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2016年5月20日 (金)

日本酒セミナー要旨 第2段 (獺祭、伯楽星、南部美人)

獺祭・桜井博志さん「酒造経営・最前線」 

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桜井さんの講演はあまりパワーポイントでの説明が少なかったので、詳細は不明になってしまいましたが、いただいた小冊子「逆境が獺祭を生んだ」を参考にしてまとめましたので、講演の正確性についてはご勘弁ください。 

山口県の過疎地にある造り酒屋の長男に生まれ、松山商科大学を出た後大手酒造会社で修業した後、3年後に蔵に戻りますが、父親と意見が合わず飛び出して親戚の会社(御影石の販売)で6年ほど 営業をしたそうです。6年後に父が癌になったので再び蔵に戻って社長になったのが33年前の33歳の時だったそうです。 

その時の蔵の年商は約1億円で最盛期の約1/3で、明らかに斜陽産業になっていたそうです。当時は昔の延長で業績を伸ばそうと紙パック酒の販売でしのいでも利益は出なかったそうです。そんな時(1990年)に東京のお店の要望で純米大吟醸を造ってから少し手ごたえが出てきて、銘柄も「旭富士」から「獺祭」に変えて、少しずつ認められるようになったようです。そして社長になって15年後にやっと年商が2億円になったそうです。 

次なる飛躍として考えたのが、日本酒を造らない時期に売れる地ビール事業だったそうです。あるコンサルタントの意見から地ビールのレストランを開設したが、赤字続きでたった3ヶ月で撤退したそうです。これで1億9千万の損失をしたものの、撤退しなかったら今の会社はなかったかもしれない一大決心だったそうです。 

ちょうどその時今まで13年間も一緒に頑張ってくれた杜氏が退社したのです。それで考えたのが「社員だけで」一切の妥協を排除した理想のお酒を造って勝負をしようと決意したそうです。具体的には原料は最高級の山田錦、精米は50%以上の純米大吟醸、販売拠点は東京ということにシフトしていきます。 

杜氏がいなくても造れるようにA4で20ページのマニュアルを造りましたが、一番効果があったのが経験だったそうです。その当時でも純米大吟醸を年間50~60本を造ることをしていたので、その経験が役に立ったというわけです。一本ずつ仕込みの結果を見て次のタンクに生かしていくことを続け、現在に至り、今では四季醸造で年間生産をしているそうです。これは生産コストダウンに大いに貢献したようです。そして社長になって15年後の2014年には年商40億円になったそうです。 

そして昨年12階建ての新工場を建設しました。その写真を見てください。とても酒つくりの蔵とは思えないですね。 

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工場の内部は少量仕込みの手造りシステムを自動化したもので、手がかかるので、従業員は製造だけで100名いるそうです。この工場の最大生産能力は5万石でその時必要な山田錦は20万俵だそうです。昨年の生産高は1万5千石で必要な山田錦は7万俵となっていますが、これからさらに大量の山田錦が必要となります。

山田錦の調達について 

最初山田錦を山口県の農協から買おうと努力したけど、相手にされなかったので全国から集めることにして、現在は兵庫県から70%購入しているそうですが、他県からも広く購入していて、それでも足りないので、去年から新潟県長岡市で山田錦栽培会を立ち上げ、現在7千俵を購入しもっと増やすそうです。栃木県や茨城県での栽培も始まっています。 

最大の供給地である兵庫県でも一時山田錦の生産が落ちました。平成5年に33万俵あったのが平成21年には16万俵になったそうです。これは全国の山田錦購入者が減ったためです。獺祭の後押しで、現在は兵庫県の山田錦の生産量は38万石にもなっているそうです。その結果、全国の山田錦の生産量は既に62万俵になっているので、日本の農業の発展に貢献していると言えそうです。 

営業活動について 

最初は東京を中心に販売を進め、人気が出たために異常な高値で売る店も出てきているようなので、品薄解消の努力をしていますが、新工場ができたので品薄は解消に向かうと思われます。そして、東京の次は地方ではなく海外を目指しているそうです。海外のために外国人向けの酒造りはせず、あくまでも日本のお酒を売ることを徹底するそうで、当然価格は高くなるので購入者は裕福な人に限られます。これからもあくまでもその人を対象にするそうです。海外向けの売り上げは全売り上げの約1割です。それに必要な山田錦は約1万俵、600トンで、日本の米の輸出量の約1/5になるそうです。 

最後に当社の目的は「社会的ににフィットする中で少しでも美味しいお酒を提供する」ことなので、これからは日本の農業の改善にも貢献していきいと結ばれました。 

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伯楽星 新澤巌夫さん「精米・最前線」 

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伯楽星誕生の道 

まず最初に蔵に戻った当時のことを紹介します。新澤さんは新澤酒造店の御曹司として昭和50年に生まれて、将来蔵を継ぐことを前提に東京農大に入学し、卒業後は東京の酒屋や山形の蔵で修業した後、蔵に戻ることになりますが、当時は経営が悪化していて年商は2000万円、負債が2億円という状態だったそうです。 

