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2017年2月24日 (金)

酒母造りについてまとめてみました(最新情報もあるよ)

先日銀座NAGANOの日本酒講座で麹造りを勉強し、長野県の丸世酒造店で麹造りの体験をし麹造りの難しさが少しわかった感じがしました。銀座NAGANOではそのあと引き続き酒母と醪の造りも勉強しましたが、現在どんな酒母造りをしているかの説明はあったのですが、どうして今の形態になったか、その理論的根拠や背景は何かの説明はありませんでしたので、それなら自分何りに酒母造りとは何かを勉強しようと調べてみました。特にブルーバックス社の和田美代子著の「日本酒の科学」と新政の佐藤祐輔さんのブログを色々と参考にさせていただきました。 

 酒造りでは昔から「一麹、二酛、三造り」と言われてきたとおり、酒造りの重要な手順は麹造り、次に酛(酒母造り)、そして醪を仕込む「造り」ということです。麹造りはお米からお酒の原料となる糖、アミノ酸、脂肪酸を作る工程を言い、どんなタイプのお酒を造りたいか、そのためにはどんな麹をどのタイミングでどのくらい投入すべきかを考え、麹のタイプ、アミノ酸の量など色々なことを制御しながら作るのが麹造りであることを知りました。これについては前回のブログでまとめてありますのでご覧ください。 

http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2017/01/post-1bb6.html 

<日本酒の発酵の工程について> 

麹ができればあとは酵母を投入してアルコール発酵させればアルコールができるはずなのに、ワインの場合とは違ってまず酒母を作ってそのあと3のステップにわけて麹や蒸米を投入して徐々にアルコール発酵させていきます。どうしてそんな複雑な工程がいるのでしょうか。岡さんが造った酒造りの全工程をお見せします。こんなに複雑なのです。 

Dsc_0500

この図で注目してもらいたいことがあります。日本酒の発酵は4つの工程に分かれています。まず最初に酒母と呼ばれる酛を作る行程と、酒母に添麹、水、蒸米を加えて発酵させる初添えの工と、初添に仲麹、水、蒸米を加えて発酵させる仲添の工程と、仲添に留麹、水、蒸米を加えて発酵させる留添の工の4つあります。この4つの工程が完了してから醪を2週間から1か月かけてゆっくりと発酵させる最終工程に入ります。最初に作る酒母の工程に使用するお米の総量は全体の7に過ぎなく少量ですが、重要な役目を持っています。 

この4つの工程の中で酵母を入れているのは最初の酒母の段階だけです。酒母の役割はアルコール発酵に必要な酵母を大量に増殖させることにあります。ですから酒母の役割はアルコールを作ることが目的ではなく、それ以降の工程のアルコール発酵が健全に進むような環境をつくることにあり、非常に重要な工程です。ですからお酒の母、酒母と呼ばれているのです。 

では酒母はどのように作られるのでしょうか。そのためにはまず酵母について考えてみる必要があります。 

<日本酒に使われる酵母について>

一般的に酵母は酸素があると糖を分解しエネルギーと炭酸ガスと水を作りますが、酸素が少ない環境だとエタノールと炭酸ガスと水を作るようです。この特性を使ったのが酵母によるアルコール発酵です。
 

酵母は単細胞の微生物で、果物の皮や樹液や葉のつぼみなど自然界のありとあらゆるところにいるようです。パン造りの酵母もその一つですし、味噌用の酵母、醤油用の酵母もありますが、アルコールはほとんど作らないようです。アルコール発酵する酵母にもいろいろあります。ワインには「ワイン酵母」、焼酎には「焼酎酵母」があるようです。日本酒造りに適した酵母は自然界にある野生酵母から生まれていて、昔は特定できていなかったようですが、明治時代に入って日本醸造協会が、色々な蔵に住み着いている酵母を採取して純粋培養して協会酵母として配布するようになってきています。また今では各県の醸造研究所で独自に開発した酵母もあります。協会酵母を下記に示します。 

