蒼天伝はさわやかでも味のあるお酒でした。
10月1日の日本酒の日に南澤正昭さんが企画している今年15回目の「蔵と語る会」として、品川区旗の台にある小さな呑み屋・ぶちで、蒼天伝(男山本店)の柏杜氏を囲む会が開催されましたので、参加してきました。蒼天伝は宮城県のお酒だということは知っていましたが、今まであまり飲んだことがないけど、最近IWC酒部門で2年連続GOLDメダルを受賞したり、ワイングラスでおいしい日本酒アワード2016で最高金賞を取ったり、2016年にはANAの国際線のファーストクラスのお酒選ばれるなど、輝かしい結果を出している蔵だと知り、その秘密を少しでも知りたいと思い参加しました。
呑み屋・ぶちさんは去年オープンしたばかりの新しいお店ですが、店長の岩渕英和(いわぶちひでかす)さんは石巻市出身で、東京でお酒を勉強しているときに蒼天伝を知り気に入って、お店では蒼天伝をメインに扱っているそうで、蒼天伝なしではお店が成り立たないほど重要なお酒だそうです。
カウンターの後ろから覗いている方が岩渕さんで、手前の方が杜氏の柏大輔さんです。
このお酒を提供している酒屋さんは南小岩にある「なだや酒店」で、その3代目として活躍している渡部知佳さんがこられていて、この日もこのお店で囲っていたお酒を含めて色々提供していただきました。とても元気で明るい酒屋さんです。
右から柏大輔さん、南澤正昭さん、渡部知佳さんです。
この蔵は宮城県の気仙沼にありますが、創業は大正元年ですから比較的新しい蔵です。気仙沼は東北屈指の漁港で、明治時代から港に出入りする漁船が増えて酒の需要も上がってきたのを機会に、創業者・菅原昭治が酒造免許を取り、京都伏見の岩清水八幡宮(別名・男山八幡宮)に大願成就の御礼祈願に行った時に、
その後、気仙沼のカツオやサンマを食べながら飲むお酒として地元中心にお酒を造り続けてきましたが、伏見男山が京都のお酒と間違われたり、男山と名がつくお酒が全国に10件くらいあり、他のお酒と混同してしまうということがあったので、現在の4代目の社長の菅原明彦さんが、約15年前に気仙沼を表現する名前にかえることを思いつきました。
名前だけでなく、気仙沼のお酒らしい味に変えることも行いましたが、まず行ったのが「蒼天伝」という名前つけでした。気仙沼の自然の素晴らしさをお酒にこめて表現しようと、気仙沼の青い空、青い海を表す「蒼天伝」としたそうです。
「蒼天伝」とするからにはさわやかさがあり、香り控えめだけど味わいのあるお酒造りを目指しましたが、開発を初めて最初の5年はなかなか思うような味を造ることができなかったそうです。杜氏が南部杜氏の鎌田勝平さんに代わってやっと狙い通りのお酒になり始めたのが2007年だったそうです。それを切っ掛けに「蒼天伝」のPRをするために、カツオが水揚げされる父の日に「蒼天伝おいしんぼの会」を開催して、やっと名前が知られるようになった時に起きたのが東日本大震災でした。
それは2011年の3月11日のことです。海沿いにあった国の登録有形文化財にもなっていた木造3階建ての本社は地震では壊れなかったのですが、後から来た津波で1、2階部分全壊流失する被害を受けたそうです。下の写真が被害前の本社の建物と震災後の建物です。
木造には思えない風格のある建物ですが、一階が構造的に弱そうなので、つぶれてしまったのでしょうね。
本社近くにあった資材置き場や瓶詰めラインが全部浸水したそうですが、幸い酒蔵の方は30mくらい離れたところにあったので、津波は門から数mまで迫ったけれど、直接的な被害は受けなかったそうです。蔵には出荷前のお酒が2タンク残っていたので、翌日から作業を開催しましたが、停電のため計測装置が動かない中、タンクの温度管理だけはしたそうです。
その時のことを柏杜氏はよく覚えていて、社員の中には家族を亡くした人も大勢いるし、町はほとんど全壊状態で多くのお客さんを失っているので、これで酒造りは終わったなと感じたそうです。その中で社長が何としてでも残った酒をすぐにでも世に出したいと言われた時は、なんでこんな時に酒を出しても仕方がないと反発をしながら、しぶしぶ従ったそうです。でも、町が落ち着いてくると周りから酒を出してくれとの要望も出てきたので、周り町がまだ停電の中、瓶詰めするために発電機で電気を起こして使ったけれども、周りの人から何も文句を言われないので、ますますやらざるを得ない状況になったそうです。
2つのタンクのお酒も夏にはすべて売り切ったものですから、お酒が無くなったたので初めて夏場の仕込みにチャレンジしたそうです。その時柏さんが副杜氏で鎌田さんが杜氏でしたが、二人とも全く経験のない夏仕込みを、いろいろ知恵を絞って(たとえは瓶貯蔵の冷蔵庫で酒米を冷却するなど)冬仕込みに近い環境で行い、思いのほかうまく成功したそうで、この経験がその後の酒造りの勉強になったそうです。