蔵に戻ってやったことは、たった6石(1升瓶600本)の製造から始めたそうです。蔵に残っていたお酒も含めて販売に努めたそうですが、なかなか売れなかったそうです。それは当時のお酒の「愛宕の松」は自分が飲んでも美味しくなったせいであることはわかっていたそうです。 

それでも素人集団の男4人(平均年齢20歳以下)で頑張って少しずつ売れるようになってきたけど、「愛宕の松」は不味いというレッテルが張られているので、やむを得ず2003年に新しいブランを「伯楽星」を出すことにしたそうです。伯楽星とは町の伝説で星になった名馬の名前を取ったそうです。この酒は酒販店さんだけに卸すお酒で、究極の食中酒としたそうです。食中酒なので、世の中の売れ筋のお酒のグルコース濃度を測って、そのグルコース濃度の半分くらいを狙って造ったのですが、インパクトがないと最初は売れなかったそうです。でも捨てがたい味として、ちょっとずつ伸びていったそうです。 

この時かなり大胆な戦略を取ったそうです。それを下記に示します 

・ 酒販店が買うお酒は自分で選んで買ってもらう
   (酒の味にばらつきがあるから

・ 余ったお酒はりキュールにして売る
   (もうけのためではない

・ 搾りたてのお酒は蔵で10日たったお酒はすべて廃棄する
    (新鮮さの提供)

・ 日付の古いお酒(4か月)は回収して別のお酒に変え
   (酒質低下防止

・ 回収したお酒は販売しないですべて処分する
   (悪い酒を世に出さない
 

このために全国40か所の酒販店を定期的な巡回したそうですが、この時の生産高は200石程度だったようです。お客様のためとはいえ凄い戦略ですよね。 

東日本大震災の影響 

こんな時に突然の大地震を受け、津波の直接の影響は受けなかったけど、蔵が全壊するほどの被害を受け、立て直すしかないほどだったそうです。すぐ同業の49蔵が応援に来ていただいたそうで、大変感謝しているそうです。幸いに震災の年の5月に「天賞酒造」が廃業することを聞き、すぐに見に行ったそうで、場所は川崎地区にあり天賞さんが最近造ったばかりの新鋭の蔵で、他からも見に来ていた蔵もあったので、その場ですぐ購入することを決めたそうです。今から考えるとこの決断が幸いしたたとのことでした。 

高精米醸造への道 

その後蔵の生産は順調に伸び、精米機の導入をしたそうです。品質向上のため、2台の違うメーカーの精米機を導入したとのことです。 

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食中酒をメインにしていたため、インパクトが少ないとよく言われるので、蔵の特徴を出すために高精米の醸造を始めたそうです。最初は15%磨きをしていたのですが、同じ農大出身の来福さんが9%精米を出したので、来福さんの了承を得て海外向け用として9%精米の酒を出したそうです。720ml3万円で出しましたが、海外では数10万円もするそうです。仲間内では精米競争はやめて8%で止めようと話し合ったのですが、震災の時に応援に来てもらった方に対して感謝のつもりで、世界一の精米度7%精米の酒(Unite311Super)を応援に来た他の蔵人と一緒につくったそうで、これは皆で分けて終わった500本になったそうです。 

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女子社員の増員

蔵を始めた時は若い男性を中心に始めたので、当初はそれを売りにしていたのですが、今では従業員36名の、生産高2000石の会社になったのですが、社員の6割は女性だそうです。それは女子社員向けの寮を造ったのが大きかったそうです。
 

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洗面所、洗濯機、キッチンと至れり尽くせりの設備で、これが功を奏したそうです。さすがですね。 

現在高精米の蔵として名前が知られてきましたが、実は普通のお酒にも力をいてていて、将来さらなる値下げをするつもりであることをおっしゃって講演が終わりました。 

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南部美人 久慈浩介さん「海外輸出・最前線」 

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南部美人は今では28カ国に輸出をしていますが、このきっかけは南部美人の蔵の歴史と関係があったようです。浩介さんは現在5代目の蔵の当主ですが、祖父が二戸の南部美人を岩手全体に広め父が日本中に広めて、次の自分はをしようかとなったのですが、高校時代にアメリカに留学したこともあり、世界に日本酒を広めようと決めたようです。 

たまたま同じような思いを取った他の蔵の人と一緒になって1997年に日本酒輸出協会の設立にかかわったのが始まりだったそうです。そして現在は世界28カ国に販売するまでになっています。

