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« 松崎晴雄が語る9号酵母の誕生の歴史と功績 | トップページ | 酒千蔵野は外観は変わらないが中身は進化していた »

2016年10月27日 (木)

尾澤酒造は小さいけどアイデア満載の蔵でした。

尾澤酒造は長野県信州新町にある小さな蔵で地元では美寿々錦、首都圏向けには十九という銘柄のお酒を出しています。この蔵のお酒を知ったのは練馬のたつなみ酒店で扱っていたのがききっかけでしたが、この酒店で働いていた横川さんが店長の上田さんの勧めで尾澤酒造に蔵人として入ることになったので忘れられない蔵となりました。それまでは横川さんとは上田店長を囲んだ日本酒の会でよく一緒にお酒を飲んでいましたし、彼が将来は酒造りをしてみたいと常々言っていましたので、蔵人になることは驚かなかったけど、その頃は数十石しか生産していないあまり知られていない蔵でしたので、とても驚いたことが思い出されます。 

当時の十九のお酒は酸味が強くて荒々しいけど、何か面白いお酒でしたが、毎年味が変わるので、あまり飲んでいませんでした。最近飲んだらとてもきれいなお酒に変身していたので驚きました。どうしてそんなに変わったのかを知りたくて、長野メッセinNagano の翌日に蔵を訪問しました。蔵の杜氏(正確には製造責任者)している尾澤酒造の社長の奥様の尾澤美由紀さんと蔵人の横川敏隆さんが気持ちよく迎えていただきました。 

下の写真は社長の尾澤俊昭さんと専務取締役・杜氏の美由紀さんです。美由紀さんが目をつぶった写真しか取れなくてすみません。美由紀さんは平成4年にこの蔵にお嫁にきて南部杜氏の酒造りをお手伝いしながら酒造りを勉強していましたが、平成10年に蔵が一時休業することになります。それを復活させるために、平成13年に長野県醸造研究所の所長の馬場先生に指導を受けて勉強し、平成13年度から酒造りの杜氏として酒造りをしています。 

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蔵人の横川さんの写真もお見せしましょう。この蔵に来たのが平成16年なので、すでに12年のベテラン蔵人になるそうですがまだ独身です。、蔵の力持ちとして頑張っていますが、分析室の主として細かい作業も得意だそうです。誰かいい人がいたら紹介してください。気は優しく力持ちです 

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まず蔵の紹介をしましょう、。創業は江戸時代後期の1820年ごろだそうです。その頃はこの地は麻の一大産地で、船を利用して京都まで運んでいたそうで、尾澤家は麻問屋として活躍した庄屋さんだったようです。ですからお米が手に入ったのでお酒を造ったら地元の人に重宝がられたのが始まりだったようです。 

昔は長野県の大手の蔵にお酒を納めていて、一時は800石くらいの生産をしていたそうですが、ここからの購入がなくなって急激に生産が落ちることになったようです。このとき尾澤酒造の社長のお父様が起死回生の手段として、平成4年に四季醸造も可能な最新設備の工場を作ったのですが、この借金のために事業としてはますます苦しくなり、くなり、平成10年には一時酒造りを休業することになったようです。

美由紀さんは大変な時にお嫁に来たのですね。借金を返すために自らが杜氏として酒造りを再開するために長野県醸造研究所の所長の馬場さんに指導受けましたが、たった1回の仕込みでしか教えてもらえなくて、覚えるのが大変だったそうです。13BYから初めて本格的酒造りを始めることになるのですが、その時名付けたのが十九です。これは人間20歳で一人前なら今お酒は一歩手前の19歳。飲んでくださるお客様の声を聞いて20歳の酒になりたいという意味で「十九」としたそうです。 

蔵は信州新町の19号線(あれここにも十九がある)に面したところにあります。下の写真が表玄関でこの蔵のような建物はお酒の展示とギャラリになっています。奥にちらっと見えるセブンイレブンは尾澤さんが経営するお店です。 後で聞いたのですが今地方に卸しているお店の数も19だそうです。

下の写真がお酒の展示販売とくつろぎのギャラりーのための建物です。

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ギャラリの中をご紹介しましょう。1階は十九以外のお酒が陳列してある棚で、ここでは十九が買えないことを説明するとよく怒られるそうです。 

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2階はちょっとしたくつろぎのフロアで、いつも音楽が流れていて希望があればミニコンサートなどにお使いくださいとPRしているそうです。 

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この建物は道路の拡幅工事(平成18年)があったときに昔からあった蔵を改修してできたのもです。昔は麻問屋として使っていたようで、昔からの梁を使っています。地元の宮大工の山本伊太郎さんが造ったそうです。 

