さんでしたので、後継ぎが無くなり信一さんに後を継いでもらいたいとの声が強くなってきたので、どうするか悩んだそうです。でも、仕事が一段落した2年後の1996年に富士錦酒造に入社することを決め、家族で柚野に拠点を移し、養子縁組をすることになったそうです。父の会社の後は弟に譲って、自分は蔵に入ったのですが、お母様は泣いて悲しんだそうです。それはそうでしょうね。でもそれをお許しになったお父様は心の広い人ですね。
全く酒造りを知らない人でしたから、急遽東京農大の醸造学科に通って、蔵の事情をお話しし、半年で2年分のカリキュラムを勉強したそうです。前半の授業では必死に聞き落さないよう勉強したのち、後半の2か月は東京で泊まり込みの醸造実習を行い、1996年の11月から蔵に入りました。最初は総務部長として製造から営業、製品造り、経理と色々なことにかかわり、2年ほど勉強した後、1998年に専務になり、2006年に社長に就任しています。
信一さんは会社に入ってから数々の改革を進め確実に成果を上げてきています。蔵に入ってまずやったのはコンピューター導入による作業効率のアップです。まずは事務処理を手書き中心からコンピューター化し、、お客様管理をシステム化して提案型営業へのシフトへと転換し、、経験や勘に頼っていた造りの仕事の数値化により再現性追求するなどを行ってきたそうです。システム化については自分の得意な分野ですが、東京で学んだシステム化で大切なことは関わる人の連携が大切だということはわかっていましたので、よく話し合って進めたので、比較的スムーズに行ったそうです。
しかし、造りの部分は色々な作業を数値化しても、肝心なところは造り手の感性が大切なことはよくわかったそうで、その部分は今でも大切にして伝統を守ることも留意しているそうです。もう一つの大きな改革は蔵開きを始めたことだそうです。
蔵開きは年に1回3月の春分の日に蔵を開放してお酒の試飲と蔵の見学が基本ですが、地元のそば粉で打ったそばを出したり、地元で取れた鮎の塩焼きを出したり、最近は子供のための移動動物園を設けるなど、地元の村おこしの会の協賛を得て、子供も大人も家族も楽しめる完全に地元密着型のイベントになっているそうです。これを始めたのは信一さんが蔵に入った翌年からだそうで、自分から杜氏の社長にけしかけて実現したもののようです。
第1回目は雨のため800人ほどでしたが、年々参加者が増えて、今年の2017年は21回目で1万4000人が来場したそうです。僕がグーグルマップで確認したら、蔵の中にそんなに広い敷地はありません。蔵の周りの田圃にビニールシートを敷いて、富士山を見ながらお酒を飲んで過ごすようです。それにしても1万4000人とは凄すぎます。日本中の蔵の中でもこんなに人が集まる蔵開きはないと思います。インターネットで拾った蔵開きの風景を載せておきます。天気が良いと最高ですね。来年はぜひ行ってみたいですね。
最初は会社がある場所や蔵の存在を知らせる目的で始めたのですが、この町で作ったものを販売するなどしているうちに年々にぎわって地元の名も売れて、この町に移住する人が増えるなど地元に貢献できるイベントになった来たそうです。さらにお酒の知名度も上がり、お客様から酒屋さんに富士錦のお酒を指名してもらえるようになりお酒の売り上げアップにもつながったそうです。
最後にお酒造りについて触れてみたいと思います。信一さんが蔵に戻った時に一緒に富士錦酒造の杜氏になったのは南部杜氏の畑福 馨さんです。畑福杜氏と信一さんは入社同期の桜でお互いにとらわれるものがなく、真っ白な状態で出会ったので、二人で色々なお酒を試行錯誤しながら作り上げてきたそうです。これが信一さんにとって、大変良かったのではないでしょうか。畑福さんは平成22年の静岡県清酒鑑評会では純米の部で県知事賞を受賞するなど静岡を代表する名杜氏と称されていますが、平成23年に退職されることになりました。
新しく来られた杜氏が小田島健次さんです。この方も畑福さんと同じ南部杜氏ですが、若くして杜氏になり静岡県の色々な蔵の杜氏を経験され、60才で定年になることを信一さんが聞きつけ、頼み込んで平成23年から富士錦酒造の杜氏となったのです。小田島さんは今年66才になられますが、常に少しでも上を目指す気持ちを持ち続けておられる方で、平成25年と28年で静岡県清酒鑑評会の純米吟醸の部で知事賞を取るほどの腕前を持った優秀な杜氏です。これからが楽しみですが、次の杜氏の育成も大切になりそうです。