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意外に思われる方が多いと思いますが、ワイン業界では酵母の研究はあまり進んでいなくて、最近の研究で初めて注目され始めたようで、日本の酵母の研究は世界一進んでいるといえます。 

日本酒用酵母はこの表以外にもたくさんの酵母がありますが、これらには共通した特徴があります。それはアルコール耐性がつよく、アルコール濃度20%近い高濃度のアルコールが造れることです。でもこの酵母は欠点があります。それはこの酵母は他の微生物と一緒にいるとその微生物に淘汰されるほど弱いことにあります。でも酸性の環境に強いという特徴があるので、酸性の環境にしてやると、微生物は酸性に弱いので酵母の増殖の都合がよい環境となります。 

それではその環境をどのように作るのでしょうか。現在ではその環境は乳酸を多くしてPHを4ぐらいにすればよいことが判っていますので、酒母を作るときに前もって乳酸を投入することが一般的になっています。この方法の酒母を速醸系酒母とよびますが、それについてはのちに詳しく説明します。でも。乳酸菌や乳酸のことを知らなかった昔はどのようにしていたのでしょうか。昔から日本酒は造られているので、何か方法があったはずです。 

<室町時代の日本酒の酒母> 

日本では奈良時代には日本酒が造られていたことは。万葉集にも書かれていますし、その時代には麹による酒造りが始まっていたと書いてある文献もあります。平安時代には米、麹、水で仕込む方法が開発されいくつかの種類のお酒が造られるようになりました。でもその頃のお酒は1段仕込みなので、まだ酒母の概念はなかったようです 

室町時代になると酒造りの技術も進歩し、乳酸発酵の応用、木炭によるろ過、火入れ、段仕込みの方法ができたようですが、酒母の概念が明確になったのは奈良の菩提山正暦寺のお酒の「菩提泉」が最初と言われています。それではそれはどんな方法だったのでしょうか 

ずいぶんと変わった方法でした。新酒を作るのに残暑の暑い日を選び、いかきという籠の中に生米9割、蒸米1割の比率で入れて水の中に3日間浸しておくと酸性で泡立った「そやし水」ができます。この水を仕込水として使って麹や蒸米(水につかっていた白米を蒸したもの)を投入してお酒を造るそうです。このそやし水は乳酸菌が造った乳酸が多く含まれた水で、その後の研究でPHが4になっていたことが判明しています。気温の高い時期の方が乳酸菌が良く増殖して素早く乳酸ができるからいいそうです。当然酵母は自然に入ってくる酵母です。 

この方法は菩提酛といわれましたが、この技術が引き継がれたて江戸時代になって水酛と呼ばれて広く使われるようになったようです。水酛はほとんど菩提酛と同じ方法ですが、気温の温暖な地域での酒母の製造方法として広まったようです。でも安定性が悪く、混入する微生物の種類によって酒質が大きく変わる欠点がありましたが、江戸時代には夏場に作る酒の方法として使われてきました。でも明治時代に入って次第に衰退したようです。 

<寒酛いわれた生酛系酒母 

現在生酛と言われている酒母造りが生まれたのは正確にはいつ頃であるか不明ですが、堀江修二さんが書いた「日本酒のきた道」の本の中に、江戸時代の初期に書かれた酒造りの秘伝書である「童蒙酒造記」の中に菩提酛や後の高温糖化酒母の基になるいわれる煮酛や生酛仕込みの基になる「寒仕込み酛」の方法が記されているそうです。生酛の基になる方法は江戸時代の初めには存在していたと思われます。 

生酛と呼ばれたのは明治の末に速醸酛が開発されたときだそうで、江戸時代には「寒酛」と呼ばれていて、明治の初めは「普通酛」と呼ばれていたようです。ではその方法を説明しましょう。 

寒造りとは寒前の11月から立春までの約90日間に造りを言いますが、12℃から15℃位になった蒸米と麹と仕込水を半切りの桶に入れて、5℃から7℃の低温で仕込みます。水が十分米に吸い込まれて、水がなくなったときに木片で均一に混ぜ合わせる「手酛」という作業を2-3時間ごとに、長い時は20日くらい長期にわたって行い、そのあと半切りに入っている酛を酒母タンクに移して3-4日低温(6-7℃)に保つ打瀬(うたせ)という期間を設けます。 