鎌田杜氏は岩手県からくる季節対応の南部杜氏でしたが、2012年の冬の仕込みをした後で退社することになり、2013年からは副杜氏の柏さんが杜氏となり、酒造りの全責任を負うことになったそうです。柏さんのお父さんは気仙沼の遠洋漁業をするひとでしたが、蔵と密接な方だったようで、息子の大輔さんは大学を出られた後すぐに蔵で酒造りに従事したようです。特に蒼天伝の開発はすべてを任されたので、その思い入れは強く、蒼天伝の名前もラベルの文字もすべて柏さんの発案で、たまたま父が書道を勉強していたので、外部に頼むお金もなかったことから、父にラベルの字を書いてもらったとのことでした。
柏さんとは初めてお会いしたのですが、名杜氏のような威厳のある雰囲気の方ではなく、とても謙虚で自分は何も知らない素人の杜氏ですと言いながら、好奇心旺盛で他の人の良いところは何でもすぐ取り入れる柔軟性のある方のように思えました。酒造りそのものは鎌田杜氏の技術をしっかり受け継いでいるだけでなく、酒造りのセンスがある方で、独自で常に改善させる努力をしているように思いました。
その証拠に杜氏になった翌年の2014年には数々の賞をいただき、さらに前述した輝かしい賞を取るまでに至っているのは、単なる偶然ではないと思います。会の終わりに柏さんの今後の夢は何ですかとお聞きしたら、早く杜氏をやめることだと言われたのには驚きました。それはほとんど冗談だとは思いますが、杜氏への責任の重さをひしひしと感じてるからだと思います。柏さんのブログを見ますと自転車のロードレースがお好きなようで、趣味が色々あってそちらに時間を割きたいのかもしれませんね。そのためには後継者の育成が最大の課題ではないでしょうか。当分は頑張って良いお酒を造くるしかないですね。
今は震災からもう6年が経過しましたが、蔵の生産量は以前と同じ600石位だそうです。良い話としては、全壊した本社が近いうちに震災前と同じ形で復興すると聞きました。いつできるのでしょうね。楽しみです。
この会は下のような雰囲気で開催されました。こじんまりとしているけどいい雰囲気ですよね。
では早速柏さんが造ったお酒を紹介しましょう。この会はお話を聞きやすいというメリットはあるのですが、僕のような飲んだお酒を1本1本写真に撮りたいと思う者にとってはなかなかそのチャンスがなかったので、一本一本の写真は「はせがわ酒店」のホームページからコピーさせていただきました。まず最後に取った全体写真をお見せします。
・ 純米大吟醸 蔵の華45%精米
・ 特別純米 蔵の華55%精米
・ 美禄 春 山田錦
・ 美禄 夏 山田錦
・ 美禄 秋 雄町50%精米
・ 純米吟醸 蔵の華50%精米
・ 特別純米 生 蔵の華55%精米
・ 美禄 冬 26BY 美山錦
1. 純米大吟醸 蔵の華45%精米
このお酒は宮城県産の蔵の華45%精米の純米大吟醸で、酵母は宮城県のB酵母だそうです。このお酒はこの蔵で最も高級なお酒で桐箱入りで1升税込みで5400円です。桐箱なしでも4500円もします。
1月にタンク2本作って、2月に絞って瓶燗火入れを1回行たお酒です。
飲んでみると香りは華やかですが、それほど強くはなく、柔らかで繊細な味わいが素敵なお酒でした。1回火入れのお酒でしたが、フレッシュ感があり、まるで生酒のようでした。どんな火入れをしているかは聞きませんでしたが、火入れの腕もしっかりしていると思われました。
この蔵の仕込み水は超軟水で発酵力は弱いけれど、うまく作ると繊細な良いお酒になるそうです。確かにその通りのお酒でした。
2. 特別純米 蔵の華55%精米
このお酒は蔵の華55%精米の特別純米で酵母は宮城マイ酵母です。
この特別純米は15年まえに蒼天伝として初めて作った蔵の定番のお酒ですが、毎年少しずつ進化しているようです。
飲んでみると香りは華やかではないけど落ち着いたさわやかな香りで、酸味があって甘みと酸味のバランスがいい食中酒と言ったお酒でした。
酸度は2.0くらいで日本酒度は±0くらいにしているそうです。なかなかいいお酒です。価格は1升税込みで2808円ですから高くも安くもない手ごろな価格ですね。
<美禄シリーズ>
美禄シリーズは県外のお米を使ったお酒のシリーズで、「酒は天の美禄」ということわざがあるように、美禄には「すばらしい贈り物」という意味があるそうです。蒼天伝の美禄は春・夏・秋・冬の四季に合わせて4回だけ出荷するもので、季節ごとに味わいを変えて出す旬なお酒なので、まさに日本の風土からの「すばらしい贈り物」と感じてほしいそうです。美禄の具体例を下記にしまします。美禄を都内で取り扱っているのは「なだや」と「長谷川酒店」だけだそうです。
・ 蒼天伝 美禄 春 山田錦 搾ってそのまま瓶詰めした生原酒
