埼玉県には新しさを感じる若手の蔵があります
毎年10月の上旬に埼玉県酒造組合の主催による大試飲会が大宮のソニックシティでひらかれますが、今年は10月10日の火曜日に埼玉35蔵(登録されている全蔵数)が一同に会しての大試飲会が開かれましたので参加しました。
この会は1部と2部に分かれていて、前半は酒造関係者のための時間で、14時30分から1時間半、2部一般消費者向けでその会場で引き続いて16時から19時半まで行われます。今回は取材を目的として1部から参加し、試飲した酒はすべて吐きする形で頑張りました。でも、1時間半で35蔵全部の試飲はとても不可能だし、16時からは人が多くなりすぎて取材どころではなくなりました。
今回参加して受けた印象は、埼玉の蔵の質が確実に上がっていると思ったことです。例えば川越のある鏡山ですが、昔はうまいけどパンチが強すぎて沢山は呑めない酒だなと思っていましたが、今回飲んでみると味はきちっと残しながら奇麗さが出たお酒に変身していました。柿沼杜氏にその理由をお聞きしたら、自分でもわからないけどお客様の要望を聞いているうちに変わってきたのですと言われたのが印象的でした。これはとても良いことだと思いますが、下手をするとみんな同じような酒になる恐れがあるので、気をつけてもらいたいですね。
埼玉県の蔵のお酒は昔は印象が薄かったので、2008年と2014年にこの会に参加して自分なりに気に入った蔵ののお酒をブログにまとめたことがありましたので、それを下に載せておきます。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-f6ed.html
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2014/11/post-a1ea.html
ここで紹介した蔵は合計で11蔵しかなく全体の約30%にしかなりませんので、今回はもっと紹介したかったのですが、今回は僕が飲んで面白いなと思った蔵の中で比較的若い人が酒を造っている蔵に良いものがあったので、その蔵の現状を含めて紹介することにしました。
1.佐藤酒造店 越生梅林
この蔵は越生梅林のある場所の近くにある蔵で、東武八高線の越生駅から北東に約1.5㎞程行ったところにあり、関東地方全体から見ると平野から秩父の山々の方にちょっと入ったところにあります。近くに越辺川が流れ、日本関東百選に選ばれている「黒山三滝」を源とする奇麗な水がでるところのようです。創業は1844年ですから江戸末期ですが、きっと梅の産地として有名な街のお酒として地元中心に酒造りを続けてきたのでしょう。
ですから冬の時期に日本酒を造り、6月以降より梅酒を造ってきた蔵ですが、日本酒造りにはきちっとしたこだわりがありました。それは、麹歩合を23%として米本来の味を出すこと、低温長期醸造で喉越しの良い酒を造ること、人の目が届く少量生産をすることをモットーとしてきたようです。現在の社長は佐藤忠男さんで、「越生梅林「」という銘柄を立ち上げた人で、千葉県から来た杜氏と共に酒造りをしてきたそうです。
でも、現在は20代を中心とした若手4名で生産量500石の酒造りをしているそうで、いつからそんな蔵になったのでしょうか。実はそれは2011年に「起きた東日本大震災と関係があるそうです。
この方が杜氏の佐藤麻里子さんです。女性のお年を聞いてはいけないけれども、まだ26歳の超若手杜氏です。麻里子さんはこの蔵の長女で昔から酒造りのお手伝いをしていたそうですが、蔵を継ぐつもりななく東京の大妻女子大に行ったそうです。そんな時に東北大震災が起こったのです。蔵の造りは古いので瓦や壁が落ち、まともな酒造りができないと判断し、社長は蔵をやめようと決意したそうですが、家族会議をした結果、子供たち(麻里子さんと弟)が廃業するのを反対し、2人が後を継ぐということで廃業をやめたそうです。
麻里子さんは大学を卒業した後、蔵の杜氏に酒造りを教わり酒造りを始めたのですが、高校時代から酒造りが好きだったせいか、すぐの腕を上げてきたので、杜氏にすることを決めたそうです。ですから酒造りをして4年年目、杜氏になって3年目だと思います。杜氏としての経験はまだ浅いので、どんなお酒を造るのか興味がありました。
杜氏になって最初に作ったのが純米吟醸「まりこのさけ」です。