その後湯たんぽの役目をする暖気樽(だきたる)投入して加温操作とともに乳酸菌を増殖させていきます。そして乳酸菌が十分に多くなったころから蔵付き酵母が増殖するというjことのようです。 

この工程の状況を科学的に示した図を大七酒造が出していますので、それをお見せします。これによると打瀬の期間に硝酸還元菌が増えて亜硝酸が生成し、野生酵母などの雑菌を抑え込んだ後暖気樽による加温で乳酸菌を徐々に増やしていくと、最後に家付き酵母が増大し、できたアルコールによって乳酸菌は次第になくなっていくというわけです。 

このとき発生する乳酸菌は2種類あるそうで、ヨーグルトのようになるそうですが、両方の菌ともアルコールに弱く、酵母が元気になりアルコールを作り始めると死滅するそうです。せっかく頑張ったのに何か可哀そうですね。 

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ですから、低温でじっくり米を溶かす過程で還元硝酸菌を増やすところが肝となっていますが、昔の人は理論はわからないけど、体験的にこの方法を見つけ出したのだと思います。 

<生酛系酒母>

実は生酛酒母造りは寒仕込み酛とはちょっと違っていて、手酛の時に櫂を入れてすりつぶす作業をすることにより、ここの工程の効率を上げた方法をいい、この方法は江戸時代の中頃、丹波杜氏により灘で確立されたと言われています。まさに日本発の世界に冠たるバイオテクノロジーと言えます。 

この話にはまだ先があります。櫂を入れる作業は一つの半切りの桶に2-3人が一組となり、櫂で根気よく擦り潰すので「酛擦り」とも呼ばれますが、「山卸」作業と呼ばれています。山卸では全員で「酛擦り唄」を歌ってリズムを合わせて長時間にわたって作業するので、大変な作業だったのです。この山卸の作業をやめることが可能なことが判ったのは明治後半のことだったのです。 

<山廃酛>

明治42年に醸造研究所の嘉儀金一郎技師が山卸作業をしなくても麹の酵素の力だけで米を溶かすことができることを明らかにしてできたのが「山廃酛」です。山卸作業を廃止できたので「山廃」と言います。具体的には麹の酵素が染み出した液を蒸米に何度も掛ける「酌み掛け」をして麹の力だけで溶かす方法です。ですから山廃では汲水が多く、水でシャバシャバになるので、いっぺんに混ぜ合わすことができ、生酛のように水分の少ない酛をかき混ぜるのとは違い作業が楽になります。これにより今まで生酛しかなかった方法がより簡単な山廃酛が普及することになります。 

ですから生酛も山廃酛も同じ生酛系的酛と分類されていますが、生酛と山廃の違いは櫂いを入れるかどうかだけでなく、酛の作り方にありそうですが定義は曖昧なように思えます。 

最近になって新政酒造の佐藤祐輔さんが新しい生酛を開発しました。それは寒仕込み酛に近い方法で、「手酛」の作業のタイミングで、ポリエチレンの袋に米と麹と水を入れておいておくと櫂を入れなくても酵素の力で米が自然と解けるそうです。このとき、手で混ぜながら膨張した麹を押しつぶすことはするそうです。昔はコメの精米が悪かったので櫂を入れないとなかなか溶けなかったのですが、40%精米だと手で押しつぶすくらいでゆっくり溶けるそうです。櫂を入れると早く溶け過ぎて硝酸還元菌が十分に活躍する前に糖化が始まるのでうまくいかないそうです。だから新政の酒母の米は櫂を入れなくてもうまく硝酸還元菌が増殖して乳酸菌が育つ環境ができるように、全部40%精米になっているのです。知っていましたか? 