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では早速酒造蔵を紹介します。ギャラリー蔵の右奥に比較的新しい建屋が見えます。煙突のある建屋がボイラー室、検査室。分析室、一時保管用貯蔵庫、瓶詰ラインです。その奥の建物は入り口が原料処理で、その奥に仕込み室、2階に麹室、酒母室があります。この建屋ができたのは平成4年だそうです。 

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蔵に入ってすぐ気が付いたのは全体に塵一つなくきれいに清掃されていましたことです。床がリノリウムのようにつやつやしていたので、お金がかかったでしょうと聞きましたら、全部自分で塗装したそうです。確かにリノリウムほどつやつやしていないけど防水性のある塗装のようでした。 

最初に説明しておきますと、この蔵は約3億円の借金があったので、設備にはお金を掛けないことをモットーとしてきたようです。やっと4年前に借金の返済が終わり、それからは新しいものを積極的に導入したようです。 

<原料処理関係> 

まず洗米装置ですが給食センターが使っている洗米装置でウッドソンの洗米装置より1/10以下で買えるそうです。下の左の写真が洗米器で水圧で米を循環させ洗米するようです。この洗米器だけでは糠の取れが悪いので、右の写真の自家製のシャワー機でさらにきれいにするそうです。うまく作られていました。 

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浸漬についてはあまり詳しい説明はありませんでしたが、洗米したお米を袋に入れて浸漬させ、保温用の箱に移して蒸米用とするようです。僕は酒造りは素人ですが、麹米と掛米の最適浸漬量は違うと思うのですが、どうやっているのでしょうか

次は甑です。最大500kgのお米を蒸すことのできる甑です。周りに木の板が取り付けられていますがどうしてでしょうか。わかりますか。 量の少ないときは掛け米と麹米を一遍に蒸すこともあるようです。

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これは甑の断熱を良くするために近くの木工屋さんに頼んで作ったそうですが、まだばらしていないので、どこにどの板が来るかが判るように番号が振ってります。このゆかを見てください。リノリウムのようでしょう。うまく塗っています。 

甑にかける蒸気は不純物を取り除くためにボイラの蒸気と間接的に蒸気を発生した後、温度を上げて乾燥蒸気にして使っているそうです(福島製作所)。そんなことをしているのですね。 

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 <次は麹室> 

この麹部屋も平成4年に作られたものでその後いろいろ改良されたようです。 

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以前はこの入り口が蒸米を入れる引込口と出麹口が同じで蒸米を入れるときに部屋の温度を乱してしまうので、引込口を別に設けたそうです。下の写真が後でつけた引込口の前部屋です。 

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麹室中にもいろいろ面白いものを見つけました。まず床室の換気方法です。昔は天幕方式で室内を強制的に温風と換気で制御する方式だったそうですが、 これは小さい処理量には合わないとして、野口式天窓で緩やかに制御する方式に変えたそうです。野口式天窓は熊本県醸造研究所の所長の野口さんが発明された方式です。処理量に合わせた一番効果のある方法を選択して改善しているのがいいですね。 

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棚箱がおいてありますがこの部分が床です。凄かったのは床に載せたお蒸米の量が自動的に測れるロードセルがついていたことです(5年前)。水分がどのくらい飛んだかが判るので大変便利だそうです。これは最新鋭ですね。

この棚箱をよく見てください。昔はこの3つの箱を一つにした大木は箱だったのを切ってネギ止めで小型の箱にしたそうです。 

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右側の換気扇の上についてあるのがロードセルの表示版です。

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部屋の温度コントロールはニクロム線でやっていた方式をプールの暖房で使っている防水型遠赤外線パネルヒータに変えていました。ニクロム線は老朽化すると発火の元になるので、安全上変えたそうです。今ではステンレスヒーターが主流になっているようですが、安価にするためのこの方式を選択したそうです。上の写真の左側の古臭いコントローラーはこの遠赤外線パネルヒーター用のコントローラーとして使っています。これは節約の精神ですね

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麹の温度測定は自作の温度計を使っていました。これなら400円で買えるそうです。それをステンレスのパイプにさしてエポキシで固めたものです 

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測定した温度をワイヤレスで外部から見る温度計(A&D)も1台5000円で買ったそうです。醸造機器メーカーものは高いので、その言いなりにならない気持ちがあふれています。

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出麹室の外には出来た麹を乾燥するために以前室の中で天幕式製麹装置を使ていました。これは使ったものの再利用ですね。でもこれが要ること自体が問題かもしれません。

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 <次は酒母室> 

酒母室でも新しい発見がありました。この小さな蔵にはもったいない広さの酒母室でした。 

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手前の緑のタンクは汲みかけ機で安く作ってもらったそうです。 

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酒母のタンクは200L~400Lですが、タンクの外側を包んでいる冷却用のカバーを非常に重いゴム製から非常に軽い冷却カバーをオリオン精工と協力して開発したものだそうです。オリオン精工から恒温マットとして販売されています。ゴム式に比べて冷却能力がないのでここのように小さなタンクには適しているとのことでした。 