この酒は女性にも気楽に飲んでもらえるように瓶の容量も500mlと小さくして、デザインの梅のもようを前面に出した女性らしいお酒でしたが、大変評判が良かったけど、今年からは女性らしさを前面には出さない新しいブランドの「中田屋」を立ち上げています。これはどんなお酒なのでしょうか。下に写真をお見せします。
中田屋は特約の酒屋だけに卸すブランドなので、この会にはそのお酒はありませんでしたが、それと同質なお酒が用意されていました。このお酒は「中田屋」と同様に、ラベルの色で原料米がわかるようにされていて、赤は美山錦、青が五百万石、桃色が五百万石と美山錦のブレンド、銀色(?)が山田錦です。僕は飲んだ中で赤の五百万石が気に入りましたので、それを持ってもらいました。
飲んでみますと香りはあまりたたずに、口に含むと優しい甘みが静かに広がり、後味がぱっと切れるのではなく、静かに辛みを伴わないでフェードアウトするお酒でした。一言でいえば女性ら良いお酒と言えます。他のお酒はまだちょっと完成度が低い気がしましたが、酒造りへの彼女のセンスが感じられるお酒と言えます。
子供たちが蔵の後を継ぐことが決まってから、社長は蔵の全面改築をはじめ2年前に最新鋭の蔵が完成し、娘が杜氏としてスタートするという華々しい立ち上がりをしましたが、なんといってもまだまだ立ち上がったばかりの蔵なのですから、暖かく見守っていきたいと思っております。これからどんな変化をしていくのか楽しみです。
気づいた方のおられると思いますが、佐藤麻里子さんの名前は幻舞の杜氏の千野麻里子さんと同じ漢字ですから、良い杜氏になると思いますよ。
2.石井酒造 初緑、豊明
石井酒造は久喜市の近くにある東武日光線の幸手市にあります。ここは日光街道と御成街道の分岐手にあたる、宿場町として栄えたところです。この日光街道沿いの大地主であった石井家が造り酒屋を開業したのが始まりで、創業は1840年ですから、180年近い歴史を持つ老舗の蔵です。昔はお酒を飲む風習が定着していたので、全盛期には5000石という大規模な生産量があったそうですが、昭和の終わりになって次第に生産量がへり、平成のはじめには3000石とになっていたようです。
石井家の当主は歴代才覚があった人が多いようで、5代目は酒類卸業を、6代目が幸手ガス事業を起こし、7代目の前社長の石井明さんは所有する土地を利用してゴルフ練習場G-FIVEを立ち上げるだけでなく、酒事業も生産縮小を見込んで2000年には蔵の改築をしたようです。面白い写真を見つけました。下のURLをクリックしてください。
この石井酒造の写真を見ると、ゴルフ場の写真とスーパーマーケトBELCの写真と石井酒造の写真が一緒に載っています。これから想像すると、蔵の敷地の大部分をBELCに売ったか貸した後に残った蔵を改築して新しい蔵にしたのではないかと想像できます。いやーお金持の蔵のようですね。
でもこの蔵が大きく変わったのは息子さんの石井誠さんが蔵に戻ってからです。誠さんは1987年生まれで、蔵を継ぐことは大学に行く時から決めていたので、経営を学ぶために早稲田大学の商学部に入学されて、卒業後は東京の醸造研究所で3か月研修を受けた後、東京の小山酒造で酒造りを学び、父の助言でガス会社で2年勉強した後、2013年に蔵に戻ってきます。そしてその年11月には8代目の社長に就任することになります。下の写真が石井誠さんで現在30歳です。
これは前社長が蔵を改築した時から思い描いていたことだと思います。その証拠に誠さんが蔵に戻る3年前に若き優秀な蔵人を採用しています。彼は和久田健吾さんといい、2010年に東京農大醸造学部の修士課程を修了した優秀な方ですが、研究より実践をしたいと思い、大学時代に石井酒造を紹介され、社長の明さんと面接をしています。その時、入社したらすぐに酒造りを任せるということを仰ったので、入社を決めたそうです。それは息子が蔵に戻る時までに杜氏として酒造りを習得してもらう狙いがあったからだと思います。そして、息子が戻ったら、酒造りはすべて息子に任せ、自分は社長を退くというシナリオがあったに違いありません。
ですから、2013年の造りから、26才の石井誠社長、27才の和久田杜氏というコンビがスタートしたことになり、若い人たちによる新しい酒造りが始まりました。誠さんは良いお酒を造るだけではなく、埼玉県の酒をもっと世に知らしめることをやりたいと思っていましたので、すぐに2つの新しい企画を立ち上げました。