その方法をある講演会で行われた佐藤祐輔さんの講演の要旨をブログに書いてありますので興味のある方は見てください。
http://syukoukai.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-d8e7.html 

ですから祐輔さんの生酛は麹の力で米を溶かすという点では山廃に近い方法ですが、原点は寒仕込み酛にあるので、生酛と言った方がいいのでしょう。佐藤さんの説明では硝酸還元菌による亜硝酸反応は雑菌を殺す重要な反応ですが、硝酸イオンが少ない軟水では起こりにくいので、無機塩類を添加するといいそうで、今では山廃酛はこれが標準になっているようです。佐藤さんはもともと人工的に作られたものを添加することが嫌いなので、きっと硬水を運んで使っているのではないでしょうか? 

これで生酛系酒母の説明は終わりますが、昔は酵母添加はしないで蔵付き酵母が増えてくるのを待ちましたが、今では生酛でも山廃でも暖気加温が終わり十分乳酸菌が増えた段階で酵母を入れるのが普通になっており、新政でも6号酵母を添加しています。現在の新しい蔵では清潔な環境になっているので、蔵付き酵母を引き入れることが難しくなっていますが、木樽を使えば可能になると思われますので、木樽の得意な新政では近いうちに蔵付き酵母が標準になるのではと期待しています。 

<速醸系酒母>

生酛系酒母は自然発生する乳酸菌を育てて、乳酸菌が出す乳酸の力で、酵母を保護する環境を作っていますので、頭のいい人なら人工的に製造した乳酸を入れれば、もっと簡単にできると思た方もいると思います。まさにその方法が明治42年に醸造試験所の江田鎌治郎さんが生酛作りに代わる乳酸を投入する速醸酛仕込みを発表しました。 

でもこの方法は江田さんが最初の発明者ではなく、もっとずっと前の明治27年に現在新潟になる福酒造の岸五郎さんが乳酸を投入方法を発明しています。今から考えると当たり前の方法かもしれませんが、日本酒醸造の世界では画期的な発明でした。 

日本酒の科学の中にわかり易い図がありましたのでお見せします。この図では速醸酛はは12日間、生酛系酛は25日と書いてありますが、速醸酛は2週間、生酛系酛は1か月と言われていることが多いようです。 

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速醸酛も生酛系酛も乳酸を利用している点では同じですが、出来上がったお酒は少し違うようですがその 理論的背景を調べてみました。生酛で育った酵母は発酵力が強いそうです。生酛で育った乳酸菌は米由来の脂肪酸であるパルミチン酸とリノール酸のうちリノール酸を優先的に消費するので、パルミチン酸が多く含む酵母となるそうです。この酵母ははアルコール耐性の強い酵母なので、醪発酵の終盤でも発酵力が強くアルコールを作っていくので、辛口に適していると言われています。でも精米度が上がった最近のお米ではもともとの脂肪酸が少ないので、今ではこの効果は少ないのではないかと思います。 

次はアミノ酸の量の違いです。生酛は速醸もとより3倍アミノ酸が多いと言われています。それはどうしてでしょうか。お米の中の蛋白質はペプチド(アミノ酸がいくつかくっついたもの)に分解された後、アミノ酸に分解していきます。速醸酛と違って生酛は乳酸菌が生育するまではPHの低い時期がありこのときはペプチドが多く生成し、PHが4以下になるとアミノ酸へと分解するようにです。そのため生酛はペプチドを多く含むことになります。これが味わいの違いになるようです。 

最後に速醸酛の工程をしまします。銀座NAGANOの講座で教わったものを見ていただきます。 

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生酛では最初6-7℃くらいの冷たいところから始まりますが、速醸酛は18-20℃くらいの比較的高い温度で水と麹と乳酸と酵母と無機塩類を入れて水麹を作り、麹から酵素を十分に溶かしだしたところで蒸米を投入して、汲掛という工程に入ります。ここで蒸米を溶解糖化の促進をさせるようです。つぎに 温度を8-10℃まで冷却する打瀬に入るのですが、どうしてこれが必要なのかは佐藤祐輔さんが書いていますので紹介します。 