・ 蒼天伝 美禄 夏 山田錦 夏まで熟成させた1回火入れの酒
・ 蒼天伝 美禄 秋 雄町らしさを出すため秋まで熟成した酒
・ 蒼天伝 美禄 冬 美山錦 冬の生貯蔵酒
3.蒼天伝 美禄 春 山田錦55%精米
山田錦55%精米、酵母は宮城マイ酵母を使った特別純米酒で、澱がらみのしぼりたての生原酒で価格は1升3132円だそうです。
蔵の華の特別純米とと同じ酵母のお酒ですが、飲んでみると酸味は同じくらいですが少し甘みを出している感じでした。でも熟成したせいか、少し丸みを感じました。このお酒は半年以上熟成しているので、半年たった効果がどのくらいあるかは比較しないとわからないですね。
美禄シリーズはラベルに色のついた十字線があります。春はその機構を表すのかピンク色ですね。
4.蒼天伝 美禄 夏 山田錦55%精米
このお酒は美禄の春と同じ時期に別のタンクで作った特別純米で、お米の精米度も酵母も同じですが、1回火入れをして、瓶詰めの状態で-2℃の冷蔵庫で熟成したお酒です。
春のようなフレッシュさはなくなっているけれども、熟成の良さが出ていて、口に含んだ時にぱっと横に膨らむような味わいと切れの良さがあって、とても良いバランスの酒になっていました。これはなかなかいいです。価格は春の同じ1升3132円です。
ラベルは夏らしく白色をバックに青い色の十字線が入っています。
5.蒼天伝 美禄 秋 雄町50%精米
このお酒は岡山県産の雄町50%精米の純米吟醸で酵母は9号酵母を使っているそうで、美禄シリーズではもっとの新しいお酒です。価格は1升3600円です。お米の値段が高いので割高になっています。
飲んでみたら香りはそれほど華やかではないし、雄町にしてはふくらみが少ないし、切れがシャープで少し雄町らしくがないと感じました。ぜひこの蔵らしい奇麗さがあって、余韻が楽しめるようなお酒を造ってもらいたい気がしました。
ラベルは秋らしく紅葉色の十字線が入っていました。
6. 純米吟醸 蔵の華50%精米
このお酒は蔵の華50%精米の純米吟醸で、酵母は純米大吟醸と同じ宮城B酵母を使っています。造りは純米大吟醸とほぼ同じですが、純米大吟醸は600kg仕込みで、純米吟醸は900㎏仕込みです。でも当然造りの細かいところは違うそうです。
でも価格は大幅に違っていて、純米大吟醸は木箱なしでも1升4500円しますが、この純米吟醸は1升3085円ととても割安です。
飲んでみると香りは純米大吟醸と同じさわやかな香りがして、味は甘みと酸味のバランスが良くとても良いお酒でした。これほど価格が違うのなら純米吟醸でいい気がしました。
特別純米と同じ色の文字ですが、瓶が緑から茶になっていました。
7. 特別純米 生酒
このお酒はNO.2の特別純米の生酒で「なだや酒店」オリジナルの限定200本のお酒です。お店で残っていた最後の1本です。ですから写真はありません。全体写真から見てください。
飲んでみると火入れに比べると口に含んだ時の甘みが強く感じます。香りにフレッシュ感があるけれども、後味の感じは同じでした。火入れは全体に柔らかいけど、生酒は尖った感じがします。どちらが好き化は好みの問題ですね。
8. 美禄 冬 26BY 美山錦55%精米
このお酒は美禄に冬バージョンですから美山錦55%精米の特別純米のはずですが未確認です。26BYの酒でなだや酒店の2℃の冷蔵庫で年、その後5℃の冷蔵庫で1年熟成したもので、たまたま冷蔵庫の中で見つけた最後の1本だそうです。
美禄の冬を飲んだことがないので、新酒との比較はできませんが、このお酒は凄いお酒でした。飲んでみると当たりがすごく柔らかくて含んだ時の味わいがフラットで天鵞絨のようにスルーっと入ってきます。こんなにうまく熟成しているのは、酒質が良いからだと思います。こんなお酒がいつも飲めたらうれしいですね。
この酒のラベルは文字が鼠色で、十字の線薄い青色でした。
以上で飲んだお酒の紹介を終わります。
<まとめ>
今回初めて蒼天伝シリーズをいろいろ飲みましたが、この蔵のお酒の味は非常に安定していて、あたりが柔らかくて軽い感じですが、しっかりと味を乗せてくる飲みやすいお酒でした。
造りの特徴はどこにあるのですかと柏杜氏にお聞きしたら、一番大切なのは原料処理で米の特徴に合わせて丁寧に吸水量を管理することで、やればやっただけの結果がついてくるとのことでした。
柏杜氏は謙遜していますが、とても前向きにチャレンジされているのでこれからが楽しみな蔵ですね。
最後にこの会の関係者がわっと騒いでいるお姿をも見せしましょう。なだやの渡部さんが一番乗っているみたいですね。
南澤さんありがとうございました。また面白い企画がありましたら、教えてください。
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