第一の企画はクラウドファンディングのプロジェクトです。簡単に言うとお客様に資金を出してもらって、その資金で大吟醸「2歳の醸」を造って配布するというプロジェクトだそうです。これは見事に成功し約200万円を集めたそうです。下の写真がその時の「二歳の醸」と思われます。
今でもこのシステムはオーナー制度として残っています。、現在は一人1万2千円で、定員100名でオーナーを募集して、色々な種類の720ml6本と酒粕を配布しています。また2歳の醸はこの名前の権利を宝酒造に渡して2016年には宝酒造から新しい「2歳の醸」のお酒が出たようです。色々なことをする蔵ですね。
次に打ち出した企画は「埼玉SAKUダービー」です。これは埼玉県にある二つの蔵が、水、米、精米歩合、種麹、酵母を同じの酒を造って、どちらのお酒が旨いかをお客様に決めてもらうものです。自分お蔵のほかには和久田さんの先輩の鈴木隆広さんが杜氏をしている久喜市の寒梅酒造が選ばれました。これはどちらが人気があったかが大切ではなく、これにより、2つの蔵の酒の知名度を上げるの目的のようです。でも酒の銘柄を石井酒造の酒を「彩の原石 幸」とよび、寒梅酒造の酒を「彩の原石 喜」としたのは、埼玉県には良い酒があるよと叫んでいる感じがします。
この蔵は新しい体制ができてからまだ3造りしかしていませんので、お酒の酒質を問うのは少し厳しいかもしれませんが、今年の全国新酒鑑評会で初めて金賞を取っていますのでとても楽しみです。どんなお酒を造っているのでしょうか。
この会場では豊明と初緑のお酒を飲みました。初緑はアルコール添加した吟醸酒で、山田錦や美山錦を使った原則9号酵母のお酒ですが、豊明は純米酒で埼玉県産のさけ武蔵を使い埼玉酵母を使っています。埼玉酵母はAからHまで色々あるそうで、目的に合わせて、使い分けているそうです。ここでは豊明の純米吟醸の花火を飲みましたが、甘みがあって香りはイソアミル系のさわやかな香りのあるお酒でした。
ここのお酒のイメージはまだはっきりしないところがあるので、どんなお酒を狙っていますかとお聞きしたら、色々なタイプのお酒を造りながら色々と試している時期ですと言われたように、酒としてはこれから変化しながら定着していくものと思われます。蔵の生産量はまだ200石だそうですから、これからじっくりと立ち上げていくのでしょうね。
3.滝澤酒造 菊泉
この蔵は深谷市の旧中山道沿いの、JR深谷駅から数百mのところにあります。ここは古くから宿場町として栄えたところですので、多くの酒蔵があったものと思われます。この蔵の創業は1863年に小川町で行い、明治33年にここに移転してきたそうですから、ここで他の蔵と競い合って生き残った蔵だと思います。
ですから今でも昔の風情を残した蔵で、インターネットで見ると蔵の母屋の写真のような、昔の趣のある姿をしていますが、蔵そのものは赤レンガ造りだそうです。その後どのように成長したかはわかりませんが、現社長の滝澤常昭さんは、地域のロータリークラブや深谷商工会議所の役員をされている方のようです。
現在は息子さんの滝澤英之さんが専務取締役・杜氏として酒造りを一手に引き受けてやられているようです。 英之さんは蔵元の長男として生まれましたが、若い頃は酒造りをするつもりはなかったそうです。でも親からはお前は後を継ぐもんだと言われていたので、最後はそうなるのかなとは思ったそうですが、大学に行くときはそのつもりは全くなく、早稲田大学の教育学部に入ったそうです。大学3年生の時に漫画の「夏子の酒」を読んだ時に、昔の蔵の光景が思い出され、酒造りは面白そうだと思ったのが酒造りをする切っ掛けになったようです。
大学卒業後は福生市にある石川酒造に3年間お世話になり酒造りを勉強し、その後広島の醸造研究所で1年間研修を積んで、1994年に蔵に戻ってきました。蔵には南部杜氏がおられて、その方にみっちり酒造りの指導を受けたそうですが、石川酒造の杜氏は越後杜氏で、南部杜氏とは細かいところでだいぶ違ったので、最初は大変戸惑ったそうです。それでも南部流の酒造りを勉強していくうちに、その違いの良いところが判ってきましたが、基礎となっているのは南部流の方法だそうです。