速醸酛を開発した江田さんは打瀬の必要はないという理論でしたが、秋田県の醸造試験所の花岡先生が「生モト・山廃みたいに、はじめに温度が低い状態から速醸酒母をスタートすれば、低温状態で酵母を休眠させたまま、先に米を良く溶かすことができるので、その後、温度を上げて酵母を繁殖させるのが良い」と言われたのがきっかけで打瀬の工程を採用することが普通の方法となったようです。 

そのあとに部分的に加温して糖化を促進させますが、暖気樽を使わないでタンクの下に電熱器などで加温すると所も多いようです。最後には20℃くらいまで加温して酵母を増殖させ、使用する前には冷却して酵母を休ませます。枯らし期間は使用するまでの期間で、速醸は生酛よりも酵母の死滅が早いので、枯らし期間は5-7日間程度にするようです。生酛の場合は1か月位たっても使えるそうです。 

酒母には高温糖化酒母もありますが、今回は省略させていただきます。以上で酒母のお話を終えますが、皆さんの参考になれば幸いです。

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2017年2月13日 (月)

丸世酒造店で酒造りの体験報告

銀座NAGANOが主催する長野県の蔵での酒造り体験として、2月1日に長野県の中野市にある丸世酒造店に行ってきました。朝5時に起きて大宮駅6時40分頃のかがやき501号に乗り長野駅へ、そして長野駅で長野電鉄に乗り換えて、信州中野駅に着いたのが8時42分、そこからタクシーで蔵についたのが約9時ちょっと前でした。 

下の写真が蔵の入り口で、縦に細長いレイアウトの蔵でした。 

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蔵は明治3年の創業で約140年の老舗の蔵ですが、生産高は150石以下のとても小さな蔵でほとんど家族だけで造りをしています。社長は関康久さんで、ずっと杜氏として造りをしてきましたが、2年前の造りから息子さんの関晋司さんが製造部長(実質杜氏)をされています。 

蔵につきましたら、関社長と奥様、関部長の奥様とそのお子さん2人が家族ぐるみで出迎えてくれました。まさに暖かい家族に囲まれたという感じでした。 

その日の作業は9時半から始まりましたが、その実体験作業は以下の通りでした 

.純米大吟醸用の麹米の蒸とさらしと麹室への運搬  

2.留用の蒸米の蒸しあげ、さらし、投入  

3.純米大吟醸の仲添え用麹米の種切と床もみ  

4.純米大吟醸の留添え用麹米の洗米と浸漬  

5.和窯のお湯の利用と洗浄  

6.翌日の絞りのための準備作業:タンク、ポンプ洗浄など  

7.純米大吟醸用仲添え麹米の切り替え 

作業は銀座NAGANOの生徒3人と、お付き添いの玉岡さんの4人でしたが、実は作業そのものの写真は自分自身が作業しているので取ることができませんでしたし、麹室の中は汚れを持ち込むということで撮ることができませんでしたので、装置の写真と僕が作業をした内容の説明だけになってしまうことをお許しください。 

それでは順に説明します。 

.純米大吟醸用の麹米の蒸とさらしと麹室への運搬 

現場に行ったら和窯に木製の甑で、250kgのお米が蒸されていました。 

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この甑の中には上段に純米大吟醸の仲仕込み用の麹米が40kgと下段に純米用の留用の掛米210kgが入っています。最初に麹米を放冷機で冷却する時に蒸米が固まらないように手で解す作業をしました。 

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これが木製の放冷機で蒸米を一番上に載せて下に落としていく際に人が両側に立って手でもみほぐしていきます。斜めの部分の上部は金網でできていて、下の写真のFANを回して空気を吸い込んで冷やします。 

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麹室に引き込むお米の温度はたぶん33℃から35℃ぐらいですから、FANは作業の中ほどで数秒回すだけでした。蒸米は手で触ってちょうどいい温度でしたし、1回の量は15kgぐらいずつやるので、解し作業もそれほど大変ではありませんでした。ポリバケツで受けて冷えすぎないうちに急いで麹室に走って運ぶ必要がありました。 