今回は大量のパワーポイントを使い海外の拠点の現状を色々とお話しいただきましたが、プレゼンされた写真をすべて取ったわけでないし、2-30秒に一回画面が出てくるほどの量でしたので、海外への具体的なの展開については省略しますが、ポイントだけご紹介します。
 

2015年の海外輸出の統計から輸出量の順番をみると1位アメリカ、2位香港、3位韓国、4位中国、5位台湾、6位シンガポールで隣国が多く、EUはまだ少ないそうです。それに対して南部美人はアメリカ、カナダ、ブラジル、イギリス、フランス、オランダ、アラブ首長国連邦とちょっと違った攻め方どしています。外国人にはお酒をまず頭で日本酒を理解してもらい、次に試飲して味を確認してもらうやり方でPRしてきたそうです。

・ 二戸市による漆と日本酒のPR(Facebookポイント作成)

・ 日本酒吟醸酒協会による国連のなかでのPR

・ ラスベガスでの2500人対象のレストランショー

・ ラスベガスでは2000ドルの日本酒を提供
   (大吟醸出品酒10年冷凍古酒)

・ ロスアンゼルスでの自動車博物館で日本酒試飲会

・ フランスのレストラン「ISSE」での試飲会

・ ドイツで南部鉄器と日本酒の試飲会

・ イギリスでは大英博物館で試飲会

・ スペインで「ピンチョス」レストランで試飲会

その他、イタリア、ロシア、香港、台湾、ブラジル、ドバイ、カナダ、リトアニア、イスラエルと続きましたが、省略します。カナダでは日本酒の醸造所(ほとんど無ろ過生原酒)があるそうです。

何処行っても日本酒の人気は大したもので、日本酒が凄く求められていることが良くわかったそうです。 

コーシャ認定について 

ユダヤ人はアメリカで重要な地位を占めている人種ですが、世界中でも色々活躍していますが、彼らには旧約聖書の教えに即したカシュールトと呼ばれる厳格な食事規定があり、それを守ることが義務付けられています。そのためユダヤ教徒は教義に従った安全な食品であることを認定したコーシャ認定の食物しか口にしません 

その規定の詳しいことは省略しますが、肉類は草食動物で反芻動物でなくてはいけない等今日から考えると非常識的なものも多いのですが、体に対して安全な食物という基準には入るようなので、最近はユダヤ教徒だけでなくベジタリアンなども好んで食べているようです。ですからアメリカ人の30%の人は安全のためにコーシャ食品を選んでいるという情報もあるようです。 

純米酒以外の日本酒のコーシャ認定が難しいのは醸造用アルコールを使うことにあります。日本で一般に売られているアルコールは認定されていません。でも日本にもコーシャ認定を受けたアルコールを製造販売している会社が静岡にあるそうで、南部美人もそこから手に入れているそうですが、非常に高いそうです。  

コーシャ認定を取ることが、世界への日本酒の輸出にどのくらい効果があるかは不明ですが、コーシャの認定を取っておけば、将来に和食レストランを超えた広がりを見せる可能性があるという観点から取り組んでいるそうです 

海外輸出のまとめ 

日本酒の輸出の大きな障害となったのは国税局だったそうです。海外に販売するお酒は未納税なので、最初は反対していたが、今では一番の応援団になって、昨年、日本のお米と麹で日本で造った清酒は「日本酒」と呼んでいい(地理的表示)と決めていただたそうです。 

次の障害は流通の経路は海外では違うことでした。海外ではレストランも小売店も日本酒販売のライセンスが必要になります。日本のように酒屋さんに売れば日本酒が売れるわけではなく、レストランに直接アタックしているそうです。 

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でも、レストランに売り込みためには自分たちの力だけではプロモーションができないので、下記のようにプロモーションをする会社と契約して販売しているそうです。今後はこの形態が増えるそうです。 

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最後にまだ海外販売をしていない蔵に対する下記のようなアドバイスをしていただきました 

・ 地方の小さな蔵でもオンリーワンの商品なら世界に売れる 

・ お客様本位の商売は日本でも世界でもおなじ 

・ 会社の規模の大小ではなく価値の大小を世界は見ている 

・ 本気に海外に出たいのならまず現地へ行く 

・ 世界を相手にしなければ、狭い日本だけでは生き残れない

南部美人が育てつつある海外での日本酒の製造

・ アメリカのアーカンソー州で造られている酒米で日本酒を造るアメリカの研究生を受け入れて、修業している 

・ 大阪の堂島ビールの創始者の橋本さんの息子がイギリスのケンブリッジに日本酒製造の蔵を造るために南部美人で研修している 

最後のご挨拶

世界は日本酒に「恋」をしているので、私たちはそれに応えるだけでなく、日本人は日本酒を愛し、日本酒を世界一カッコよく飲む姿を見せられるようにしましょうということで結ばれました。 

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