静岡県の蔵のお酒の話をするときにはどうしても静岡県沼津工業センターの研究員の河村傳兵衛さんとの関係に触れておく必要があります。河村さんは吟醸造りでは独自の理論を持ち情熱をもって静岡県の蔵の酒造りを指導してきた方で、今日の静岡流酒造りを築いた人です。静岡県の蔵の中には河村流に従わなかった蔵もあるようですが、富士錦は河村先生の指導を受けそれを活かして使っている蔵の一つですが、信一さんのお話では僕は悪い生徒で良く怒られていたので、一番の弟子にはならなかったと謙遜して言われていました。でも、富士錦のように非常に奇麗な水でお酒造りをするには河村流の造りが適していたのではと思われます。
以上で蔵の紹介を終わりますが、河村先生のことや、静岡酵母をしれたい方は下記のブログをクリックして見てください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/post-27e3.html
それでは早速飲んだお酒の紹介に入ることにします。今回は8種類のお酒を飲むことができました。飲んだお酒はお店のママの板倉さんの前にずらっと並んでいますが、よくわからないので、これから1本ずつ紹介していきます。 ママのことを知りたい人は下のブログをクリックしてください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/12/index.html
このお酒は平成29年3月に行われた静岡県清酒鑑評会で入賞したお酒ですが、去年知事賞を取っているお酒は純米大吟醸でしたからちょっと違うものです。どうして純米大吟醸を出さなかったのかは聞きませんでした。
原料米は兵庫県産の山田錦40%精米で酵母は静岡酵母のHD-1です。アルコール度数は17度、日本酒度は+3、酸度1.4でした。
飲んでみるとカプロン酸エチルの香りはするけどそれほど強くはなく、酢酸イソアミルのさわやかな香りもする独特の香りでした。蔵の5℃の冷蔵庫で半年以上熟成していたので、香りは減っているけど、奇麗な仕上がりでしたが、味乗りはしてきていました。
今の段階の方が食事と合わせるのなら良いと思いました。
2.富士錦 純米大吟醸 雄町
原料米は岡山県産の雄町45%精米で、酵母は協会18号と他の酵母とのブレンドだそうです。ブレンドと言っても2つの酵母を同時に入れるのではなく、別々のもろみを立てて最後の段階でもろみをブレンドしてから搾るそうです。2つの酵母を同時に投入すると強い酵母が勝ってしまうからだそうです。
アルコール度数は15.5度、日本酒度+2、酸度1.3でしたが、飲んでみると含んだ時にもしっかり味わいを感じますが、飲んだ中盤から味がスウット伸びてくるバランスのお酒で、つい微笑みが出てしまうようなお酒でした。良いです。
このお酒は今年の雄町サミットで入賞したお酒ですが、造った時はもっとクリアーなお酒だったそうですが、熟成することによってうまく味が乗ってきたそうです。雄町はどうもそういう特徴があるようです。雄町を扱いだしたのは去年からだそうで、来年も楽しみですね。
3.富士錦 特別純米誉富士
このお酒は原料米に「誉富士」60%精米を使ってるのが特徴です。誉富士は静岡県が平成10年に開発したお米で、山田錦を放射線処理とその後の系統選抜によってできたお米で、山田錦より背丈が低く(1mくらい)根元がガッチリしていて倒れにくいのが特徴ですが、心白は山田錦より大きくあまり高精米には向かないけど、味は出しやすいお米のようです。このままでが吟醸用には使えないので、静岡県では現在改良中のようです。
酵母は静岡酵母のNEW-5で、酒質はアルコール度数は16.5度、日本酒度+3、酸度1.2です。飲んでみると酢酸イソアミル系のさわやかは香りがしていますが、味がしっかりしていて飲み応えのあるお酒でした。常温でもぬる燗でもおいしく飲めるそうです。
このお米は自社田で作ったお米で、2014年にフルネットの純米酒大賞を取って、社員一同大いに盛り上がったそうです。
4、富士錦 純米原酒 ひやおろし
このお酒は原料米を酒造好適米ではない食用米の愛知県産の「あいちのかおり」65%精米を使ったお酒を秋まで貯蔵したひやおろしです。
「あいちのかおり」は愛知県の農業作物の研究所で、愛知の希少米「ハツシモ」と「コシヒカリ」の系統「ミネノアサヒ」を交配して誕生した愛知県を代表する飯米の品種です。
酵母は静岡酵母のNEW-5で酒質はアルコール度数は17.5度、日本酒度+2、酸度1.4です。飲んでみると味は比較的軽めですが、口当たりがすごく柔らかいお酒でした。富士錦の水の良さが上手く引き出されているような気がします。