最後にこの部屋である秘密兵器を見つけてしまいました。それは何だと思いますか。思いもかけない使い方をしているものです。 

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それは酒母用の暖気樽に生ビールのアルミ空き缶を使っていることでした。2Lと3Lのアルミ缶を使っていますが、軽くて伝熱性がいいので大変重宝しているそうですが、欠点もあるそうです。それは熱いお湯を入れるので、何回も使っていると表面がべこべこになりついには割れてしまうそうです。その時はみんなで宴会をすればいいですね。 

<仕込み室について> 

仕込み室は1階にあり。完全空調をすれば四季醸造も可能なような冷蔵庫の中のような造りの立派な建物でした。昔はこのフロアに6000Lのタンクがずらりと並んでいたそうですが、2つの大型タンクを残してすべて2000L~3000Lのタンクにしたそうです。 

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2基の大型タンクは洗浄用の水と仕込み用の水をためているタンクとして使っています。この蔵の井水はそばを流れる川の水より低いので、汚れていてとても洗浄水としても使えないそうです。 

洗浄水は市水をミクロフィルターと活性炭ろ過をして使っています。洗浄水も仕込み水も一度仕込み室の大きなタンクにためてから使っていますが、それは温度を安定化させるためだそうです。細かいところに気を使っているのですね 

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仕込み水は蔵から車で1時間くらいのところにある大岡(?)の湧き水をトラックで毎日取りに行っているようです。そのタンクが倉庫におかれていました。 

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使用している酵母は長野B、C、D、と協会7号酵母、9号酵母、14号酵母が主体のようですが、協会酵母はすべて泡あり酵母を使っているそうです。泡アリ酵母は一味違うので、泡アリ酵母を使うと泡なしには戻れないとのことでした。 

泡があふれださないようなプラスティックカバーです 

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泡消し器もありました。いずれも手造り感一杯の器具でしたね

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以上で仕込み室の紹介を終わります 

<搾り室> 

藪田を使用していますが、最近アルミ板からポリプピレン版に交換したそうですが、軽くはなって作業性は良くなったけどポリプロピレンの加工が悪く、漏れを起こしたりして、大変苦労したそうです。ポリプロピレン版は十分な注意が必要なようです。 

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この部屋に面白いものを見つけました。醪ポンプのようですが、神様、仏様、十九様と書いてあります。 

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岩手県のタクシードライバーを醸している喜久盛酒造の杜氏に今年の春まで貸していたもので、そのお礼にそのような張り紙をして返却されたものです。何かで蔵が醪ポンプが壊れて苦労しているのを知り、余っている1台を貸しだしたようです。優しい心遣いですね。 

<分析室> 

左の扉が分析室の入り口で正面の扉が検査室(税務署の方の控室)の扉です 

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分析室の中にはずらりと最新鋭と思われる分析機器がおかれていました。

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左から速アルコール測定装置、振動式密度計(日本酒度、重ボーメ度、比重など)、アミノ酸測定装置のようですが、一式買うと200万円もするそうですが、リースで購入したそうです。たぶん京都電子工業製ではないかな。そのほかにも光学顕微鏡、インキュベーター、オートクレーブ、クリーンベンチなど酵母培養のための設備も充実していました。この位の設備を持っている蔵は2000石クラスだと思います。凄いの一言です。 

<瓶詰ライン> 結構広いですね。

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<貯蔵庫>
 

ちゃんとした低温貯蔵庫は他にもあるのですが、ここは瓶詰したお酒を一時的に保管するところで、カーテンを閉めれば冷蔵庫(2℃、5℃)に早変わりする優れものです。 

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以上で蔵の紹介は終わります。 

見学させていただいての全体的な印象は生産高の割には設備は整っているし、敷地も余裕があるのに驚きました。以前は借金を返すためにできるだけ無駄な金を掛けないことを徹底してその結果色々なオリジナルな自家製の機器も生まれてきましたが、借金の返済めどが立ったあたりから、ちょっとお金を掛けるようになってきていると思います。その結果今の設備体制になっていると思います。 

昔と十九の味が変わった大きな理由は1つは綺麗な仕込み水を使ったこと、清掃を徹底した行ったことだと感じました。これから生産高を上げるための一番の問題点はやはり仕込み水の確保でしょう。これは難しいけど解決しなければならない問題です。

個人的には麹造りのちょっと疑問を感じました。普通は酒母と添えは総破精、留は突き破精、中はその間にするようで、そのためには浸漬、蒸からそれに合わせなければいけないのだと思うのですが、生産量が小さいだけに工夫が要りそうですね。僕にはどうすれば良いかはわかりません。

最後に長時間にわたって蔵の説明を丁寧にやっていただいた尾澤美由紀さんと横川敏隆さんに心より感謝いたします。

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