結局9年間南部杜氏の下で勉強した、1996年から杜氏になって、全ての酒造りを任せられたそうです。でも最初の1-2年は思った酒だできず、それまで4年間全国新酒鑑評会で金賞を取ってきたのに、自分が杜氏になってからは3年間金賞は取れなかったそうです。でも4年目になってやっと安定した酒が造れるようになって、その後は連続して全国新酒鑑評会で金賞が取れただけでなく、、IWCの鑑評会でも金メダルを取れるようになって、現在に至っています。
前述した2つの蔵では若い人が簡単に杜氏になったかと思うと、英之さんのように12年の下済みを経てやっと杜氏になった人がいますので、単に杜氏と言ってもその実力を測ることは難しいように思えます。でも長年の経験によって身につくことはいっぱいあると思うので、英之さんがどんな酒を造っているのかは大変楽しみでした。
この方が滝澤英之さんで、現在46才ですから決して若手ではありませんが、敢えて選ばせていただきました。この蔵はどんなお酒を造っているのでしょうか。
この蔵の酒たるブランドは菊泉で、菊のように香り高く、泉のように清らかな酒という意味だそうです。その主力製品は「菊泉 さけ武蔵吟醸生原酒」でした。この酒はさけ武蔵60%精米で、アルコール度18%、日本酒度1.5、酸度1.2のアルコール添加の吟醸酒です。飲んでみると口当たりがとても良くてさわやかな香りがあるけど、アルコールの強さを感じない驚きのお酒でした。これは技術のなせる業だと思いました。英之さんはさすが、腕のいい杜氏になっておられましたね。
もう一つ見つけたお酒が「菊泉 ひとすじ」です。このお酒は今年発足したAWA協会が認定するスパークリング酒で、2016年に発売を開始したお酒です。このAWA協会の認定基準は大変難しく、この協会に参加しているのは生産高が2000石を超える蔵ばかりで、生産高500石の滝澤酒造が参加することは凄いことです。でもこれができたのは偶然ではありません。2010年にはこれの基になる瓶内二次発酵の発泡酒「彩の淡雪」を発売していたので、これを改良して完成させたそうです。
原料米はさけ武蔵60%精米、アルコール度12%、日本酒度ー26、酸度4.3というお酒ですが、僕が飲んだことのある水芭蕉や七賢に決して劣らない素晴らしいお酒だと思いました。この技術も簡単にできるものではないのにちゃんと完成させているのはただものではないですね。これからどんな酒が飛び出してくるのか楽しみです。
4.権田酒造 直実
この蔵は熊谷市にある老舗の蔵で創業は1850年です。この地は平安時代に武将・僧侶として活躍した熊谷次郎直実が有名ですが、その名前を取ったお酒「直実」を主要銘柄としています。
いつもは社長の権田清志さんがおられるのですが、今年は息子さんの権田直仁さんがおられました。直仁さんは東京農大の醸造学部を卒業後スーパーで働いていたのですが、4年ほど働いたのち、親が帰って来いというものですから、今年から蔵に戻ったばかりで、まだ造りはやっていないそうです。
持っていただいたのは特別純米さけ武蔵です。地元のさけ武蔵60%精米、9号酵母を使った純米酒で、アルコール度数15%、日本酒度+5、アミノ酸1.5、と言っていましたが、飲んでみると全く辛みを感じない、どっしり味のあるけど飲みやすい不思議なお酒でした。これをお燗をするとさらに旨みが出て楽しいお酒に変身しました。これは今どきのお酒ではない良いお酒です。
お父さんの権田清志さんは熱血漢で酒造りの熱い思いを持った人なので、その血を引き継いだ直仁さんにはこれから大いに活躍してもらいたいと思います。
以上で僕が推薦する4つの蔵の紹介を終えます。佐藤酒造店以外はすでに1回紹介した蔵ばかりですが、新しい情報がいっぱいあったので、少し詳しく紹介さていただきました。また、権田酒造の直仁さんはこれからの人なので、簡単な紹介に終わらせていただきました。
このほかにも注目すべき蔵として、寒梅の寒梅酒造、帝松の松岡醸造、天覧山の五十嵐酒造、力士の釜屋酒造などが良かったとおもいますが、こまた次の機会に紹介させていただきます。
最後にこの会に注文を付けるとしたら、1部の開始時間をもう少し早めて、2時間以上取っていただきたかったです。よろしくご検討をお願いいたします。
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