下の写真は作業が終わって奇麗にしているところだと思います。 

Dsc_0138_2

2.留用の蒸米の蒸しあげ、さらし、投入 

麹米のさらしが終わると250kgの留用の蒸米を同じ放冷機でさらしますが、今度は1回の40kgをさらして上の写真で見えるようら布を巻いた籠で受けてそれを肩に担いで、留用のタンクまで運びます。男性の2人がこれを受け持ちました。年寄りの僕にとってはこれは結構つらかったです。 

下の写真が留用の蒸米を投入したタンクで、台の上で社長が蒸米を受け取り投入してくれました。後でこのタンクの櫂入れをしましたが、大変重かったです。この段階では確かに櫂入れは必要な気がします。 

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蒸米の温度は10℃以下にするので冷却用のFANは回し続けます。蒸米の量も1回の40㎏ですから量も多いし、冷えて硬くなるので解すのに力が必要で結構疲れる作業でした。通常この作業はスコップで蒸米を掘る人以外に4人でやるそうですが、今回は6人でやったので、かなり楽との話でした。普段はきっと両奥様も含めて家族全員でやるのでしょうね。 

蒸米は高温の蒸気にさらされているので、結構さらさらしていますが、最後に出てきた蒸米はべとべとして手に糊のようにまとわりつくので、大変でした。普通の蔵では連続放冷機で冷却と揉み解しを機械でやるのでこの作業はないようです。 生産量が少ないからこの方式でやるのだそうです。

3.純米大吟醸用仲添え麹の種切と床もみ 

正面の扉が麹室です。麹室は1部屋で床(とこ)が中央にあり、壁際に箱が詰めるような棚置き場がありました。種きりと床もみの時は室の温度は35℃にしてあるけど、床もみが終わったら30℃に下げるそうです。ですから盛りの期間に一時的に室温を上げることになるので、盛の温度管理が難しいのかなと思いました。 

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麹室に運び込だ蒸米は社長がすでに床に広げておいてくれましたが、まず床全体の蒸米が均一の温度になるように高さをととのえました。そのあと晋司さんが麹菌を巻く種切を行い、いよいよ床もみです。 

床もみは麹菌が均一に付くように底の蒸米をひっくり返すように混ぜてますが、蒸しの温度が32℃以下にななるまで、何回も床もみを繰り返します。5回くらいやってやっとOKが出たので、蒸米を床の中央に山になるように積み上げて、温度が下がらないように何重にも厚手の布を重ね、中にアトロンと呼ばれるビニールをかけ、温度計を入れてさらに包んで終わりです。肉体的にはどれほどつらくはありませんが手早くやる必要があるそうです。 

最後に床からこぼれたお米やごみをホーキで集めて終了しました。雑菌が入らないことと掃除が大切なようです。 

4.純米大吟醸の留添え用麹米の洗米と浸漬 

通常、洗米は大吟醸でも洗米機を使うのですが、今回は体験ということで完全に手洗いの洗米と浸漬を行いました。お米を籠に入れて手でごしごし洗うのかと思たら、布製の袋にお米を13-14kg入れてポリ製のたらいの中で布を大きくゆすって洗浄するやり方でした。浸漬までの手順を示します。 

1.盥の中で30秒袋を強く揺らして洗米をする
2.袋を外に出して、袋の表裏を15秒ごとにシャワーをかける
3.また盥に入れて1分間袋を揺らして洗米する
4.また袋を外に出して、袋の表裏を30秒ごとにシャワーをかける
5.浸漬用の盥の中に袋を沈めて9分浸漬させる。
6.浸漬の途中、4分半で袋をひっくり返す、
 

この作業は思ったほど疲れませんでした。 

5.和窯のお湯の利用と洗浄 

和窯の残ったお湯は全部捨てて、窯の内部を水で洗浄するのですが、ただ捨てるのはもったいないので、お風呂のお湯として使うために運びました。このとき初めて和窯の内部を見ることができましたので、紹介します。 