お燗して飲みましたが、口当たりの柔らかさは変わりませんでしたが、後味に辛みを少し感じるようになっていましたが、バランスは崩れていませんでした。
このお酒は名古屋国税局主催の平成29年清酒鑑評会の純米の部で優秀賞を取ったそうです。ここに出品するにあたっては5本あったタンクの酒を蔵人がテースティングしてもっともよかったものを出したそうです。同じように作ってもタンクによって違うのですね。
5.富士錦 純米 青ラベル
このお酒は静岡県産の五百万石を使ったお酒で、このお米を使った理由は5年ほど前に花の舞酒造が地元の農家に五百万石を造ってもらった時に、造ったお米を全量使いきれなかったので、富士錦酒造が買い取ることになって、始まったお酒です。
五百万石65%精米で酵母は静岡酵母NEW-5を使っていますが、今まで飲んだお酒とは味が違ったお酒になったそうです。五百万石は溶けにくいお米なので、どうしても味が軽くなる傾向があるそうです。
酒質はアルコール度数15.5度、日本酒度+3、酸度1.3で、飲んでみるときりッとしたちょっとシャープなお酒でした。こういう味は外国人お好みになるのか、去年のモンドセレクションで賞を取ったそうです。
6.富士錦 湧水仕込み 純米酒
このお酒はひやおろしと同じ「あいちのかおり」65%精米の純米酒で、酵母も同じですが、東京の酒屋さんお注文で、アルコール度数を変えて名前も少し変えて出したお酒です。
酒質はアルコール度15.5度、日本酒度+4、酸度1.5でしたが、飲んでみると、口に含んだ時の味が弱くて、特徴が薄い感じがしました。これはアルコール度数が低いせいかもしれません。
社長のお話ではこのお酒は作り立ての時は結構おいしかったそうですが、現時点ではちょっと味が変わってしまったようで、その原因はわからないそうです。
お酒の味は難しいですね。
7.富士錦 純米吟醸生酒 熟
このお酒はちょっと特殊なお酒です。原料米は長野県の美山錦55%精米の純米吟醸の生酒ですが、12月に絞った生酒を瓶に詰めて、4度の冷蔵庫に保管していた熟成酒です。
酵母は静岡酵母のNEW-5で、酒質はアルコール度17.5度、日本酒度-1、酸度1.6でこの蔵のお酒としては少し甘口で酸味で切れを出してバランスさせたお酒です。
飲んでみると甘みを含んだしっかりした味わいがドンと来るけど、後味がすっきりと消えていくお酒でしたので、アミノ酸は少ないのではないでしょうか。味の濃いお料理にもある酒好きの人に合うお酒だと思いました。
どうしてこんなお酒を造ったのですかときたら、10年前くらいに冷蔵庫の中に新酒の生酒が残っているのに気が付いて、春の蔵開きに出したら、評判が良くて追加注文が来たので、それ以来、蔵の定番として造っているそうです。
驚いたのはこれをお燗をしたら、まるで姿を変えて、柔らかくてフラットになってとても飲みやすいお酒に変身したことです。お燗温度はやや高めの45度くらいがよさそうです。
8.富士錦 本醸造 寒造り
このお酒は原料米は「あいちのかおり」65%精米の本醸造ですが、酵母な静岡酵母のNO2を使っています。
酒質はアルコール度15.5度、日本酒度+5、.酸度1.3で、少しアルコール度を低めにした辛口ですっきりした軽い味わいの冷にもお燗にも合うお酒を狙ったようです。
飲んでみると他の純米酒より香りが高いのは酵母のせいだと思われます。飲んでみるとあまりアルコール感がしない本醸造らしくないお酒でした。
お燗にしてみたら味が少し膨らんでくるので、お燗にあっていると思われますが、このお酒は2017年の燗酒コンクールの熱燗の部で金賞を取ったそうです。
以上で飲んだお酒の紹介を終わります。
最後にこの蔵のお酒を全体に見てみますと、熟を除くと日本酒度は+2~+5、酸度は1.2から1.5と比較的狭い範囲の酒質を示していました。社長はうちの蔵は酸が高いお酒は得意でないからと言われていましたが、これはやはり河村傳兵衛さんの影響が色濃く出ているのと、仕込み水の良さを引き出すために自然とここに収まったのではないかと思われます。
最後に皆で集まった集合写真を載せておきます。最後の最後に、清社長の得意技をお聞きしましたので、ちょっとお教えします。清さんはカラオケがお得意で、特に矢沢永吉の唄が得意だそうです。今度一度カラオケで勝負することを約束してお別れしました。
清社長長い時間色々説明していただき、ありがとうございました。
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