甑の内部の写真でお米を受けるためのすのこと蒸気を分散させる分配器が見えます。この上に袋の入った疑似米を並べ、その上に210㎏の掛米を入れ、その上に40KGの麹米を入れて蒸したようです。 

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 甑の下は中央に穴が開いている丸い厚板を置きます。この板が蒸気で持ち上がらないたに窯に強く密着するように留め金で窯と厚板を締めます。この写真は厚板の上に小さな甑を載せた時の写真です。

Dsc_0158

下の写真はこの厚板を取り付ける作業をしているところです。

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この厚板の下には蒸気を均一に中央から出すための分散盤がありました。 

Dsc_0145

以上で和窯の紹介は終わりますが、和窯の中は結構色々な工夫がされているのですね。普通の甑は乾燥蒸気を導入するために蒸気を再加熱する必要があるいますが、和窯は和窯の上の部分で加温されて乾燥蒸気となるので、再加熱がいらないそうです。 

6.翌日の絞りのための準備作業:タンク、ポンプ洗浄など 

下の写真のポンプは澱のあるお酒を搾り機に送るポンプで、これを水で洗浄しているところです。まずポンプを置く場所の洗浄をやり、そのあとホースの内部の洗浄をやってから、ポンプにホースをつないでポンプを動かしてポンプ内部の洗浄を行い、作動の確認をしました。そのあとまたこの場所の洗浄を行って終了しました。 

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搾り機からでるお酒を受けるステンレスタンクを置くコンクリートの穴がありました。このコンクリーとの内部も布で水洗いをしました。下の写真が搾り機ですがこの手前にコンクリートの穴があってタンクを入れられるようになっていました

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下の写真が正面から見た縦型の薮田のような構造をした搾り機で、僕は初めて見ました。この搾り機の左側に受け用のコンクリートの穴があります。 

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洗浄に始まり、洗浄に終わるほど、洗浄には気を付けているのですね。

7.純米大吟醸用中仕込み麹の切り替えし
 

夕方になって、朝に取り込んだ純米大吟醸の仲添え用麹の切り返しをおこないました。床もみの後の山の温度は32℃と包んだときと同じ温度でした。これを崩して床に広げて、麹米がバラバラになるように切り崩す作業でしたが、それほど大変ではありませんでしたが、手際よくやる必要があるそうです。それが終わるとまた山にしてきっちりと保温して終わりです。 

壁際にあった箱の積み替えを晋司さんが行いましたが、箱の中の麹の温度は44℃もありましたので、積み替えるとき少し厚みを薄くすると同時に箱と箱の間に空箱を入れていました。その説明はありませんでしたが、この日の夕方に僕たちと懇親会があるので、温度を高めにしていたそうです。積み替えは一人でやるほうがいいそうです。それは体感的の箱の麹の温度がわかるからだそうです。また仲仕事の時の麹は青臭い香りがしましたが、仕舞仕事の時にはなくなると教えていただきました。 

仕舞仕事は夜9時ごろ行うそうですが、最高積み替えは夜の11時ごろになるそうです。仕事の手順を前もっていろいろ考えて、次から次へと準備する必要があるのですね。 

以上で蔵での体験作業を終えることができました。蔵の内部の紹介はあえてしませんが、設備的に新しいものは何もなかったけど、古くからある設備でも気持ちを入れて使いこなせば、良いお酒造りはできるのだということがよくわかりました。この蔵で一貫して貫かれていたのが清潔感でした。古くてもきれいに保つことの大切さを知りました

晋司さんありがとうございました。 

五時半ごろから信州中野駅の近くにある和喜多という料理店で晋司さんと一緒においしいお酒とお料理を楽しみましたが、その中身については省略しますが、素敵なお店でした。 

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 こんな田舎の町でも日本全国のお酒が飲めるなんで、すごいところです。 

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面白い料理が出ましたのでお見せします。えのきだけを揚げたものですが、このお店用に短く丸く育てたえのきだけだそうです

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最後にこの企画をして準備していただいた玉岡さんと蔵の作業の指導をしていただいた関晋司さんに厚くお礼申し上げます

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